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妖精眼

鏡の奥に現れた可憐な少女は、驚いたような顔でこちらを見ていた。


ディランも口をぽかんと開けたまま、言葉が出てこない。


何か声をかけなければ。

焦るディランに、少女が鈴を転がしたような涼やかな声で話しかけてきた。


「―――こんにちは。私の声、聞こえますか?」


「き、こえ、る……聞こえます、けど………いったいこれは……」


鏡越しに突然現れた美少女と対話するという未知の現象に、ディランは驚くばかりで、しどろもどろとした返事しか返せない。


少女は、初めこそ驚いた顔をしていたものの、今はその金の瞳に好奇心を宿して、こちらを見ている。


「私も驚きましたけれど……おそらく妖精の仕業でしょう。私は妖精眼があるので、時々こうした不思議な事が起こります。貴方も、妖精眼をお持ちですか?」


妖精眼とは、その名の通り妖精を見ることができる眼のことだ。


妖精は、無垢で純真な心を持ち、時に人を守り、慈しみ、からかい、場合によっては脅かしたりもする存在である。


そんな妖精たちの重要な使命は、世界樹を守ること。


世界を作った神々が、手ずから植えた原初の木である世界樹は、全ての命の源であり、妖精女王の守る聖域で、妖精に守られていると語り継がれてきた。


世界樹を守る妖精を敬い、助けること。


ディランの住む国では、小さな子供の頃から童話や母の寝物語でよく聞かされていることだ。


そんな妖精と人を繋ぐ橋渡し役となるのが、ごく一握りの妖精眼の持ち主だ。


ひとたび妖精眼の持ち主と判明すれば、非常に尊ばれ、貴人として国に保護され、大切に扱われる。


一般庶民のディランは今まで妖精眼の持ち主に会ったことはないし、もちろんディラン本人も、物心ついた頃から妖精を見たことは一度もなかった。


「俺は、妖精眼は持ってない、はず……小さい頃から一度も妖精なんて見たことがない、です」


ディランの言葉に、少女は目を瞬くと、首を傾げた。


「お持ちではないのですか?」


「は、はい」


「――ですが、離れた場所にある鏡と鏡を繋ぐなんて、人間にはできないことです。妖精の仕業だと思いますわ。それに妖精眼のない人間に、妖精がこんな風に構うとはあまり考えづらいのですけれど……」


口元に手を当て考え込むその姿は精巧な人形のように美しい少女だが、仕草にはどこか愛嬌があり、自然と心が惹きつけられるような、不思議な親近感をディランは感じた。


さて、妖精は見たことがないディランだが、この現象の心当たりは一つしかない。


「妖精かは分からないけど、ついさっきまで俺のそばに小さな光の玉がいて……それが鏡に飛び込んで、光ったと思ったら君が現れた、いや、現れたんです」


「――あら、ふふ。どうか気楽に喋ってくださいな。私の喋り方は元々こうなので気になさらないで」


「え、あ、ありがとう…」


「それにしても光の玉、ですか。私の妖精眼は能力としては高位なので、妖精の姿がはっきりと見え、意思疎通も出来るのです。おそらく貴方には、低位の妖精眼がお有りなのではないでしょうか?その光の玉は、妖精だったと考えるのが自然でしょう」


――低位の妖精眼をディランが持っている?


信じられない話だが、すでに死に戻るという不思議な現象を何度も繰り返しているディランだ。


何が起こってもおかしくない気もする。


とはいえ、あまりにイレギュラーな事態が続くことに目眩を感じる。


「その……何だか急に妖精とか……その、他にも変な現象が起こったりしてて。――初めての事ばかりで混乱してるんだけど、その、君は……」


ディランの問いに、美しく波打つ金髪の少女はにこやかに微笑んだ。


「――あら、申し遅れました。私の事はリュシーとお呼びください。王都郊外のバッヘル領で生まれ育ちましたわ。よければ、貴方の事も教えてくださいますか?」


問われてふと、自分が自己紹介もせずにいたことに気づいたディランは額に手を当てた。


「あ、あぁ。ごめん、俺、失礼で……ええっと、俺は、ディラン。大工見習いで、今15歳。えーと、その、そんなに有名な街じゃないから知ってるか分からないんだけど、エリスってとこに住んでる」


エリスは、王都までは馬車で1週間ほどかかる場所にある都市だ。


特に目玉となる産業はないものの、王都へ通う商人たちの中継拠点の一つとして、それなりの人口を抱えている。


「―――」


「あの、ええと、リュシー、様?は、きっと凄く良いところのお嬢様だよね?」


「私のことは、どうか、リュシーと。――あの、それよりも、ディラン様は、エリスにお住まいとおっしゃいましたよね?」


リュシーは、躊躇いつつもそう問いかけてきた。


「え、うん、はい……」


「―――その、ご両親と暮らしていらっしゃるの?」


「は、はあ。えーと、そうですね。俺は兄弟とかいないので、父と母と3人暮らしです。」


ディランの父は家具職人として都市で一番大きな工房で働いており、母は刺繍工房に所属している刺繍師だ。


「―――そう、ですか。その、初対面の方に不躾な質問で申し訳ないのですが、ご両親のお名前を伺っても?」


「え?かまわないけど……父がゴードン、母はレッテ」


強面で、いつもしかめ面の職人気質な父ゴードンと、女性の園の刺繍工房で毎日おしゃべりと刺繍に励む口うるさい母レッテである。


「地方都市エリスにお住まいのゴードン様とレッテ様のご子息のディラン様……」


リュシーは呟くと、深刻な顔で黙り込んでしまった。


「あ、あの、何か……まさか、俺の両親と知り合い、とか?いや、でもただの庶民のうちが、ええと、リュシー、のような高貴な人と関わることなんて、その、無いと思うけど……」


ディランがあたふたしていると、リュシーは静かに顔をあげ、何かを決意したような表情でこちらを見返してきた。


「―――いいえ、ディラン様。お会いしたことはありませんが、私はずっと昔から、あなたに、あなたのご家族に、お会いしたいと思っておりましたわ」

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