【短編】異世界転生したオレは貴族になって気弱な婚約者を守ります。【合作】
オレには、異世界転生した自覚がある。
が、それ以外に特別なことなんて何もない。
独身だったが、サラリーマンとして揉まれた記憶があるオレは、いきなり中世ヨーロッパ風の世界の貴族の家に生まれてもなんとか順応してこれた。
子爵家の長男で、名前はエシュトル。クランチ子爵家のエシュトルだ。
茶髪茶目の平々凡々な容姿。今年、18歳。
そんなオレには、婚約者がいる。
男爵令嬢で、気弱な同い年の令嬢だ。
金髪のストレートヘアと青い瞳の持ち主で、結構可愛い顔立ちをしている。
セディナ・アルバート男爵令嬢。可愛いが、気弱な性格が台無しにしている気がする。
そんなセディナをフォローするのはいつものことで、おかげで立ち回りスキルが上がっていった気がした。
オレとセディナは、上手くいっていたと思う。
このまま、なんの問題もなく、結婚をするんだろうなと思っていたのだが。
問題は、起きてしまった。
アルバート男爵家の領地で疫病が流行り、領民だけではなく、アルバート男爵家の人間も倒れていったのだ。アルバート男爵家の次期当主だった、セディナの兄も疫病でこの世を去った。
ここで発生するのは、後継者問題。白羽の矢が立ったのは、直系の娘であるセディナだった。
しかし、セディナはオレと婚約している。クランチ子爵家に嫁ぐ予定なのだ。
なので、セディナとオレの婚約をなかったことにするかという議論が両家で行われた。
「セディナは、どうしたいんだ?」
直系がいるなら直系に継がせたいという意思が強いアルバート男爵家側が頑として譲らないし、クランチ子爵家ももう嫁にもらう話は進んでいたので今更譲れないと言い張るので、話は平行線。
二人きりになったところで、オレはセディナの意見を確認してみた。
気弱なセディナのことだ。家族の意見に流されそうだな、とは予想していた。
「……わたくし……は」
ボソッと口を開くセディナは、俯いたまま告げる。
「許されるなら、家督を継ぎたい」
驚いた。家族に言われるがままに、家督を継ぐと言うわけではなく、セディナは自分の意思で継ぎたいと口にしたのだ。
「亡きお兄様の代わりに、アルバート男爵家を守りたいのです。わたくしに出来るなら……」
弱々しくも、ちゃんと自分の意思を話すセディナ。
「けれど……あなたとの婚姻を……なかったことにするのは……また違う気がして……」
俯いていても、セディナの青い瞳が不安で揺れているのが見えた。
「エシュトルと結婚するとばかり……」
「オレもだよ。セディナと結婚は決定事項だと思っていた」
二人して、この婚姻が揺らいだことに、驚いている。
今更他の嫁を探そうにも、相手がいない令嬢は訳アリばかりだろう。身持ちが悪かったり、性格に難があったり。そんな令嬢を嫁にもらうのは、勘弁してほしい。
他の誰かを嫁にもらうなんて、考えられない。
漠然と、セディナがいいと思う。
前世は独身で結婚の経験はないが、この人生で連れ添うのはセディナだとずっと思っていた。
「セディナは、家督継ぎたいんだろ? でも、オレとの婚姻を蔑ろにしたいわけではない、と?」
「うん……。矛盾していてごめんなさい」
「いや、いいよ。それがセディナの考えでしょ? オレも、セディナ以外と結婚は考えられないよ」
「…………」
ぴくっと、セディナが肩を震わせる。見ると、頬が赤らんでいた。
「熱でもあるの?」
と、額を触ってみたが、熱があるわけではなさそうだ。
セディナも「熱はないわっ」と否定したので、大丈夫そうである。
「じゃあ、セディナは家督を継げばいいよ。もうアルバート男爵当主とクランチ子爵当主で結婚しちゃおう」
「えっ? でも……それは……」
「領地が二つになって大変だろうけれど、セディナも家督を継ぐ意志があるんだから、こなせるだろ?」
アルバート男爵家の領地と、クランチ子爵家の領地の領地経営をそれぞれ行わなければいけなくなるが、セディナもやる気があるようだし、そうしてしまえばいい。別に、当主同士が結婚出来ない法律もないのだ。
