洞窟と"石像"
「もしかすると、やつらはここを住処にしていたのかもな」
ボアの群れを一掃した地点から僅かに歩いた先で、まさに一般に想像される”洞窟”らしい洞窟が一行を待ち受けていた。
山肌にぽっかりと空いた穴の先は暗くて見通すことができない。
―この先にあるのが”希望”か”絶望”かは、勇気ある冒険者のみが知ることができるのだ、なんて、そんなナレーションが聞こえてくるような気さえする。
緊張と興奮がこれでもかというほど全身に現れているアルドを
年長者2人が茶化しながら笑う。
「ちょっと。テンション上がって暴走とか、やめてよね」
「いや、気持ちはわかるぜ。初めてのダンジョン(仮)探索だろ?落ち着けってのが無茶な話だよな」
「おれは真ん中!?後ろ!?」
鼻息荒くアルドが探索開始を促す。
「ま、後ろだな。俺が音を聞きながら進むから、お姉ちゃんが中心で全体警戒頼むわ」
「よし!行こう!」
腕を振り上げ意気揚揚と歩きだすアルドを2人が追う。
「後ろだって言ってんでしょ!」
進む先の暗闇に反して、憧れの日々の実現を前に、逸る気持ちは見える世界を明るくした。
洞窟のなかは暗く、湿気ていてわずかにカビ臭い。
広さは3人が並んで手を広げれば左右の壁に触れるほどしかなく、
緩やかに下り続け、進むほど地下へ向かっているようだ。
ロイの創造した光に照らされた道はほとんど一本道で、
いくつかあった分かれ道もロイが行き止まりを察知して順調に進む。
***
「なんだか、あんまり遺跡って感じはしないね」
しばらく進んでも岩と水たまり以外の変化がない景色に不満気なアルドがロイに疑問を呈する。
「んー?それはつまり……。本番はここからってことだな」
振り返らず答えたロイは右手に新たな光を創造して前方へふわりと放った。
遠ざかりながら少しずつ強くなっていく光が一行の前方を照らしていく。
数メートル先に突如ここまでの道の何倍もの広さになっている空間が現れた。
下り坂は途中から階段になっており、崩れた石柱や石畳が点在している。
天井は地下にしては不自然なほど高く、明らかに人工的に整えられた四角い部屋になっていた。
「この先の調査がお仕事だ。お気に召しそうかな?」
感嘆の声をもらして辺りを見回すアルドにロイの言葉はほとんど届いていない。
「遺跡だ……!ダンジョンじゃん……!」
「こんなに大きな遺跡がよく今まで見つかってなかったわね……」
「人が頻繁に訪れるような山ではないのは確かだが……。塞がっていた道が崩れて通れるようになったとか、な」
なるほどね、とエレナは顎に手をやり、この先に待つものについて思案する。
「アルド。そろそろ緊張感持ち直せよ?」
「了解!」
正面の道に据えられた、門のような石柱の間をくぐり、一行はさらに奥へと歩みを進めた。
人工的広間の先、綺麗に整えられた道をいくらか進んだころ。
ロイが後続の2人に警戒を促す。
「何かいるな。……戦闘している。でかいぞ」
「誰かいるってこと?」
「おそらく冒険者。かなり劣勢だ」
「急ごう!」
3人が走り出してほどなく、地鳴りのような音と振動をアルドも捉える。
戦いの激しさを物語る衝撃音に緊張が高まる。
いくつめかの角を曲がったとき、前方に大きく開けた空間が見えてきた。
広い部屋には瓦礫が散乱している。
石畳はあちこちめくれ上がり、壁がえぐれてボロボロだ。
視線はすぐに目の前の見上げるほど巨大な構造物に奪われる。
ひときわ大きな石柱かと見紛ったそれは、
灰色の岩石が組み合わさり二足二腕の人型になっていた。
「ゴーレム……?」
エレナとアルドがポカンと口を開けて呆けていると
こちらに背を向けている石像が、そのまま部屋の奥へ向かって右腕を振り下ろし床を砕いた。
土ぼこりと瓦礫の破片が周囲に飛び散り、部屋全体が震える。
轟音の中に叫び声がかすかに聞こえた。
石像の向こう、瓦礫の中に人間。倒れている。全身が血で濡れていた。
アルドが負傷者を認識するのとほぼ同時に石像が再び右腕を振りかぶり始めた。
瞬間、アルドは走り出していた。
足下はひどく損壊している。
先ほどの腕を振り下ろした速度から見るに、タイミングは極めて危うい。
エレナの制止する声を振り切り、無我夢中で負傷者の元へたどり着く。
―生きてる……!
装いから冒険者と見えるその男性は、か細くうめき声を上げている。
血を吐き、足も関節ではない箇所で折れ曲がっていた。
石像はすでに天井すれすれまで腕を振りかぶり終えている。
跳躍。空を飛ぶ要領で創造する……!
