私、外堀から攻めるタイプなのです
ある辺境に住む"ハッピー姫さま"と、クール執事の日常のお話。
姫さまがちょっと悪だくみをする、ミニストーリーです。
恋愛成分はほんのちょっと香るくらいしかないです。
つたない文章ですが、2人のほのぼのエピソードを読んでほんわかを感じてくださると嬉しいです。
駆け出し者につき、ある程度はご容赦ください。
とある異国の辺境で名を馳せる大貴族の男には、一人の娘がいた。
名はミリアン・バーネットという。
今年6歳になる彼女は、自分の領地は首都であり己こそがこの国の姫と信じ込んでいた。
そして自分はしっかり者だと本気で思っていた。
民衆や家族は親しみを込めて、彼女を"ハッピー姫さま"とよんでいた。
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「バロン、今日のお茶菓子は何かしら」
ミリアンの問いかけに返答はない。
「バロ〜ン? あら、どこへ行ったのかしら」
ミリアンはきょろきょろと部屋を見回すが、見当たらない。
どうやら、彼女の有能な執事のバロンは席を外しているらしい。
ミリアンは、バロンを探しに自室をそろりと抜け出した。
「私のバロンがメイド長にでもいじめられてたら、大変だもの!
それに話し相手がいないとつまらないじゃない」
若干心の中の声が漏れている。
小走りで執事を探す、ハッピー姫さま。
肩ではブロンドのツインテールが踊っている。
「ハッピー姫さま、こんなところにいらしたのですね」
調理室でバロンが呆れたように言う。
執事を助けに向かったミリアンは、思わぬトラップに引っかかってしまったようだ。
「もうじき夕食ですから、早くお部屋に戻りましょう」
口いっぱいにマフィンを頬張りながらも、
私が探しにきてあげていたはずなのにと無念に思うミリアンであった。
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「要するに私と一緒にいるのはうんざり、というわけなのね?」
「全く要されておりません。
ただの、家庭の事情です」
「ふーん?」
厨房で捕獲されたミリアンは、その後バロンを問い詰めていた。
明日はバロンがいないと聞いたときから、ミリアンは不満げな様子だ。
「母が風を拗らせまして。
姉が隣町まで医者を呼びに行き家を留守にするため、
弟と妹たちの世話を頼まれたのです」
バロンは執事長に休暇を依頼しに行ったようだ。
仕事場ではミリアンの、家では兄弟だちのベビーシッターとは、
14歳にしてバロンも苦労している。
「明日は私でない者がおそばに控えていると思いますが、
暴れたりしないでくださいね、ハッピー姫さま」
私のことを放って家に帰るなんて許せない。
本当は今すぐ暴れてやりたいミリアンである。
なんとか衝動をこらえて、
「明日の執事はジェイクになるのかしら」
「不都合がなければ、そうなるでしょう」
ジェイクとは執事長の息子で、今年30歳の若者執事だ。
「では今日はもう戻っていいわよ」
なんとか平静を保ったままバロンとの会話を終了させたのだった。
その夜、ミリアンはマカロンクッションを抱きしめながら考えた。
そして真理に辿り着いた。
「ピンチはチャンスよ。
これを利用してバロンとの距離を縮めちゃいましょ」
よからぬことを企んでいる様子である。
ミリアンはすっかり安心して決行の時を待つのだった。
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翌朝早くにバロンは家に帰った。
「リターシャ姉上、母上のご容態はいかがでしょうか」
「今は安定しているわ。
午前一番の馬車に乗って、お昼過ぎには戻って来るつもりよ。」
「わかりました」
「仕事があるのに休ませちゃってごめんなさいね。
ミリアンちゃんにもちょっと申し訳ないわ」
その頃のミリアンといえば。
「ジェイク、今日の予定が決まったわよ」
「本日は姫さまのご予定は何もなかったはずですが」
「今決まったの!
これからバロンの家に行って、お世話のお手伝いをしましょう!」
ジェイクは渋い顔をしている。
こういうときのミリアンは、言うことを聞かなくなる傾向にあるのだ。
それに弟らの面倒を見るバロンが、ミリアンの面倒まで見なくてはならないなんて不憫すぎる。
「執事長には内緒でお願いね!」
どうやら拒否権は無いようだ。
心のなかでバロンを憐れむジェイクであった。
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パカッパカッパカッ。
「もう姉さまが帰ってきたのでしょうか。
随分早いような気もしますが」
バロンが窓際で妹をあやしていると、
「バロン、安心なさい。
助っ人が参上したわよっ!」
聞き馴染みのある声がする。
流石に気のせいかと思って無視を決め込もうとするが、
「あら、聞こえていないのかしら。
バロンったら」
窓際によってくるミリアン。
どうやら幻覚まで見える様になったらしい。
うーん、と唸っていたが、後ろから申し訳無さそうに近づいてくるジェイクを見て、これは現実だと諦めた。
「おねえちゃん、キラキラでかわいい髪の毛!」
「えへへ、そうかしら」
「おれもさわりたーい」
ミリアンが登場したときはどうなることかと思ったが、
意外にも子どもとの相性は良さそうだ。
妹や弟、それにミリアンが戯れる様子を見て安心した護衛二人であった。
「それではこれからもバロンをよろしくね、ミリアンちゃん」
春になったとはいえ、あまり遅い時間になるとポニーが走れなくなってしまう。
バロンの姉のリターシャが帰り、遅めの昼食を終えた一同は解散することになった。
薬を飲み、バロンの母の容態は回復しているそうだ。
「もちろんよ!
また妹ちゃんたちと遊びたいわ」
満面の笑顔で答えるミリアン。
「今度来るときはポニーにもさわらせてあげるわね」
白い仔馬に興味津々の子どもたちにに声をかけ、バロン家を後にするのだった。
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「完璧な作戦だったわ。
これでバロンの家族とも仲良くなれたし、順調に外堀を埋められているわね!」
彼女が練っていた計画とは、バロンの家族と親交を深めることだったようだ。
兄弟と仲良くしておけば、バロンとの交際がうまくいくかもとでも考えているのだろう。
そもそもバロンとの恋など1mmも始まっていないのに、せっかちである。
満足げなミリアンだが、
「楽しそうで何よりですが、また変なことを考えているのでしょうか。
勝手に屋敷を抜け出す姫さまには、屋敷でお説教です」
ミリアンの真横を馬で駆けていたバロンに釘をさされてしまう。
「うう……」
そんなことを言っていられるのも今だけだぞと胸の内で思うミリアン。
しかし正直な彼女は、顔に余裕そうな色がにじみ出てしまっている。
それを見逃すバロンではない。
今日のお説教は長丁場になりそうだった。