「それでいいだろ?」
「……うん」
手を差し出せば、頷いて手を重ねるセディナ。
彼女と一緒に、話し合いの場である部屋に戻った。
そうして、婚約は継続。お互いが当主になる意思を伝えた。
それで解決すると思ったのだが。
ここでもアルバート男爵家側が難色を示した。
どうしたのかと問い詰めたところ。
「セディナの新しい婚約者候補が決まっている」
とのことだった。流石にカチンときた。
まだオレとセディナは婚約関係にあるというのに、他の相手を決めているのだという。
通りで婚約解消に躍起になるはずだ。
「そんなっ」
セディナは、ショックで言葉を失っている。彼女は初耳らしい。
「今回の疫病で領地は大打撃を受けた。資金がいる。その資金も援助してくれる遠縁の伯爵家、その次男がセディナの新しい相手になるんだ」
「嫌です!」
セディナが声を上げる。
「結婚相手は、エシュトルじゃないとだめです!!」
セディナのそんな大声なんて、初めて聞いた気がした。
オレが驚いた顔で見ていると。
「セディナ。貴族の結婚は、恋愛ごっこではないのだぞ」
そうアルバート男爵に鋭く咎めるように言われてしまい、セディナの顔色が一気に悪くなる。
こうして、話はオレとセディナの婚約解消をするしないに発展してしまった。
セディナの顔を見てみれば、目尻に涙を溜めて泣くことを堪えた様子。そんな彼女の肩を擦ってやり、オレは一息ついた。
「要は、資金があればいいんですね?」
その結納金を豊富に携えてくるであろう伯爵家の資金を上回れば、文句はないはずだ。
「エシュトル」
父親が首を横に振る。クランチ子爵家としては、結納金を弾ませる余裕はないと言いたいのだろう。
「資金を集めるので、時間をください。それと、アルバート領地の疫病問題ですが、感染を広めないために、手洗いうがいの予防が必要だと思います。領民に知らせてください」
アルバート男爵家の領地の疫病は、聞く限り、酷い風邪の症状。恐らく、インフルエンザの類だと思う。
先ずは感染を広めないように、手洗いうがいが基本だ。
そうだ、石鹸を作ろう。平民も気軽に買えるような安い石鹸を。
「石鹸を作ります。疫病問題は、アルバート領地だけの問題では留まらないでしょう。最悪、ここ王都まで届きかねません。手洗いうがいの最低限の予防は必須です」
オレがそう提案すると、クランチ子爵家側も、アルバート男爵家側も驚きの反応をした。
「作るって……お前、どうする気だ?」
父が尋ねる。
「友人を頼ります。商会の跡取りである友人に話を持ち掛けて、検討してもらいます」
「そんな人脈があったのか」
驚かれたが、オレとしては普通のことだと思う。
貴族社会、人脈は役に立つ。いい友人は、多い方がいい。
「一年の猶予をください」
アルバート男爵家側が眉をひそめたが、続けた。
「疫病問題を改善しつつ、資金を掻き集め、アルバート領地を復興する手伝いをします。後継者のセディナとともに」
そう宣言する。セディナと目を合わせれば、こちらも驚いた顔をしていたが、意を決した様子で頷いた。
アルバート男爵家側からすれば、すぐに資金を結納してくれるであろう伯爵家と縁結びしたいだろうが、こちらは元々結ばれている婚約。解消も簡単じゃない。
渋々だったが、オレとセディナの婚約解消は保留にしてもらった。
帰ったオレは早速、友人に手紙を送ることにした。
友人の名前は、アントン・ハーヴァス。ハーヴァス商会の跡取り息子だ。
一先ず、石鹸を開発したいし売りたいという旨を書き綴った手紙を送る。
オレの前世の知識をポロッと溢した時に、参考にされて商品化したことが何度かあるので、きっとこの話も引き受けてくれるだろう。商売になると、判断されて。
石鹸だけでは、復興の資金は足りないはず。もっと考えよう。平民向けの安い石鹸から、貴族向けの香り付き石鹸。
試しに石鹸を作った。作り方は簡単。オリーブオイルと灰を混ぜ合わせて、熱を加えるだけだ。
ハーヴァス商会の伝手で、オリーブオイルや木灰を仕入れてもらって石鹸を作製してもらいたい。
