成人の儀と"オタク"
自分は必ず憧れを現実にできると信じて疑わなかった。
暗くなるまで友人と村中を駆け回り、恥ずかしげもなく夢想した未来を宣誓した。
田舎を飛び出して、夢をつかみ、かっこいい大人になると決めていた。
―おれはきっとさいきょうの冒険者になる!
―ぼくも!
時が流れ、無邪気なばかりではない年齢になっても、漠然とした希望と根拠のない自信は変わらなかった。
むしろより具体的になりたい姿を想像して、より強い憧れを抱くようになった。
村の中心部にある白い石造りの教会に、12才を迎えた子供たちが集まっている。
その親たちも少し離れた位置から期待と心配が混ざった表情でそのときを待っていた。
「いよいよだな!おれ、楽しみすぎて今日の朝、鼻血でた!」
鼻息を荒くした、いがぐり頭の友人にがばっと肩を組まれる。
「どれだけ楽しみでも鼻血は出ないだろ」
冷静ぶって答えているが、おれも明らかにソワソワしているし、なんなら手も震えている。
「いやー、絶対おれの前世の記憶はものすごいと思うんだー」
へへっと照れ笑いをしながら頭をかく友人は、少し離れたところにいる彼の母親の落ち着いて静かにしていなさいという視線に気が付いていない。
「神父のおっさん、まだかなあ。早く思い出させてくれよお」
今日おれたちは一人前と認められ、儀式を受ける。
協会の神父様がありがたい道具をもってきて、おれたちの前世の記憶を呼び覚ましてくれるのだ。
「すっごい武器の作り方とかがいいよなあ」
「なんかやばい発明のアイデアとかがいい!」
「わたしはー」
集まった5人、ではなく、おれを除いた4人が興奮した様子で希望を語っている。
―やれやれ。一応は大人になるという儀式だというのに、はしゃぎすぎだ。
「……おれは絶対、伝説的大冒険者の記憶だな!」
我慢できず、うっかり参戦してしまった。
「アルドはそればっかりだなあ」「何回もきいたー」
例えば、と偉大なる大冒険者とは何ぞやということをきかせてやろうとしたとき、
「はいはいはい、ごめんなさいね」
奥からローブを着た中年の男があわただしく出てきた。
手にはいつも持っている分厚い本。
それから、初めて目にする古びた棒切れがあった。
「お待たせしました。ちょっと準備が、ね。はい」
騒いでいたみんなはすぐにおしゃべりをやめて、神父のおじさんをキラキラとした目で見上げている。
「はい、それではこれより成人の儀を執り行います。これによってみなさんは自分のものではない記憶を手に入れます。これは前世の記憶だといわれております、はい。」
「その記憶はあなたたちに未知の情報を与えてくれます。運が良ければ、有意義な記憶はあなたたちの人生を豊かにする助けになるでしょう。」
そして、と神父が一呼吸をおき、言い聞かせるように続ける。
「あなたたち自身の想像力をもって、その記憶で見たものを再現、創造することもできるかもしれません。」
「今年の5人はみなさんすでにとても想像力が強く、創造者〈クリエイター〉の才能があるといえるでしょう。はい。ただし、魔物との戦いの記憶など、扱いを間違えると危険な記憶もあります。十分に注意して、落ち着いて記憶を確認してください。よろしいですね?」
はーい。と間延びした返事が返されると神父はひとつの仕事をやり終えたことを確認するように頷いた。
想像したモノや現象を現実に創造することができる力、想像力。
個人差はあれど、すべての人が備えている力だ。
そしてその力が特に優れている人たちは創造者〈クリエイター〉と呼ばれ、あらゆる分野で活躍している。
なにもないところに水を生み出したり、炎の形を操ったり、特別な力をもつ道具を創り出したり、優秀な創造者はどこの国でも皆から尊敬を集める存在だ。
想像力は訓練で鍛えることもできる。
しかし本日のメインイベント、この”前世の記憶”は別だ。
自分がどんな記憶をもっているかは誰にもわからないし、アタリを引くまでやり直すようなこともできない。
その記憶が優秀な冒険者の記憶なら、この先冒険者になろうとしたときに大きなアドバンテージになるのは間違いない。
芸術家の記憶が現代にすぐれた芸術家を再度生むこともある。
さらにはこの世界に存在しないもの、異世界の記憶が呼び覚まされることもあるらしい。
そんな記憶を思い出せたひとたちは、とてつもない異世界の技術を再現する発明家や、神話のような記憶を経験値に変えた大冒険家などになって後世に名を残している。
―来てくれよ……!特別な前世の記憶……!
