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妖精の名

「何とか誤魔化せた……」


寝台に座り込むディランの視界に、妖精の光が入り込んできた。


ディランが思い切り打ちつけた腰の周りをぐるぐる周り、顔の横に飛んでくる。


そわそわとしている様子が伝わってきて、ディランは苦笑した。


「おまえ、急に飛んできたらびっくりするじゃん。まあ、それで母さんを誤魔化せたから良かったけど」


「―――」


妖精は、申し訳なさそうにディランの顔の周りをふわふわと飛んでいる。


ぶつけた腰は痛いし、ディランの外聞は死んだが、結果よしとしよう。


その後、母が朝食を持ってきてくれたが、そのあいだ妖精にはベッドの下に隠れてもらった。


母には妖精眼はないから見えないと思うのだが、万が一何かあっても怖いゆえの安全策だ。


パンとゆで卵に野菜のスープ。

これがディランの家のいつもの朝ごはんだ。


妖精が興味深そうに食べ物の周りを飛び回るのを見つつ、ディランは聞きたかったことを問いかけた。


「あー……えっと、改めて確認したいんだけど、おまえは妖精?であってる?」


「―――」


一回の点滅。という事はイエスだ。

リュシーの言う通り、この光の玉は妖精で間違いないようだ。


「リュシーと繋げてくれたのも、おまえなのか?」


「―――」


やっぱりそうらしい。


「えっと、なんでリュシーのところに繋いだんだ?って聞いても答えられないよな……」


今の所、この妖精とはイエスかノーでの質問のやり取りとしかできない。


考えてみれば、この妖精が手鏡に飛び込んでリュシーと繋げたのは、話せない自分の代わりに誰かに代弁して欲しかったんだろうか。


最初のやりとりで、繰り返しの最初からずっと会っていると、この妖精は伝えてきた。


この光の正体も知らずにいたディランに、リュシーは、光の玉が妖精であることを教えてくれ、しかもこの繰り返しも妖精によるもので、ディランを守ろうとしてのものではないかと推論をたててくれた上に、何故かディランの事を知っていて、これから助けになってくれることになった。


ただ、リュシーは突然の事に驚いていたので、この妖精とリュシーの繋がりはあったのかどうか、そこは良くわからない。


「――えーっと、その、ありがとうな。リュシーから聞いた。お前がすごい強い力を持った妖精だって。それで、その力で俺を守ってくれてるって」


「――!」


妖精は、一回光るとディランの顔の近くをふわふわと楽しそうに飛び回った。


ようやく気づいてくれた、という気持ちなのだろうか。


「今まで気づかなくてごめんな。そうだ、お前――あーと、いつまでもお前っていうのもな……」


なんと呼んだものか。

影ながらディランのことを守ってくれていた命の恩人に、おまえ、と呼びかけるのは忍びない。


妖精、というのは種族名だろうから、人間、と呼びかけているのと同じになってしまうような気がする。


いや、そもそも妖精に名前という概念があるのかディランは知らないのだが。


「どうするか……名前とかあるのか?いや、あっても答えられないよな……」


「―――!」


「――え、なんだ?」


妖精はディランが何に悩んでいるのかわかったようで、ディランの目線を引くように、部屋に飾られたタペストリーに向かって飛んでいく。


妖精が指し示していたのは、草木が美しく刺繍された母の手製のタペストリーの中のひとつ、小さな果実だった。


「あ、ラファの実か……じゃあ、ラファ、でいいのか?」


「――!」


妖精――ラファは、嬉しそうに一度光ると、ディランの肩の上に飛んできた。


重さも何も感じないが、どことなく喜んでいるような感覚が伝わってきて、ディランもラファに笑いかけた。


「なあ、ラファ。一つ聞きたいんだけど、この手鏡でリュシーとまた話すことはできるのか?」


「――!」


ラファが一度光る。


「あ、できるんだな。良かった。リュシーがいま、妖精に詳しい人に相談してくれてるんだ。俺はその連絡待ちなんだけど……その時はまたラファが繋げてくれるか?」


「――!」


「よかった。また頼むな」


急に手鏡から飛び出してきてしまったので、ひょっとしてリュシーとはもう話せないのかと心配したが、それは大丈夫なようだ。


とすると、ディランに今出来ることは特に無さそうだ。


「とりあえず食べるか……」


寝起きから怒涛のイベントで緊張尽くしだったが、ようやく空腹を感じてきたディランは、母の用意してくれた朝食をもそもそと口に運んだ。


食べ終わり、ラファと指先で戯れながら遊んでいると、玄関の外ベルが鳴る音が聞こえた。


――誰か訪ねてきたのだろうか。


おそらく、近所の人がお裾分けか何かを届けにきたのだろう。よくあることだ。母が対応してくれるはず。


ベッドでごろごろしながらこの後の事を考えていたディランには知る由も無かったことだが、この時階下では、ディランの母が、見るからに高貴なお客様を迎えることになり、失神しそうになっていたのだった。

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