その話をするために、向かうのだ。
すぐに返事をくれたアントンは、ハーヴァス商会で話を聞いてくれるとのこと。
「久しぶり、エシュトル」
「久しぶり、アントン」
赤毛の青年、アントンと握手をする。早速、応接室の中に通されて、先ずはアントンと二人で話すことになった。持ってきた石鹸を出して見せる。
「手紙に書いた通り、石鹸を売り出したい。手洗いうがいの習慣を持たせて、風邪などの予防をさせたいんだ。平民向けの石鹸から始めて、貴族には香り付きなどの少し高価な石鹸を売り出したい」
「手洗いうがい?」
「アルバート男爵家の領地が疫病問題で苦しんでいることは耳に入っているはずだ」
「それで持ち直そうと?」
「そんなところだ。実は……」
友人だから、オレは事情を説明した。アルバート男爵家側が婚約解消を求めていて、結納金をたんまりくれそうな伯爵家と縁結びしたいと目論んでいることまで。
「じゃあセディナ嬢を奪われないために、こうして一肌脱いでいるわけか」
アントンは、ニヤリとオレをからかってきた。
「この石鹸商売、引き受けてくれるか?」
「エシュトルのアイデアは今までも成功している。必ず会長である父を説得してみせるよ」
「ありがとう……! 恩に着る」
こうして、アントンの商会で石鹼事業をしてくれるとのことだ。
それからも何度か商会に足を運び、完成品を見せてもらい、流通の手筈も整えてもらった。
ゆくゆくは、王都では石鹼専用の店を開く予定だが、先ずは行商人が配るように売る形でいく。
そんな話が順調に進んでいたが、ある日のこと。
セディナから手紙が届いた。中身は、助けを乞うものだった。例の伯爵家の婚約者候補が家に来たという。
慌ててセディナの家に向かった。
「エシュトル!」
「セディナ! 無事かっ?」
男爵家に入るなり、セディナがオレに抱き着くようにしがみつく。
追いかけるように出てきたのは、金髪の痩せ男。セディナの遠縁である伯爵家の坊ちゃんだろう。
少し調べたが、名前は確か、ダグ・ラート伯爵子息だ。
「貴様がみっともなく婚約関係を維持しているクランチ子爵家のエシュトルという奴か?」
爵位が上だからか、偉そうに言ってきた。
「はい。セディナの婚約者のエシュトル・クランチです」
笑顔で堂々と名乗る。
セディナが怯えているので、背にして庇う。
「早く婚約を解消しろ。どうせ子爵家の分際では伯爵家の結納金を超える額を用意出来ないだろ」
「その件につきましては、両家で話し合いは済んでおります」
とはいえ、こうして押しかけることを許されているのだから、アルバート男爵家側はどう考えているか想像がつく。早い話、セディナとダグをくっつけたかったのだろう。
「だから、用意出来ないだろ!? 無駄な時間をかけるな!! セディナはオレの妻になるんだ!!」
ダグが声を荒げると、セディナが後ろでびくりと震えた。
いや、オレの婚約者だって言ってるだろうが。
「何故ですか? セディナと婚姻して、得るものがそちらにあるのですか?」
「フン! 従順で美人な妻が得られるじゃないか!!」
あーね。セディナは可愛い美人だし、性格は気弱で見ようによっては従順。
ひょろっとして男として魅力が足りないダグは、お金で買いたいのだろう。
アルバート男爵家は結納金として領地を復興させる資金を、ラート伯爵家は従順で美人な妻を得られる。セディナを売っていると同義だ。
正直最低だし、気分がいいものではない。
こんな最低な奴は、手を出しかねないだろう。既成事実なんて作られても困る。セディナの身の安全を確保しなければ。
先ずは、信用出来る使用人に声をかけなくては。男爵家内では、使用人の目を光らせてもらう。そして、決してコイツと二人きりにはさせない。
「そうは言っても、現在セディナとオレは婚約関係にあります。横恋慕をしないでいただきたい」
「貴様が横恋慕しているんだろうが!!」
いや、なんでそうなるんだ。
「そもそも、釣り合ってないだろ!! お前みたいなその辺にいそうな顔の男!!」