「それでは名前を呼ばれた方から順番に、奥の部屋へ。」
この神父がもっている棒切れも、大昔の創造者が創り出したものらしい。
この創造物の力を借りて、一定の年齢を迎えた子供たちの前世の記憶を呼び覚ます、それが本日の成人の儀だ。
最初に名前を呼ばれた女の子は神父とともに祭壇脇の扉から別室へ向かった。
2人が奥の部屋へ消えてから数分ののち、中から風が吹いたように扉がわずかに振動した。
きっと何らかの想像力と創造物の力が発揮され、あの子の前世の記憶が今まさに呼び起こされたのだ。
聖堂へ残ったみんなは自然と口数が減り、じっと扉を見つめていた。
やがて、ギイっと重たい扉が蝶番をきしませながら開き、女の子が出てきた。その表情は困惑や安堵が混ざった複雑な様子であった。
「どうだった……?」「平気か?」「痛くなかった?気分悪くない?」
残されていた4人が駆け寄り声をかける。
うーん、と少女は何かを思い返すようなしぐさを見せると
「あんまり、はっきりしてなかった。でもたぶん薬草とかから薬を作っていたひとの記憶だろうって神父様が。」
おおぉ…。と感嘆の声が漏れる。
本当に前世の記憶を思い出したのだ。
いよいよ自分にもその時が迫っている。
「次はアルドくん、入ってください。」
―来た!俺の番だ。
神父に呼ばれた瞬間、心臓が跳ね上がる。
おれは努めて落ち着いて部屋へ足を踏み入れた。
部屋に入ると、小さな書斎のような部屋の真ん中に簡素な木製の椅子が置かれていた。
神父は創造物と思われる棒と反対の手に、手のひらサイズの水晶を持っている。
「はい、ではこちらへ座って、この水晶をもって。落とさないように。リラックスしてください。」
指示に従い、椅子に座り深呼吸をしていると、神父が背後に回り、棒切れをおれの頭の上に構えた。
はじめます、とだけ言ったかと思うと神父はなにかをぶつぶつとつぶやき始めた。
フッと力を込めた声がした瞬間、おれを中心に噴き上げるような風が発生し、水晶が強い光を放った。
瞬時に脳裏に浮かんでは消えていく様々な情景。
膨大な情報の濁流の中でおれは意識を失った。
音楽、カラフルな光、爆発、複数の男女の会話、膨大な量の書物。無機質な聞き慣れない音。
まとまりのない情報の海を抜けて意識を取り戻したおれの目に飛び込んできたのは、手に持たされた水晶が輝き映し出している前世の記憶イメージだった。
まるで飛び出す絵本のように目の前に展開されたイメージは、薄暗い部屋の中にいる人物の視点だった。
その男は食い入るように光る板を見つめていた。
板には動く絵が映し出されている。
―異世界だ……!
明らかにこの世界のものではない光景だ。絵が動き、派手な音とともに目まぐるしく様々な絵が現れる。
「これはすごい……!異世界の記憶ですね……。しかも、とても鮮明だ。」
記憶の特性を見極めるために、一緒に水晶から映し出される映像を見ている神父も驚いている様子だ。
「この人はいったい何をしているんだろう!?わかる!?」
「これは……。過去の記録にも見たことがない光景ですねえ……。」
協会に所属する神父も心当たりがないような、未知の世界の記憶。
「大当たりってことだ!」
「そうですね……!あとはこの人物がこの未知の技術で何をなすものなのか、それともこの技術の発明者なのか……。」
―"あにめ"。
ふと呼び覚まされた前世の記憶と目の前のイメージがリンクする。
前世のおれは、"あにめ"を見ているのだ。
そのとき、板が光を失い、"あにめ"を映す代わりに対面に座っている前世のおれの姿を反射して見せた。
そこに映ったのは、背中を丸めて座る、醜く太った見るからに不潔な中年男性だった。
「「……ん?」」