10.目覚めの森
まぶたの裏に焼きついていた光が、ゆっくりと色を失っていく。
石神ユナは、重たいまぶたを開けた。
目に映ったのは、どこまでも続く見慣れた青空。
けれど、頭上を覆う木々は見慣れぬものだった。
細く高く伸びた幹に、陽射しを受けてちらちらと揺れる葉。葉擦れの音が、静かな風とともに耳に届く。
(……ここは……?)
湿った土の匂い。草のざわめき。
すぐ近くで、小さな鳥のさえずりが聞こえる。耳慣れたものに近いけれど、どこか遠い。
ユナは、そっと地面に手をついて身を起こした。
掌に触れる土の感触が冷たくて、ようやく少しだけ現実感が戻る。
(森……なの? いつの間に、外に……?)
頭の奥がまだぼんやりしている。
でも確かに覚えている――最後に見たのは、あの部屋で、マナが光に包まれて消えた瞬間だった。
(夢じゃ、ないわよね……)
胸の奥がズシリと痛む。
何が起きたのかまったく分からない。ただ一つ、目の前でマナが消えたことだけは現実なのだと、身体が理解していた。
ふと、自分の格好に気づいてユナは眉をひそめた。
パジャマのまま、裸足で裾は朝露に濡れている。
(……もしかして私……マナが消えたことに取り乱して……そのまま外に……?)
記憶はあいまいで、自分の行動のつじつまが合わない。
けれど、そう思わなければ説明のつかない今の状況。
「……とにかく、一度家に戻らないと」
ユナは立ち上がった。
けれど、見渡す限り木々ばかりで、舗装道路も民家も見えない。
(……こんな場所、
うちの近所にあったかしら……?)
しばらく歩いても変わらぬ景色が続く。
遠くで風が吹き抜け、枝葉を揺らす音だけが、かすかに鼓膜を震わせた。
不安がじわじわと胸を締めつける。
そのとき――森の奥から、ゆっくりと歩いてくる人影が見えた。
「……あの……!」
ユナが声をかけると、相手も気づいて立ち止まった。
年の頃は四十代ほどの男性。手には薪、腰には籠。布を巻いた服装はまるで何かの舞台衣装のようだった。
(……コスプレ?)
つい、そう思ってしまうほど、男の装いは非日常的だった。
だが相手も、同じようにユナを見て、わずかに目を見開いた。
「……こんな場所で人に会うとは珍しい。
旅のお方でしょうか?」
「え……その……はい。こちらは、一体どちらの地域なのでしょうか?」
男はほんの少し考えるようにしてから、穏やかに答えた。
「この道をまっすぐ進めば、神殿都市フィノアがありますよ。
ノエリア神殿のもと、平穏に栄えた土地ですよ」
「……神殿都市……ノエリア神殿……」
ユナは自然と、やわらかな笑みを浮かべていた。
(なるほど……世界観を大切にされているのね。
衣装も凝っているし、本格的な催しなのかしら)
「ご親切にありがとうございます。
……その都市のほうへ向かってみようと思います」
「お気をつけて。フィノアはこの道沿いにございます。
ただ、そのお召し物では少々目立ちますので……
町に着いたら服を購入されるとよろしいかと」
「……そうですね。助言、感謝いたします」
(目立つのは……お互いさまのような気もするけれど)
そう思いながらも、それ以上は口にしなかった。
なにより、「町がある」というだけで、得も言われぬ安心感が広がっていく。
とにかく、一度家に帰って体制を立て直さなければ……その後何としてでもマナを探し出す……。
――まだ混乱はある。現実感も、薄いまま。
けれど、それでも……。
ユナは手首にはめていたヘアゴムをすっと外すと、手早く髪をまとめて歩き出した。
パジャマの裾が風に揺れ、裸足の足裏に小石が当たって痛んだ。けれど、立ち止まることはできなかった。
「……マナ」
その名を、風に溶けるような声でつぶやく。
光が差す方へ――森の奥へと、ユナは静かに歩みを進めた。