ブーメランだろ、その発言。お前もその辺にいそうなひょろひょろだよ。
「それに金もない、爵位も下! お前には不釣り合いなのだ!」
「せっかくですが、オレとセディナはこれでも相性がいいのです。今まで助け合ってきました。支え合ってきました。これからもそうしていくつもりです。早速ですが、復興資金を稼ぐためにも、セディナの協力が必要です。お借りしますね。行こう、セディナ」
「え? は、はい」
ダグが何やら喚くが無視をする形で、セディナの手を取り、アルバート男爵家をあとにする。
馬車に乗り込んで、向かいに座ったセディナに「大丈夫だった? 何かされた?」と問う。
「手を握って迫られました……」
セディナは青い顔をして、そう答えた。
「帰りはオレも送るし、使用人達に二人きりにさせないようにきつく言っておくよ。油断しないようにな」
「……はい」
俯いてしまうセディナは、ポツリと呟く。
「わたくしは、いつも助けられてばかり……。エシュトルを支えたことなんて、ないでしょう?」
小さな問いは、さっきのオレの言葉についてだった。
「そうか? セディナは、セディナなりに努力をしているじゃないか。オレの子爵夫人になろうと、勉強だって励んでいたし」
「あれは……当然のことで」
「なら、オレがセディナを助けるのも支えるのも、当然のことだ。オレの未来の夫人なんだから」
「っ!」
冗談交じりに笑って言えば、セディナは青い瞳を真ん丸にさせて、ポッと頬を赤らめる。
「これからハーヴァス商会に行って、アルバート男爵家の領地で石鹸を効率的に売る助言をしてほしい」
「助言ですか……」
「販売は行商人に任せるから、ルートを教えてほしい」
「わ、わかりました」
日中は、こうしてセディナを連れ出すことにした。その日の帰りは、ちゃんとアルバート男爵家に送り届けて、使用人達にセディナの安全のために目を光らせてくれと頼んだ。心優しいセディナのため、使用人達は引き受けてくれた。
夜這いなんかは、当然阻止してもらう。そんな胸糞悪いこと、許してなるものか。
そうしているうちに、石鹸が発売。先ずは、平民向けの石鹸を売り出した。
アルバート男爵家の領地もそうだし、その他も順調に売り上げを出していった。
第二弾目は、香り付き石鹼。貴族が好みそうな華やかな薔薇の香りや、落ち着くラベンダーの香りから始めた。香油から作り、それを混ぜ込んだものが香り付き石鹼だ。
これには貴族の令嬢や夫人がこぞって買い占める勢いで購入してくれた。商売は大成功と言える。
ここで手は緩めない。もっと資金を稼がなくては。
貴族向けの娯楽に、万華鏡を作ることにした。そもそも望遠鏡もないと気付き、それならばと望遠鏡も作ってもらおうと、ハーヴァス商会に話を持ち掛ける。そうすれば、ハーヴァス商会の会長自らが出てきて、オレと話をまとめてくれた。
望遠鏡はもちろん、オペラグラスも作ってもらえば、貴族が観劇を鑑賞する時に使ってくれるだろう。
技術的には作れるので、オレはアイデアを出しただけ。
それなのに、がっぽりと稼げる。前世の記憶様様だ。
一方、ダグはセディナのストーカー化している。何度か夜這いを仕掛けたそうだが、使用人達にことごとく阻まれて、未遂に終わった。
今ではオレと出掛けている時も、追ってくる始末だ。
「セディナ、領地の疫病問題に進展は?」
「石鹸のおかげか、感染拡大は徐々に弱まっていると報告があります……。これもエシュトルが感染者への対応のマニュアルを作ってくれたおかげでしょうか」
マニュアルと言っても、大したものではない。感染者に接触する時、口や鼻を布で覆っておくこと。終わったら、手をよく洗い、うがいもすること。感染者とそうでない者は、食器も食事も別々にすること。
それだけでも、少しは効果があったようだ。
「二人とも、よくあれを無視して話をしてられるね?」
アントンが、やれやれと肩を竦める。
あれとは、窓からこちらを盗み見るダグのことだ。
「そろそろ、潰しちゃう?」
ニコリ。腹黒がしそうな笑みを浮かべるアントン。
