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試し書きのメッセージリレー

作者: はやはや
掲載日:2024/11/20

 私がこの文房具店でアルバイトを始めて、もうすぐ一ヶ月。本店は県内で高級住宅街がある隣のA市にある。唯一の支店が私が働くこの店だ。この店がある街もK市の中では一番高級住宅街が多い落ち着いた街だ。


 大手企業が個性的で可愛げのある文房具を取り扱う中、個人経営でしかも二店舗しかないこの万里堂まんりどうがやっていけるのは、いい商品を扱っているからだろう。

 品揃えも豊富だし、社長(四十代男性)が仕入れてくる品物は、センスがいい。値段は高めだけれど、その分の価値がある品物ばかりだ。そういったラインナップが、消費者の懐具合と一致しているからうまくいくのだろう。


 そんな品物に囲まれて仕事をするのは好きだ。といっても私は仕事ができる方でなく、お客様の問い合わせにしどろもどろになるし、ボールペンに関する知識が覚えられなくて、カタログと首っぴきになり、ひぃひぃ言っている。

 でも、一緒に働いている女子大生やアルバイト歴十年以上のベテラン主婦の方々は温かい人たちばかりで、私が困っていると助けてくれる。本当にありがたい。だから、店内の清掃、商品の陳列、補充、在庫管理でお返しができるように頑張っている。


 とはいえ苦手な業務にも慣れていきたいので、私は一日に数回、お客様が途切れた時間を見計らってペン売り場に行く。そこにはボールペンだけでなく鉛筆、マーカー、いろんな筆記具が並んでいる。その棚の下には試し書き用のメモ。


 そこにはたくさんの色や太さの違うペンで、いろんなことが書かれている。幼い子どものなぐりがきのようなものや、やたらプロっぽいイラスト。それから

「あ」「ま」といった単独の文字。

「か、き、く、け、こ」といった五十音。

「〇〇大好き!」といった告白文。

「数Iの授業ダルい」といった愚痴。


 品物を整えたり、品番を確認したりしながらついつい見てしまう。この間は、

「塾遅刻ヤバい!」という試し書きに「←試し書きしてる場合じゃないよ!」とツッコミが入れられていて、くすっと笑ってしまった。

 誰かが書いた「あ、い、う、え、お」の下に、「か、き、く、け、こ 」さらにその下に「さ、し、す、せ、そ」と五十音が続いている。どれも文字が違うから、たまたまここにきた人が、リレー形式で書いているのだろう。

「わ、い、う、え、お、ん」まで繋がって欲しいなと密かに願っている。



 ✏︎


 そんなある日、悩み相談のようなことが、書かれているのを見つけた。


〈息子のイヤイヤがハンパない。しんどー〉


 濃い青色の太めのマーカーでそう書いてあった。殴り書きではなく、どちらかというと丸みを帯びた文字。

 私には子どもがいないけれど、子育てが大変なのは見ていてわかる。ベビーカーを引いたお母さんが電車に乗っているのを見た時とか、子どもを乗せた自転車を、必死の形相で漕いでいるお母さんを見た時とか。

 この試し書きの紙は、見ず知らずの誰かしか見ないから、心のうちを吐露しやすいのかもしれない。



 翌日にペン売り場に行き試し書きメモを見ると、昨日の子育ての悩みに対して〈お疲れ様です〉〈大変だー〉〈頑張ってください! 応援しています!〉と励ましの言葉が連なっていた。

 それを見て、温かい飲み物が胃に入った時の、あのじんわりした温かみを心に感じた。



 ✏︎


 さらに数日後。新たな書き込みを見つけた。


〈こどもがイヤイヤーってなったら、スマホで動画を撮りながら『いい、イヤイヤっぷりだねぇ! サイコー!』みたいに子どもを煽ると気分が変わるらしいですよ〉


 何とも具体的なアドバイス。子どもに関わる仕事をしている人か、子育て経験のあるベテランママか。なんて想像を膨らませる。スマホを使うあたりが現代だなぁなんて思ってしまう。


 この試し書きのメモを見ていると、世の中には優しい人がいっぱいいるんだなと思う。まだまだ世の中捨てたもんじゃない!


 ほくほくしながら残り少なくなっているペンの補充をし、レジへ戻った。



 ✏︎


 そのまた数日後、陳列棚の清掃をしている時に例のメモが目に入った。手を止めそれを見る。

 先日書かれた悩みに対する励ましのコメントと具体的アドバイスに〈ありがとうございます! 涙〉と返事が書かれていた。丸い文字は前に記入されたものと一緒で、同一人物だと一目でわかった。


 悩みを書いた人は通りすがりに入っただけでなく、常連さんなのだろう。コメントやアドバイスを書いた人は常連さんかもしれないし、通りすがりに入った人かもしれない。

 静かな店内の一角で、こんなに温かいやりとりがされているなんて。ここは見ず知らずの人が繋がれる場所なんだな、なんて思う。こんな素敵なお店で働けて私は幸せだ。

読んでいただき、ありがとうございました。

文房具屋さんに行くと、ついつい試し書きを楽しんでしまう私です。

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― 新着の感想 ―
文房具での伝言板なんて、これはもうファンタジーです。文章の数珠繋ぎで心が通じる文房具店を訪れるお客さんの心に宿されているマジックで、私もメッセージが欲しいものです。 
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