突然の来訪者
「―――ディラン!!」
ばたばたとした足音と共に、扉を蹴破る勢いで母レッテが部屋に転がりこんできた。
「うわっ!!な、なんだよ、母さん!!」
「――!!」
母のあまりの剣幕に、妖精のラファもディランの背中に飛び跳ねるようにして引っ込んだ。
「ディラン!大変だわ!!お貴族様がいらしたのよ!!」
「――は?」
思いもしない言葉に、間抜けな声を返すしかないディランに、母は神妙な顔で頷き、唾をゴクリと飲み込むと、再び口を開いた。
「あんたに会いたいって、なんだかきらきらした騎士様がウチに来たの。いま下であんたのことを待ってるのよ。どうなってんだい!?」
「――はぁ。え、俺に?」
「そうよ、あんたに!」
今回の今日――言い方が変だがもう仕方ない――は、おかしなことが起こりすぎる。
また今までの繰り返しでは登場しなかった謎の人物が現れた。
何事が起きているのか、ディランこそ聞きたい。
「いや、え?誰?騎士様って何?いやいや、本当に全然心当たりないんだけど……」
「でも確かにディランの名前を出して下で待ってるんだよ……とにかく、お貴族様をお待たせできないから身支度整えてすぐ降りてきな――ああ!!あんた、腰痛めてたんだったわ……もう、なんだってこんな時に!?」
パニックに陥り頭を抱える母を見ていると、不思議とディランの方が落ち着いてきた。
騎士様が訪ねてくる心当たりは全くないが、一平民としては呼ばれているならとにかく会うしか選択肢はない。
騎士とは、平民のなる兵士とは違い、貴族階級のものしか就くことができない職業だ。
故に、階下で待っているという騎士は疑いようもなく貴族の一員であり、ディランのような平民がお召しに逆らうことはできない。
リュシーとの約束が気にかかるが、ディランを訪ねてきているという騎士がいるなら、そちらを優先するしかない。
断って首が飛ぶという事まではさすがにないだろうが、貴族の心証を損ねると何があるか分からないので恐ろしい。
「あー……なんか、ちょっと休んだら痛みがましになってきたかも。行くよ、ほら、母さん」
ディランはベッドからよっこいしょとじじくさい掛け声をかけつつ立ち上がると、妖精のラファを背中にくっつけたまま、混乱状態の母の背中を押しながら部屋を出た。
「ディ、ディラン!あんた、腰、痛くて立ち上がれなかったんじゃないの!?」
さっきまで起き上がれもしなかったはずのディランが急にすたすた歩き始めたことで、母からの驚愕の視線が突き刺さる。
「いやいや、さっきまですごい痛かった!!――んん、じゃなくてまだ痛いけど、ていうかお貴族様が来てるっていうんだから、意地でも行くしかないだろ!」
「……あんた……いいわ、もうこの際どっちでもいいけど、相手はお貴族様なんだからね。礼儀正しく、絶対に粗相するんじゃないのよ!」
「はいはい」
母の顔には全然ごまかされていないと書いてあったが、ディランの仮病よりも、ひとまず珍客への対応を優先させることで二人の考えは一致した。
母の後を追うように階段を降っていくと、ディランの庶民的な家のリビングの椅子に、この空間に全く似合わない人物が腰をかけていた。
バランス良く鍛え上げられた事が伺える体躯だが、威圧感はなく、スラリとしている。
紺色のサーコートに身を包み、うなじのあたりで銀色の髪をまとめて背中に流している。涼やかで、整った顔立ちの騎士の青年だ。
階段を降りてくるディランと母に気づくと、その騎士は、女性たちが騒ぎ出しそうな顔立ちに愛想の良い笑みを浮かべて立ち上がった。
「お、お待たせ致しました。息子を呼んで参りました……」
母が、頬を少し赤くしながらも緊張に引き攣った声で紹介するのに合わせて、ディランも初めて会う騎士に向かい合う。
騎士は笑顔を浮かべているが、その目までは笑っていないようにディランには見えた。
ディランの頭の先からつま先まで一通り確認し、何かを見定めようとしているような警戒心が瞳の奥に感じられる気がする。
ディランは、ふぅ、と息を吐いて緊張に呑まれないようにコントロールすると、床に片膝をつくと、胸元を2回叩き頭を下げた。
貴族階級など高貴な地位にある人間に対して行う正式礼である。ディランもやり方だけは知っていた。
「ええと、ディランです。お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした」
おぼつかないながらも礼を示したディランに、騎士は少し目元を緩める。
「――いいえ、大して待っておりませんよ。どうぞお立ちください」
騎士は、ディランの前までくると片足をついたディランの両肩に手を添え、立ち上がるように促した。
「あ、はい。ええと、では、お言葉に甘えて」
恐る恐る立ち上がったディランに、今度は騎士が胸元を一度叩き頭を下げる礼を返す。
略式礼と言われるもので、貴族間で行われる挨拶だが、平民にされることはほぼないものだ。
一平民に対しては考えられないような丁寧な対応にディランが面食らっていると、頭を上げた騎士は真っ直ぐにこちらを見つめて口を開いた。
「私はリカルドと申します。私の仕えるお方から申しつけられまして、急ぎこちらに参りました。貴方をお守りし、主人の住む地まで無事にお連れするようにと――お心当たりはございますか?」
「――え?いや、あの……すみません。え、全く心当たりが……その、ええと……」
「ディラン、あんたいったい……」
思いもよらない言葉に動揺するディランと母レッテに対し、騎士リカルドはにこやかに微笑んだ。
「私の主は、バッヘル公爵家ご息女リュシアンナ様です」
「リュシアンナ、様………え?」
その名の響きと、バッヘル公爵家、という言葉に、ディランの頭の中でようやく事態が繋がっていく。
「え………まさか、リュシー……?」




