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取り替えられた子

リュシアンナ・ブライトン・バッヘルは、公爵家の一人娘として、大切に育てられてきた。


綺麗に整えられた口髭が密かな自慢の、熊のように立派な体躯のバッヘル公爵と、年齢を重ねた今は少しぽっちゃりしているものの、若かりし頃の面影を残し、自然と周りの人間に愛されるあたたかな魅力のある笑みを浮かべる公爵夫人の間に生まれた。


父からは、夜空のような深みのある紺の瞳。

母からは、紅茶のようなあたたかみのある茶色い髪。


それぞれの証を受け継いだリュシーは、公爵夫妻に可愛がられ、愛されて育ったたった一人の跡取り娘だ。


ゆくゆくは、立派な婿を迎えて、公爵領を背負って立つことになるだろう。






―――ということになっている。


 




けれども実際は、リュシーは二人の間に生まれた娘ではない。


リュシーは、妖精女王の実の娘だった。


けれども、とある事情から、人間の子と取り替えられて、公爵家の一人娘として生きることになった。


リュシーがその事実を知ったのは、わずか5歳のころ。


物心がつき、ある程度会話ができるようになった小さな子供に、バッヘル公爵夫妻は、真実を伝えた。


貴方は実の娘ではなく、本当は妖精女王の娘だったのだと告げなければならなかったのには、やむを得ない事情がある。


妖精女王の娘であるリュシーには、物心つく前から当たり前のように妖精が見え、意思疎通もできた。


純真な存在である妖精は、隠し事ができない。


リュシーの出自は、妖精たちによって遅かれ早かれ本人に伝えられるだろう。


その時に彼女が受けるショックを思えば、それよりも早く事情を伝えておくしかない。


そう判断した公爵夫妻から、リュシーが5つになる頃に、真実を告げられた。




真実は、少し複雑だ。


長きに渡り妖精を束ね、世界樹を守ってきた妖精女王。

とはいえ、その力は無限のものではない。


女王の力は長い年月で少しずつ衰えきており、そろそろ代替わりの時期が近づいていると、妖精女王は勿論、妖精たちも気がつき始めた。


妖精女王の腹に一つの命が宿ったとき、全ての妖精たちは、妖精を束ねる次代となるであろう腹の子を祝福した。


そうして生まれた珠のように可愛らしいその赤子は、女王の金の髪と瞳を受け継いだ女の子だった。




―――だが、その子には、本来あるべき次代の王たる力が受け継がれていなかった。




時を同じくして、ある子供がこの世界に誕生した。


地方都市エリスに住む家具職人の父と刺繍師の母のもとに生まれた元気な男の子。




―――その子こそは、次代の妖精王たる力を持った男の子だった。




何の因果か、産まれる先を取り違えてしまったかのような二人の子供。


妖精女王や妖精たちに、女王の子への愛情が無かったわけでは全くない。


むしろ、王たる力がなくとも、その生を寿がれ、愛おしいと祝福されていた。


けれども世界は、妖精女王の代替わりに備えなければならない。


どうしたものか。

生まれた子供を、人間の両親が気づかないうちに取り替えてしまうしかない。


妖精たちはそう考えたが、単純にそうすることができない事情があった。




―――それは、生まれた子供の性別が違ったことだ。




妖精の力を待ってすれば、髪の色や目の色は、取り替える際に気が付かれないように変えてしまうことができる。


けれども、性別までは変えられない。


これでは、気づかれずに取り替えることはできない。


かといって、妖精眼を持たない人間に事情を説明することもできないし、説明できたとしても拒否されたらどうする。


拒否されたとしても、妖精女王の代替わり後、妖精王となれるのは、その子供しかないのだ。


その子が王にならなければ、世界樹を守ることができない。


ひいては、世界の存続にも関わってくる。


どうするべきか。

困り果てた妖精たちは、ある人間に頼った。



高位の妖精眼を待つバッヘル公爵は、当時世界で唯一、妖精の声を聞くことができる人間だった。


そして公爵の元には、これも何というか因果だったのか。


生まれたばかりの子供がいた。


元気いっぱいに泣き喚き、母に甘える男の赤子が。


妖精たちの相談を受けた公爵は、苦悩の末に、世界のために一つの決断を下した。








妖精女王の娘の代わりに、自分の息子を、地方都市エリスに住む人間の夫婦へ。




妖精王となるべき息子を、妖精女王の元へ。




そして女王の娘を、自分の娘として。






―――こうして3人の子供は、取り替えられた。






リュシーは、その事実を知った時、ただただ涙が溢れて止まらなかった。


大好きな両親から生まれてきた訳ではなかったことが悲しかったし、実の母である妖精女王に必要とされたのは自分ではなかったことが虚しかった。


自分が世界で一番不幸な気がして塞ぎ込んでいたが、ある時にふと気がついた。





―――本当に可哀想なのは、何の関係もなかったのに、実の両親から手放され、別の親の元に送られた子供だったのではないかと。





自分がもし男として生まれていれば、そこに行くのは自分のはずだった。


けれどもリュシーが女として生まれたがために、何の関係もない公爵の本当の息子が、地方都市で暮らす職人夫婦のもとに送られた。


そして、この取り替えの事実は、その子には知る由もない。




実の両親の愛も、高位の妖精眼を持ち、領民からも国王からも信頼され名声轟くバッヘル公爵の跡取りとしての地位も、リュシーは、その子供から全てを奪ってしまった。




けれども、奪ったものを、返すことはできない。





―――そうであるならば。

私はその子のためにも、誰よりもバッヘル公爵家に相応しい子供でいなければならない。





自分と妖精女王の事情に巻き込んでしまった少年への罪滅ぼしのため、リュシーは必死になった。


引きこもりがちだった部屋から出て、必死で笑顔を作り、気が向けばサボっていた跡取り娘としての勉学にも真剣に取り組みはじめた。


公爵夫妻は、実の娘ではなくても、溢れるほどの愛情を注いで育ててくれたし、頑張りすぎるリュシーをとても心配して、そんな事をする必要はないと何度も止めてくれた。


リュシーから、作り笑いではなく自然な笑顔を引き出そうと、あれこれと試す不器用な公爵と、ずっとそばに寄り添って抱きしめてくれる公爵夫人。


夫妻は、心からリュシーを慈しんで愛してくれていた。

そしてリュシーも、次第に二人の愛を心の底から信じられるようになり、一度は生じた蟠りの心も消えた。


血の繋がりはなくとも、私は二人の娘。


そう思うと一層、二人への恩返しのためにも、本来ここにいるべきだった息子の代わりに、自分ができる精一杯を返したいという思いは強まった。


そうして、勤勉で、快活で、可憐で、誰からも好かれるバッヘル公爵家の一人娘、リュシーは、今の姿となった。


本来ならばこの場所に立つべき跡取り息子は、職人夫婦によりディランと名付けられたと、聞いていた。


幼い頃に真実を告げられたその日から、リュシーは、その名を忘れた事は、一日も無かった。

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