第1話_起きたら狐美少女になってました
単純な始まり。人生の歯車なんて、いつだって突然だ。
携帯のアラームが鳴った。
俺はその音に気づいたけれど、あえてまだ寝ることにした。二度寝の誘惑には勝てない。
再びアラームが鳴る。
今度は欠伸をしながら目を開けた。今日はバイトなし、親は出張でなし。つまり一日中ゲームして過ごせる貴重な、とても貴重な休日だ。
「よし、起きるか」
そう呟いて起き上がろうとした時、違和感に気づいた。
「ん? なんか胸が重いな」
見下ろすと、胸部にそこそこの膨らみがあった。パーカーの上からでもはっきりと分かる。
「は? なんだこれ」
恐る恐る黒のパーカーに手を突っ込んでみる。そこにあったのは、確実に肌だった。しかも柔らかくて温かい膨らみが。
ふわっとした感触。これは間違いなく――
「お、おっぱい?」
今度は恐る恐るその先端部分を摘んでみた。
「あっ」
思わず色っぽい声が出てしまった。自分の声なのに、なんだか聞いたことのない高さで。
これは間違いない。おっぱいだ。
それならまさか、下の方も?
そう思って今度は下半身に手を伸ばした。パジャマのズボンの中に手を入れて確認すると――
ない。
完全に、ない。
代わりにあったのは、今まで自分の体にはなかった部分だった。
「マジかよ」
女になってる。完全に女になってる。
しかもそれだけじゃない。お尻の辺りに何かふわふわしたものが触れている。恐る恐る確認してみると――
黄金色の狐の尻尾があった。
「うわあああああ!」
思わず声を上げてしまった。でも確かにある。ふわふわで、なんというか……
「めっちゃ気持ちいい」
触ってみると、自分の体の一部だということがはっきりと分かる。尻尾を動かすこともできる。なんだこの不思議な感覚は。
尻尾があるということは、まさか。
頭に手を伸ばしてみる。髪の毛をかき分けると、予想通りそこには――
三角の狐耳があった。
「狐っ娘になってる」
体の感覚で大体は分かっていたけれど、やはり自分の目で確認したい。
洗面所に向かって鏡を覗き込むと、そこには想像以上に整った顔立ちの美少女がいた。髪は黒く艶やか、狐の耳がぴょこんと頭から生えていて、琥珀色の瞳が神秘的だ。
「うわ、マジで美少女じゃん」
改めて見ると、この変化は異常すぎる。でも同時に、なんだか嬉しいような気持ちも湧いてくる。こんな可愛い女の子になれるなら……
「いや、ダメだ。調子に乗っちゃいけない」
慌てて首を振る。確かに美少女になったのは事実だが、浮かれている場合じゃない。
鏡の中の美少女も同じように口を動かす。間違いない、これは俺だ。
「一体何が起こったんだ」
昨夜は普通に寝た。特に変わったことはしていない。なのに朝起きたら性転換して、しかも狐の亜人になっている。
しばらく呆然としていたが、お腹が鳴った。
「とりあえず朝飯だな」
現実逃避も兼ねて、リビングに向かった。冷蔵庫から適当に食材を取り出して朝食を作る。料理をしている間は、なんとなく現実感が戻ってきた。
でも、これからどうしよう。
学校に行けるわけがない。この見た目で教室に入ったら大騒ぎになる。バイトも無理だ。何より、親が帰ってきたら事情を説明できるはずがない。
「俺が狐耳美少女になりました」なんて言っても、精神病院送りが関の山だ。
そもそも、この体で外に出たら一体どうなるんだ? 警察に通報されるか、変質者扱いされるか、それとも実験動物として捕獲されるか。
どう考えても、普通の生活は無理だ。
「家出しかないか」
他に選択肢が思い浮かばない。このまま家にいても、親が帰ってきたときの修羅場は避けられない。それなら今のうちに逃げ出すしかない。
行く当てはある。親友の冬弥の家だ。あいつは両親と死別していて一人暮らし。何より、アニメやゲームが大好きで、こういう二次元的な出来事には異常に興味を示すタイプ。
「あいつなら、案外受け入れてくれるかもしれない」
冬弥は昔から「リアルに獣耳っ娘が現れたらいいのに」とか言ってた変態だ。まさか本当に現れるとは思ってないだろうけど。
「でも服が」
女物の服なんて持ってない。かといって親の服を勝手に持っていくわけにもいかない。
幸い、今着ているパーカーは元々少し大きめのサイズだ。胸があっても、そこまで違和感はない。多分。
持っていくものを考える。まず部屋から使い慣れた黒いリュックを取り出した。高校入学時に買ったもので、もう2年近く愛用している。
バイトで貯めた10万円、スマホをリュックに詰め込む。それから――
「これも持っていくか」
部屋から折りたたみ式の木刀を取り出した。全長80センチだが、折りたためば20センチになる特注品。亡くなった父の形見でもある。
今の俺は、見た目が完全に女の子だ。それも、かなり目立つ狐耳付きの。世の中には変な奴がいるから、護身用の武器は必要だろう。
「おやじ、ごめん。でも護身用に借りるよ」
木刀をリュックの外側に慎重に括り付ける。父は剣道をやっていて、俺にも少しだけ教えてくれた。基本的な振り方程度なら覚えている。
「ありがとう、おやじ」
小さく呟いて、父の遺影に向かって頭を下げた。
それから狐の面も持った。たまたま文化祭で買ったものだが、今の状況にはピッタリだ。狐耳を隠すのは無理だが、せめて顔だけでも隠したい。
面もリュックに入れて、準備を整えて玄関に向かう。
「行ってきます……誰もいないけど」
最後に自分の身なりを確認する。黒いパーカーにジーンズ、スニーカー。普通の男子高校生の格好だが、今の俺が着ると、ちょっとボーイッシュな美少女に見える。
頭には黄金色の狐耳、お尻からは同じ色の尻尾。琥珀色の瞳に艶やかな黒髪。どこからどう見ても、二次元から飛び出してきたような狐っ娘だった。
そして俺は――いや、私は家を出た。
新しい人生の始まりとも知らずに。
執筆が実質初めてな者なので、コメントやらブクマは大いに嬉しいです。
更新は毎日2本予定です。気長な気持ちで読んでってください。