第3.5話_全部いただきます
話の進みが短いので0. 5です!
(それでは、実際に解体を始めましょう)
ナビの指導で解体作業を始めることになった。でも、実際にやってみると問題が発生した。
「あれ? ナイフどうしよう」
木の枝では鹿の皮を切ることはできない。石で代用するには、鋭利なものを見つけるのも一苦労だ。
(そうですね……狐火を応用してみてはいかがでしょうか)
「狐火で? 形を変えられるってこと?」
(はい。形状変化や温度調整も可能です。ただし、イメージと集中力が重要になります)
「なるほど、試してみる」
手のひらに青い炎を呼び出す。美しく揺らめく炎を見つめながら、イメージを固めていく。
「ナイフの形になって」
炎がゆらゆらと形を変える。最初はただの不定形だったが、だんだんと細長くなり、やがて刃物らしい形になった。
「おお……」
青い光を放つナイフのような形状。でも触ってみると、まだふわふわとしている。
(もう少し意志を込めてください。「切る」という目的を明確に)
「切る、か」
目を閉じて集中する。鹿の皮を丁寧に、傷つけずに切り分けるイメージ。するりと滑らかに切れる刃物のイメージ。
青い炎がぴたりと安定した。刃のような形状を保ったまま、熱を持たない涼しい光を放っている。
「これで……いけるかな」
恐る恐る鹿に近づく。まずは脚の部分から。青い刃を皮に当てると——
するりと切れた。
「すごい」
想像以上になめらかな切れ味。まるで本物のナイフのように、皮と肉の境目を正確に切り分けてくれる。
(上出来ですね。ただし、集中を切らさないでください)
「分かった」
慎重に作業を続ける。最初はぎこちなかったが、だんだんコツを掴んできた。狐火のナイフは、集中している限り安定して形を保ってくれる。
30分ほどかけて、なんとか食べられそうな肉の塊をいくつか取り出すことができた。
「ふう……」
額に汗をかいている。思ったより集中力を使う作業だった。
(お疲れ様でした。初回にしては上出来です)
「ありがとう。でも……」
見ると、皮の一部を焦がしてしまっていた。狐火の温度調整がうまくいかなかった部分だ。
「もったいないことしちゃった」
(慣れれば大丈夫です。では、調理に移りましょう)
調理といっても、塩も調味料もない。まずは火を起こさないと。
「火起こしか……」
まずは狐火で直接調理してみようと思った。手のひらに青い炎を呼び出して、肉を近づけてみる。
「あれ? 全然熱くない」
狐火に手をかざしても、ほんのり涼しいくらいだ。これでは調理は無理そう。
(狐火は魂に作用する炎なので、物理的な熱はほとんどありません)
「そうなのか。じゃあ普通の火を起こそう」
森の中を歩き回って、燃えやすそうな枝や葉っぱを集める。火起こしの材料も探さないと。
(乾いた草や樹皮の繊維を集めて火口を作ってください。それから摩擦で火種を作ります)
「摩擦?」
(弓きり式という方法があります。硬い木の板に溝を作って……)
ナビの指導に従って、なんとか原始的な火起こしに挑戦する。硬い木を見つけて、やわらかい木の板に穴を開ける。そこに硬い木の棒を立てて、弓の要領で回転させる。
「うう、疲れる……」
30分ほど悪戦苦闘して、ようやく小さな煙が上がり始めた。
「お、煙が……」
火口に移して息を吹きかけると、ついに小さな火種ができた。
「やった!」
でも、火種はとても小さくて弱々しい。すぐに消えてしまいそうだ。
「もう少し大きくならないかな」
そう思って、無意識に狐火を火種に近づけてみた。
ぼわっ!
突然、火種が大きな炎に変わった。
「うわ、何だこれ!」
オレンジ色の炎が勢いよく燃え上がり、あっという間に薪に燃え移った。
(興味深いですね。狐火が普通の炎の燃料になったようです)
「燃料?」
(狐火は魂の炎です。普通の火に混ざると、炎の勢いを強めるのかもしれません)
「へえ、そんな使い方もできるんだ」
予想外の発見だった。狐火単体では調理に向かないが、普通の火と組み合わせれば強力な炎になる。
肉を木の枝に刺して、焚き火の上で焼く。シンプルだが、美味しそうな匂いが立ち上ってくる。
「いい匂い……」
お腹が鳴る。考えてみれば、朝飯を食べてからかなり時間が経っている。
肉が焼けるまでの間、狐火のナイフを見つめていた。青い光が徐々に薄れて、やがて消えていく。
「集中が切れると消えるのか」
(はい。持続には精神力を消費します。慣れれば、より長時間維持できるようになります)
「なるほど。でも、すごい能力だな」
ただの炎だと思っていたが、これは武器にも道具にもなる万能の力だ。この世界で生きていくのに、きっと役立つ。
「焼けたかな」
肉を確認すると、いい感じに焼き色がついている。少し焦げているところもあるが、初回としては上出来だろう。
「いただきます」
一口齧る。
「……美味しい」
塩もないシンプルな焼き肉だが、それでも十分美味しかった。何より、自分で狩り、自分で解体し、自分で調理した食事という達成感がある。
「ありがとう、鹿さん」
食事をしながら、改めて感謝の気持ちを込める。この命のおかげで、私は生きていける。
(いかがですか?)
「美味しいよ。でも……塩が欲しいな」
(街に行けば調味料も手に入るでしょう)
「そうだね」
食事を終えて、残った肉をどうするか考える。
「保存しておきたいけど、リュックに入れるのは……」
生肉をそのままリュックに入れるのは衛生的によくない。他に方法はないかと考えていて、ふと鹿の皮に目が向いた。
「そうだ、皮を使えばいいんじゃない?」
解体の時に取っておいた皮の一部を手に取る。まだ血が付いているし、このままでは使えない。
「狐火で軽く炙って、内側を清潔にしよう」
小さな狐火を皮の内側に当てて、血や汚れを焼き払う。完全な皮なめしはできないが、応急処置としては十分だろう。
残った肉を軽く炙って水分を飛ばし、皮で包む。それをリュックのショルダーストラップの一部をほどいて紐にして、しっかりと縛る。
「これで簡易的な保存袋の完成」
見た目は原始的だが、肉が直接リュックに触れることもないし、皮が天然の保存袋になってくれる。
「鹿さんの皮まで無駄にしないで済んだ。さて、と」
立ち上がって辺りを見回す。森はまだまだ続いているが、どこかに人里があるはずだ。
「街を探しに行こう」
(どちらの方角に向かいますか?)
「とりあえず……あっちかな」
なんとなく開けているように見える方向を指差す。根拠はないが、直感を信じてみよう。
荷物をまとめて、私は森の奥へと歩き始めた。
狐火の新しい使い方も覚えたし、食事も取れた。少しずつだが、この世界での生活に慣れてきている。
きっと、もっと面白いことが待っているはずだ。
使いこなすためにも、とりあえずで青い炎を小さく手のひらに灯しながら、私は新しい一歩を踏み出した。
執筆が実質初めてな者なので、コメントやらブクマは大いに嬉しいです。
更新は毎日2本予定です。気長な気持ちで読んでってください。