「潰すって物騒だな……」
と思いつつも。
「どうやるんだ?」
方法が気になるので、尋ねてみた。
隣でセディナはギョッとしている。
「簡単さ。今やエシュトルは時の人だ。石鹼から始まって、望遠鏡に万華鏡、オペラグラスまで生み出したエシュトルの敵に回りたいって言うんだから、公にさせてもらおう」
ニコニコするアントンは、もう手筈を整えてしまっているように思えた。
アントンの言う通り、オレは時の人だ。社交パーティーに顔を出すと、必ずと言っていいほど捕まってしまう。話題はオレの活躍についてだ。平々凡々の下級貴族だったのに、悪目立ちがすぎる。
マダム達も好意的で、称賛してくれているからいいが……。
厄介なのは、オレに縁談を押し付けようとするお節介なマダムだ。気弱なセディナを押し退けて、ぐいぐいと自分の娘を押し売りしてくるのをかわすのが少し大変になってきた。
縁談を持ちかけられる度に「オレの結婚相手は、セディナですから」と何度言って断っただろうか。
まぁ、結果的には、アルバート男爵家に切り離すには惜しい人材だと思われただろう。
ストーカーのダグの夜這いもなくなってきたし、ラート伯爵家の縁談は立ち消えそうだ。だが、本人は付きまとい続けているので、対処が必要だろう。
「二人でデートしてこい」
「は? デート?」
「ほら、ここに観劇のチケットとオペラグラスがある。行ってこい」
アントンはいきなり言い出しては、準備していたであろうチケットとオペラグラスを持たせて、オレとセディナを部屋から追い出した。
つまりは、オレとセディナの仲を見せつけろ、ということだろうか。
「これ……観たかった観劇……」
チケットを見て、セディナは呟く。
オレも確認すると、今流行りの恋愛モノの劇だった。令嬢を中心に絶賛されているやつだ。
「せっかくだから、お洒落していくか」
「え?」
驚いた声を上げるセディナをエスコートして、ハーヴァス商会の近くのブランド店に入った。
今すぐに着れて、かつ新作のドレスを購入して、セディナに着飾ってもらう。
こういう時、自分の瞳の色のアクセサリーとか贈って、独占欲を見せつけたいところだが、オレは茶髪茶目だから地味だから却下だ。代わりに、セディナは藍色と水色のグラデーションのドレスと、オレは藍色のジャケットでお揃いコーデにした。
オレは、セディナの瞳まんまの色のジャケットとズボンを選ぼうとしたが、何故か店員に却下をされた。ズバズバと意見を押し切られて、落ち着いた青色というより藍色のジャケットと黒のズボンになった。
何故か、店員達はやり切った表情をしていた。
お洒落もしたし、オレはセディナをエスコートして観劇に向かった。
ストーカーダグもついてくる。しかし、チケットのないダグは止められて、少しトラブっていたようだ。
「何かしら?」と、観劇に来ていたマダム達が怪訝な顔で騒ぎを遠巻きに見ている。
「失礼いたしました。自分の婚約者のストーカーが、無理矢理入ってこようとしたみたいです」
チャンスだと思い、オレはダグがストーカーだと告げ口しておいた。
「まぁ、エシュトル様。セディナ嬢ったら、お気の毒に……」
顔見知りのマダム達は、すぐさま聞きつけては同情してくれる。
しめしめ。こうして味方を作るんだな、アントン。
「あれはラート伯爵家の子息ではなくて?」
「本当だわ」
早速特定されたダグは警備員に連行されていった。
「他人様の婚約者にストーカーなんて……」
「エシュトル様は今や時の人、いくら伯爵家の子息でもねぇ」
ひそひそと話すマダム達もいれば、嫌悪感を示す令嬢達もいる。
「一先ず、安心して観劇が観れるな」
そうセディナの背中を撫でた。
あとは勝手に、オレの敵として、ストーカーダグの噂が広まっていくだろう。
観劇を楽しむとするか。
アントンはいい席を用意してくれた。二階席なんてすごいな。オペラグラスが活躍する。
内容は情熱的に愛を語ったり、涙なしでは見られないすれ違いが起きたりしたが、最終的にはハッピーエンドを迎えるものだった。
