プロローグ
その日、空は裂け、世界は泣いた。――まるで、この結末を拒むかのように。
彼女は、月のような静謐なる癒しの光と、太陽のごとく灼き尽くす断罪の魔力をその身に纏い――
魔の頂に立つ黒き覇王、黒帝ヴァルザの前に、ただ一人、立ちはだかった。
「終わりにしましょう」
その声には恐れも迷いもなく、ただ決意だけがあった。
彼女の体からあふれ出した光は、やがて巨大な輪となって空を覆った。
その背には、この国ラーデンリアの人々の祈りと願い。そして、愛する人――
王子アルヴァン・グランディアを想いながら、彼女は誓った。
「これで……あなたが生きる世界を守れるなら、それでいい」
唇が静かに動く。
次の瞬間、彼女の手から放たれた閃光が、天と地を裂いた。
光は一条の雷となって黒帝の心臓を貫く。命を焼くようなその力は、優しさと絶望が混ざり合った祈りだった。
咆哮が大地を揺らし、黒き瘴気が空へ逃れようとする――
「赦さない。貴方が奪った命も、涙も……すべて返しなさい!」
ヴァルザの身体を取り巻く闇が崩れ、断末魔のような魔力が空間を引き裂く。だが、彼女の祈りはそれすらも静かに抱きとめ、穢れを光に還してゆく。
最後に彼女が放った呪文は、己の命を核に結界を創り、ヴァルザの魂ごと、封印の檻へと閉じ込めた。
光がすべてを包み込む瞬間、世界は静寂を取り戻す。アルヴァンが叫ぶ声も届かぬまま、 聖女は光に包まれ、静かに、静かに消えていった。その胸には、愛の欠片すら残されず――
「――愛してる」
それは、ただ一人の男に遺した最後の言葉。涙さえ、もう流せなかった。
残された男は抜け殻となり、癒えぬ喪失の中で王となるために心を捨てた。
「この世界は、彼女の光なしに生き延びる資格などあるのか」
それでも、時は進む。 彼女が望んだ“未来”のために。 たとえそこに、幸福の面影がなくとも――