光の玉
「え………心臓病で死んだ……?俺、病死したのか……」
もはや、どうしたら今日を生き抜けるのか、全く分からない。
辻馬車や通り魔、子供、木材などは避けられる。
出勤時間をずらしたり、仕事場所で注意を払うなどの対策も取れる。
だが、病死は?
自分の体が原因だとすると、避けようのない死に思える。
死を避けられないのなら、自分は何で今日を繰り返しているのか。
この繰り返しには、終わりがあるのだろうか。
死への恐怖と繰り返す未知の現象への恐れが襲いかかってきて、頭がおかしくなりそうだ。
ベッドの上で瞬きも忘れて頭を抱え込むディランの視界の端に、その時チラッと光が見えた。
「――――え」
その小さな光の玉は、ディランの周りを心配そうにひゅんひゅんと飛び回っていた。
思わずディランが目で追っていると、正体不明の小さな光の玉は、急に空中で動きを止めた。
そして、恐る恐るといった風に近づいてきて、ディランの目の前にくると、チカチカと点滅した。
「――――え、なん、だ……なに?」
「―――!」
「うわっ、眩しい!!」
「――――――!!」
自分の存在を主張せんと、強烈に輝く光の玉に、ディランは恐れ慄いた。
ついに、自分はおかしくなってしまったのだろうか。
「な、なんだよ!なんなんだ!!」
ディランは、迫り来る謎の光の玉から少しでも距離を取ろうと後退りした。
が、光の玉は離れまいとしてついてくる。
狭い部屋の中で、ぐるぐると追いかけっこが始まった。
「なんで追いかけてくるんだ!」
「――――!!」
「お前、なんなんだ!?俺がこんな事になってるのは、お前の仕業か!?」
「――――!!―――――!!」
「うわっ、追いかけてくるなよ!く、来るなって!!」
ディランが部屋のドアノブに手を伸ばした瞬間、光の玉が目の前に飛び出してきて、強烈に発光した。
「――――うわっ!!」
前が見えなくなるほどの閃光に目を覆ったその瞬間、ディランの眼裏に不思議な映像が飛び込んでくる。
神々しく光輝く金色の髪と瞳を持つ女性が、澄み切った泉の真ん中で、小さな赤子を抱き抱えて頬擦りしている。
美しく、麗しく、優雅で、艶やかで、神々が綻びなく作り上げたような、完成された美貌の女性だ。
その腕に抱かれる小さな赤子もとても可愛らしかった。
艶々と光を反射する美しいシルクの織物に大切にくるまれている。
赤子は、ふっくらした頬をピンク色に染めて、穏やかな表情で眠っている。
女性は、赤子を長い時間抱きしめていた。
愛おしい。守りたい。
生まれてくれて嬉しい。
私が幸せにしてあげたい。
ディランには、女性が赤子に対して抱く大きな愛が、不思議と伝わってきた。
が、その女神のように美しい女性は、しばらくすると意を決したように、赤子を抱える手を離した。
「―――危ない!!」
ディランは思わず叫んだ。
泉の水面に向かっておくるみに包まれた赤子が落下していく。
赤子は起きる様子も、泣く様子もない。
落ちる!とディランが恐れた瞬間、不思議な現象が起こった。
赤子は、水面に触れた瞬間、水飛沫をあげる事もなく、そのまますっと水面に吸い込まれるようにして姿を消した。
そして入れ替わりのように、水面の底から別のものが現れた。
それは、庶民が使うような質素な布のおくるみだった。
そして、先ほど水面に吸い込まれるように消えた赤子とは別の赤子が包まれていた。
赤子は、大きな声で泣いている。
茶色の髪に紺の瞳の、先ほどの赤子よりは一回りほど大きな元気いっぱいの赤子だ。
女性は、新たに現れたその赤子をそっと抱き上げると、額にキスをした。
その瞬間、赤子が光り輝き、茶色だった髪も眉もまつ毛も、瞳まで、全てが金色に染まってゆく。
女性と同じ輝くばかりの金色の髪と瞳を宿した赤子は、ふと泣くのをやめて女性の顔をじっと見つめると、花が開いたように笑った。
女性も、赤子に優しげに笑いかける。
―――その瞬間、ディランは現実に戻ってきた。
「―――は?今のは……なんだ……白昼夢か?」
「――――!――――!!」
「うわっ、またお前!まぶしすぎるだろ!!」
再び強烈に発光した光の玉にディランは文句をぶつける。
しかし、さきほどの不思議な映像は、ひょっとしてこの光の玉が見せたのだろうか。
「あの……今さ、えーっと、何か変な映像が見えたんだけど………お前が何かしたのか?」
「――――!!」
光の玉は、質問に答えるようにチカチカと点滅した。この光の玉には、どうも言葉が通じるらしい。
「じゃあ、さっきの映像はなんなんだ?」
「――――!!」
「俺が毎日死んでは戻って繰り返してるのと、さっきの映像は何か関係があるのか?」
「――――!!―――!!」
「あー……何かを伝えようとしてるんだろうけど、分かんないな……」
ちかちかと発光する光の玉と、何とか意思疎通をはかることが出来れば、この現象の糸口になるのではないだろうか。
そう思ったディランが話しかけてみたものの、光の玉はふたたび映像を見せてくれることはなかった。
困った……どうすればいいんだ、これ。
ディランは、頭を抱えるしかなかった。