とはいえ、オレは泣かなかったけれど。
でも隣のセディナは、涙を頬を伝わせて静かに泣いていた。
そんな横顔を見て、ドキリと心臓が跳ねる。その横顔が、あまりにも美しすぎて……。
視線に気付いたのか、こちらを向いた青い瞳。慌てて背けた。
「ぐすん……素敵な劇でした」
「そうだな、よかったな」
ハンカチで目元を押さえるセディナに、相槌を打つ。
妙に心臓がドキドキしているが、家に送り届けるまでしっかりとエスコートした。
観劇の一件で、ストーカーダグの悪名は轟いた。
オレという時の人の話題のおかげで、噂は瞬く間に広がったのである。
有力貴族から融資の話も来ているし、そこを敵に回したくないであろうラート伯爵家も、流石にダグに諦めるように言ったのか、パッタリと見かけなくなった。
「ありがとう、アントン」
「オレは何もしてないさ」
お礼を伝えたが、アントンは気さくだった。
思った以上に資金は貯まり、目標の結納金に達した。
アルバート男爵家の領地の疫病問題も、季節が変わって収束を見せ始めた。
これでオレとセディナも、結婚が出来る。文句の声はなかった。
こうして、オレとセディナはようやく結婚が出来るようになった。
セディナはアルバート男爵家の家督を継いで、オレもクランチ子爵家の家督を継いだ。
そうしてアルバート男爵家の当主と、クランチ子爵家の当主の結婚式。
準備は、半年かけた。なんせ招待客が多くなってしまったからだ。
融資をしてくれる有力貴族も、社交界で親しい友人達も。こぞって参加したいと言ってきた。
当主同士の結婚でもあるので、盛大にするべきという意見にも後押しされたのである。
場所は、聖堂。
純白のウエディングドレスに身を包んだセディナが、誓いの場まで歩む。
あ、オレ……本当に結婚するんだ……。
改めて、実感した。前世は独身だったので、正真正銘初めての結婚。
そのせいか、異様に緊張してきた。
けれども同時に、幸福感が膨れ上がる。ドキドキと胸が高鳴る度に。
「オレがセディナの真の結婚相手だ!!!」
バンと扉を乱暴に開けたのは、久しぶりに見るダグだった。
何故かオレと同じ白のタキシード姿。
結婚式に割って入るとは、まだ邪魔をする気だったのか。
奪われないようにと、オレはセディナを抱き寄せた。
「エシュトル……」
「セディナを奪わせないから」
「っ!」
というか、もうオレとセディナは誓いのキスを交わしたあとだ。
それで真の結婚相手だと名乗り出ても遅い。
そもそも、ここは聖堂だ。聖職者がすでに決めた結婚を邪魔するなんて、貴族も破門ものだ。
現に、参列者は軽蔑の眼差しを注いでいる。
「ダグ・ラート伯爵子息! 即刻退場願おう!」
オレは堂々と宣言して、追い出してもらった。
取り押さえられたダグは何やら騒いでいたが、破門を言い渡されて事の重大さに漸く気付いたようだ。蒼白の顔で崩れ落ちたところを、外に投げ出されていた。
「参列者の皆様、お騒がせしました」
一言、謝っておいて頭を下げる。
けれども、参列者達は温かい目をして、祝福をしてくれた。
パチパチと祝福の拍手が巻き起こる。
「末永くお幸せに!」
アントンの言葉を聞いて、オレは肩を抱くセディナに笑いかけた。
「幸せになろうな、セディナ」
「はい、エシュトル」
オレの花嫁は、綺麗に微笑んだ。
今回は『皆で執筆配信』で合作する形で書き上げました!
意見を出してくださったリスナーの皆さん、ありがとうございました!
一先ず、『べに猫リスナー合作』と呼びます。
たくさんの意見を取り入れて私なりにまとめて書いたのですが、いつもと違う感じに仕上がって新鮮でした。
平々凡々な男主人公。溺愛でもなく、ほんのり恋愛。
前世知識を利用して頑張って婚約者を守りました。
楽しんでいただけたら、幸いです。
『皆で執筆配信』のURLはこちら→ https://youtube.com/playlist?list=PLBUBkx3cMr6iXe_U7ax_1SSVU7TzRPbhZ&si=uwqb4uHpflvTJHy2
2025/05/29◎