男の腕を取り肩に担ぐ。普通に走って離脱する猶予はない。
一か八か、一歩目を踏み出したとき、石像の眼前に白い霧が突如勢いよく広がった。
「走れ!」
ロイの声が響く。
のっぺりとした石像の頭部には、重装備の騎士が被るヘルムのように
横一文字のスリットがあった。
その奥で光る赤い2つの点は、幸いにも見た目通り”目”の機能があったようで、それは怯むように一瞬動きを止めた。
地面を蹴り、飛び上がる。
生まれた一瞬の余裕で創造に集中し、一直線に部屋の入口へ向かうことに成功した。
視界を奪う霧を振り払おうと、石像は振り上げた腕を横方向に振るう。
恐るべき風切り音を背に受けながら、アルドは負傷者を入口通路へ横たえた。
冒険者らしき男は全身にひどく傷を負っている。
意識はなく、ただうめき声をあげるのみだった。
一刻も早く治療が必要だ。
逡巡する思考をひときわ大きな衝撃音が切り裂く。
部屋の中へ視線を戻すと、アルドを逃がすために石像の注意を引いたロイへ向かって巨大な拳が叩きつけられようとしていた。
「ロイ!」
爆発するかのような音とともに飛び散る石片から咄嗟に顔を守る。
「よし。作戦会議といこうか」
「どわぁ!」
突然真横から聞こえた、潰されたと思った人間の声に思わず叫び声を上げる。
混乱したまま石像の方を確認すると
「……ロイがたくさんいる」
石像の周囲を金髪の男が2,3人走り回っていた。
それらはよく見ると輪郭がフヨフヨと揺らいでいるようだ。
「今のうちに退却する!?」
エレナが2人の元へ駆け寄ってくる。
「炸裂する瓦礫だけでも十分な威力だ。背を討たれるリスクが大きい。やるぞ」
ロイの淡々とした冷静な回答にエレナは苦悶の表情を浮かべる。
「あいつめちゃくちゃ固いよ。私は陽動くらいにしかなれないかも」
「俺もちょっと厳しいな。ということで、アルド。お前がやれ」
石像が両腕を振り回し、部屋全体に瓦礫をまき散らす。
3人は身をかがめ、何とか回避するが
ロイの分身たちはすべてかき消されてしまった。
辺りを見渡すまでもなく、石像はアルドたちを再び捕捉する。
「散開しろ!俺とエレナで注意を引く!」
強制終了を迎えた会議。
エレナは円盾を創造してロイとアルドに投げ渡し、石像の側面へ回り込むよう走り出す。
ロイは、と思ったときにはすでに金髪が3人に増えて散り散りに走っていた。
重傷の冒険者、回避と陽動に徹する仲間。
長期戦は許されない。
切迫した状況とは裏腹に、アルドには大きな焦燥感はなかった。
―生きてるって雰囲気じゃあないから、な。
生物の発する呼吸や脈動の様相が見られない石像。
目の前のこれを砕き破壊する想像に、抵抗も嫌悪感もなかった。
「相性が悪かったな」
不遜に笑みを浮かべながら巨大な人型を見上げた。
***
ロイの創造したデコイを追う隙をついて、創造した斧を投げつける。
固い岩のような身体には刃が突き立つことはなく、有意なダメージを与えることができているようには見えない。
武具の創造で戦うエレナにとって、頭上から大きな質量を叩き落とすということができないほど大きな敵は、不得手としている相手だ。
デコイを1つ霧散させた石像は、直前に背後から感じた衝撃に振り返る。
エレナを視認すると、踏みつけようと脚を大きく踏み出す。
すでに回避行動を始めているエレナは落石のような踏撃が届かない距離まで走り、巨大な盾を創造して飛散する瓦礫をやり過ごす。
「これは、時間の問題ね……」
有効打を期待できるのは破壊的ともいえる規模の創造が可能な、純真な少年のみ。
視線をやるとアルドは胸の前に火球を浮かべ、手をかざして何かをブツブツと呟いている。
***
「アルド!叫べ!想像を共有しろ!」
ロイの声が響く。
「―超高温の炎!炎を……圧縮する!」
言われるがまま、1人反芻していたイメージを声に出す。
言葉によるアウトプットが、想像のコントラストをくっきりとさせるのを感じる。
「炎は丸く!おれの手のひらの間で、形になる!」
アルドの言葉を聞くロイとエレナも炎の熱を想像する。
3人の想像力により、想像はさらに明確に、強力に、スムーズに現実に現れる。
「この炎は!真っすぐに敵に向かい放たれて、どんなに分厚い岩盤も焼き貫く!」
アルドが炎の塊を石像へ向けるように両掌を前方へ突き出した。
手の動きに連動して真っすぐに伸びていく炎。
轟と唸りを上げるその熱線は石像の頭部へ直撃した。
石像の頭を赤く焼いた炎はそのまま一直線に貫通し、天井をも穿った。
動きを止めた石像は、やがてバランスを崩し、巨体は轟音とともに倒れ伏した。
「お見事」
いつの間にか後ろにいたロイは満足気に頷いている。
土煙の向こうからエレナが戻って来る。
