第7話_決意の瞬間
2900文字程度です。
夕日が森の木々の間から差し込んで、辺りがオレンジ色に染まっていた。
木に背中を預けたまま、私はぼんやりと空を見上げている。あの砦での出来事から、どれくらい時間が経っただろうか。心臓の音も、ようやく普通に戻った気がする。
「落ち着いた?」
(はい、大分冷静になられたようですね)
ナビの声が、いつも通り頭の中に響く。
「ありがとう。一人だったら、きっとパニックになってたと思う」
(それで、これからどうしますか?)
「そうだな」
私は立ち上がって、体についた草を払った。
「今後の方針を考えないと」
あの砦は確かに存在する。人間がいて、獣人を差別している。それは分かった。でも、だからといってどうすればいいのか。
「とりあえず、可能性を整理してみよう」
(どのような選択肢をお考えですか?)
「まず一つ目は、食料の確保」
砦には確実に食べ物がある。兵士たちが生活しているんだから当然だ。
「夜中にこっそり忍び込んで、倉庫から少し拝借するとか」
(リスクが高すぎませんか?)
「そうなんだよな。見つかったら、今度こそ本当に囲まれて終わりだ」
二つ目の選択肢を考えてみる。
「狐火の実験場所として使うのはどうだろう」
(と言いますと?)
「あの砦の周りなら、人目につかずに狐火の練習ができる。森の中だと、木に燃え移る心配があるし」
でも、これも考えてみるとリスクが大きい。
「いや、だめだな。兵士に見つかる可能性が高すぎる」
(確かに、練習中に発見されては元も子もありません)
「結論として」
私は砦の方向を振り返る。
「危険を冒してまで、あそこに近づく理由がない」
(賢明な判断だと思います)
「よし、それじゃあ別の場所を探そう」
私は森の奥へ向かって歩き始めた。砦とは反対方向に。
でも、十歩ほど歩いたところで足が止まった。
「でも」
(でも?)
「せっかく道を発見したんだよな」
振り返ると、砦に続く古い街道が見える。草に覆われてはいるものの、確実に人が作った道だ。
「この道があるということは、砦の向こうにも何かがあるということだろう」
(そうでしょうね。街や村があるかもしれません)
「森の中をさまよい歩くより、道沿いに進む方が安全かもしれない」
それに、さっき見た限りでは門番は一人だった。
「もしかして」
私の頭に、ある考えが浮かんだ。
「あの門番を人質にとれば、情報を聞き出せるかもしれない」
(人質ですか?)
ナビの声に、少し驚きが混じっている。
「一人なら、何とかなるかもしれないだろう?」
(確かに戦力的には問題ないでしょうが、その後のことを考えると)
「そうだよな。人質をとったところで、結局は他の兵士に囲まれて終わりかもしれない」
でも、好奇心が膨らんでいく。
「でも、ちょっと様子を見るだけなら」
(狐さん?)
「大丈夫だよ。近づくだけ。何かあったらすぐに逃げるから」
私は砦の方向に向かって歩き始めた。
(本当に大丈夫ですか?)
「心配しないでくれ。さっきの教訓を活かして、今度は慎重に行くから」
木々の間を縫うように進む。足音を立てないよう注意しながら。
しばらく歩くと、砦の外壁が見えてきた。私は大きな木の陰に隠れて、門の様子を観察する。確かに門番は一人だった。しかも、なんだか眠そうにしている。槍に寄りかかって、時々頭がこくりと下がる。
「これなら」
思わずつぶやく。
「やれるかもしれない」
(まさか本気で襲うつもりですか?)
「いえ、まだ決めてない。ただ、可能性を探ってるだけだ」
でも確かに、あの門番なら不意打ちで何とかできそうだ。
その時だった。遠くから音が聞こえてきた。馬の蹄の音と、車輪の軋む音。
「馬車?」
(こちらに向かってきているようですね)
私は木の陰により深く身を隠した。音はだんだん大きくなってくる。
やがて、街道の向こうから馬車が現れた。それも、ただの馬車ではない。
「あれは」
息を呑む。
馬車の荷台には、鉄格子がついていた。まるで牢獄のような作りになっている。そして、その鉄格子の向こうに人影が見えた。二つの人影。
馬車が近づくにつれて、その正体がはっきりと見えてくる。獣人だった。一人は猫の耳と尻尾を持った女性。もう一人は、うさぎのような長い耳をした少女。どちらも汚れた服を着て、うなだれている。
「奴隷」
思わず声に出してしまう。
馬車の周りには、6人の武装した男たちが馬に乗って並んでいた。護衛だろう。彼らは警戒するように辺りを見回しながら、砦に向かって進んでくる。
門番が馬車に気づいて、慌てて門を開け始めた。
「ご苦労様です!」
門番が護衛の一人に声をかける。
「今回も上質な獣人を連れてこられましたね!」
「ああ、特に猫族の方は若くて美しい。高く売れそうだ」
護衛の男が下卑た笑いを浮かべる。
私の胸の奥で、何かが燃え上がった。怒り? それとも別の感情? 鉄格子の中の獣人たちは、まるで物のように扱われている。同じ獣人として、同じ差別を受ける存在として。
「許せない」
呟いた声が、自分でも驚くほど冷たかった。
(狐さん?)
ナビが心配そうに呼びかける。
でも私の意識は、鉄格子の中の二人に集中していた。猫族の女性が顔を上げた瞬間、私と目が合った。絶望に満ちた瞳だった。希望を失い、諦めきった表情。
それを見た瞬間、私の中で何かが切れた。
「絶対に許さない」
今度ははっきりと声に出して言った。理屈じゃない。理性でもない。ただ純粋な怒りが、私の全身を駆け巡っている。
馬車が砦の中に消えていく。門が再び閉ざされる。私は拳を握り締めていた。爪が手のひらに食い込んで、痛みを感じる。
「あの砦に行く」
(え?)
「今夜、あの砦に忍び込む」
(ちょっと待ってください。冷静になって)
「冷静だよ」
私は立ち上がった。
「これ以上ないくらい、冷静に考えてる」
(でも、さっきまでは危険だからやめようと)
「さっきとは状況が違う」
私は砦を見つめる。
「あの中に、同じ獣人が囚われてる。同じように差別され、奴隷として売られようとしてる」
(助けたい気持ちは分かりますが)
「気持ちの問題じゃない」
私の声が、自分でも怖いくらい静かになっている。
「正しいことと間違ってることがある。あれは間違ってる」
(しかし、相手は大勢です。無謀すぎます)
「無謀?」
私は狐火を手のひらに浮かべる。青い炎が夕闇の中で静かに燃えている。
「俺には力がある。その力を何のために使うんだ?」
(狐さん、今のあなたは少し怖いです)
ナビの声に、明らかな動揺が混じっていた。
「怖い? 何が怖いんだよ」
(いつもの狐さんと、雰囲気が全然違います)
確かに、私自身でも分かる。今の私は、いつもの私とは違う。でも、それでいい。
「今夜、あの砦に忍び込む」
私は狐火を消して、森の奥へ向かって歩き始めた。
「準備をしよう」
夕日が沈んで、辺りが暗くなり始めている。夜が来るまで、それほど時間はない。
今夜、私は初めて自分の意志で戦いを選ぶ。正義のために。いや、もしかしたら復讐のために。その違いなんて、今の私にはどうでもよかった。
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