「なんとかなったわね」
首肯して一息ついたアルドはすぐに振り返り、負傷者のもとへ駆ける。
男は完全に意識がなく、微動だにしていない。
今からこの男を担ぎ、医者を訪ねていては間に合わないということを直感する。
「これは……」
エレナも同じくこのままでは助からないであろうことを予感した様子で口ごもる。
「手遅れだな。残念だが」
ロイが沈痛な面持ちながらも冷徹に判断を述べた。
「この先に進む道は崩落していた。それから……この部屋も時間の問題かもしれないな」
周囲を見渡し、地下道の崩落を予見するロイが撤退を提案する。
「すぐに脱出しよう。その男には悪いが担ぐことでスピードを落としたくない」
「見捨てるのか!?」
アルドが反射的に叫ぶ。
「死体は想像以上に重たいぞ。一刻を争う状況だ。冒険者カードを持っているならそれだけ回収してやろう」
「まだ死んでない!…間に合わないなら、ここで治す!」
男の傍らへ膝をつき手をかざすアルドへ、
ロイは極めて冷静に声をかける。
「……治せるのか?経験は?」
「ない!ないけど……!」
必死で前世の記憶を手繰る。
特別な力で傷を癒すマンガやアニメのシーンはいくらでもある。
出来るだけ描写が詳しいものを探る。
「不可能だな。人体の構造を正確に想像するには―」
「うるさい!」
顔を上げロイを睨み上げる目には薄く涙が滲んでいた。
「……治ると、想像してくれよ」
「5分くらいは保ちそう?」
アルドの横にしゃがみ込みながらエレナが柔らかな語調で問う。
「3分だ。それで目処が立たなければ、諦めろ」
壁に寄りかかり腕を組んだロイがため息をつく。
エレナが負傷者の頭などの傷を確認する。
「……頭の傷は深くない。血を吐いてるから、肺とか…内臓をやられてると思う」
男の足を止血のため縛り、アルドの肩に手を置く。
「ありがとう」
フーっと息を吐いたアルドは治療のイメージに集中する。
半ばパニック状態の頭が、血の匂いで冷静になっていくような気がした。
同時にどこかから岩の崩れる音が微かに聞こえ、タイムリミットが明確に顔を出す。
異世界のトンデモ理論でも何でも良い。
とにかく理屈立てた描写が必要だ。
オタクを納得させる、説得力ある超能力の描写が。
目を閉じ集中するアルドは
異世界の極めて高度な医療をテーマにしたマンガの記憶にたどり着く。
内臓が写実的に描かれ、ともすれば読み飛ばしてしまうような文量の解説がある。
しかし何周も繰り返し読み込んだオタクの記憶は、糸口をつかんだ途端に次々と連なる知識を思い出していく。
―次だ……!
異世界のいくつもの医療器具と、それを使いこなす技量までもを創造することは困難だと判断した。
治療行為そのものは、もっとシンプルに、ひとつの行動をイメージするべきだ。
超能力がある世界が舞台の、バトルものアニメ。
手をかざすと柔らかな光が発生して、効果音と共に傷病者を癒していく。
作品ごとに異なる名称で呼ばれる癒しの力。
しかし多くの場合に共通して、女性が治療を担う傾向が見られた。
「エレナ、手を」
「私も?!」
2人で横たわる男へ手を伸ばす。
「……手元に黄色い、柔らかい光が集まる」
先般の戦闘で得た経験を経て、イメージを口に出すことで想像を補強することを試みる。
「傷が塞がる。肉と肉がくっつく。穴が塞がって、血が止まる」
目を閉じて様々な形の臓器を思い浮かべる。
実際にダメージを負っている場所はわからないため
とにかく手当たり次第に回復していく姿を脳内に描く。
2人の手元に暗闇に灯された蝋燭の火のような、光が生まれる。
「内臓が元通りの形になる。すべて、元通りに」
「おれの想像力がエネルギーになる。エネルギーを分け与える。……意識を取り戻す。回復する。……治ってくれ」
ロイが時間切れを伝えようと壁を離れ歩み寄る。
その時、小さく呻く声が聞こえた。
まったく動くことのなかった男が突如咳き込み、血を吐いた。
そして弱々しくもはっきりと胸が上下し、顔に生気を取り戻していく。
「……信じられないな。本当に何でもできてしまうのか……」
これまで常に冷静な態度を崩さなかったロイが驚愕の表情を浮かべる。
「み、見たか……」
医療技術を不思議な光の力で代替した非現実的な創造の代償である、頭痛と吐き気に耐えながらニヤリと笑みを返す。
フッと短く笑ったロイは再びなんてことのないような調子に戻り、指示を出す。
「エレナ、担架は創れるか?急いで脱出するぞ。負傷者を連れてな」
戦闘のあった部屋から瓦礫が崩れる音がする。
「2人とも、人使い荒くない?」
想像の補強に巻き込まれ多少なりとも消耗したエレナをなだめて、
一行は地上を目指し走り出す。




