公爵家の宝
「え、そ、え!?いやいやいや、そんな凄いもの、何で俺に!?」
公爵家の宝がディランの首元にぶら下がっていると思うと、心から肝が冷える。
何かあろうものなら、ディランに贖うことは到底できないだろう。
「通常ならば考えられないことです。ですが、貴方の身を守るためには必要だ、とのことでした。私はそれ以上詳しいことは聞かされておりません。何せ、貴方のもとにすぐ向かうように命じられ、時間がありませんでしたので」
「お、俺の身を守るため……」
「…………私にも、一介の平民である貴方を、お嬢様がどうしてそこまで心を砕いて助けようとするのかは分かりません。ですから、貴方がお嬢様の思いに足りるような人物である事を期待しております」
リカルドの切れ長の目が、ディランを観察するように向けられた。最初に出会った時から、リカルドは見極めようとしていたのだ。
ディランが自分の主人が心を砕くに値するだけの価値がある人間なのか、と。
今の所、ディランはその期待に応えられているとは思えない。というか、これから先もその期待に応えられる気はしないのだが。
とはいえ、彼はリュシーに命じられるままに、急いでディランの元に来てくれて、今もその命令を守り、バッヘル領まで送ろうとしてくれている。
であればディランは、自分に何が起こっているのか、どうしてリュシーと出会うことになったのかを、分からないことが多いなりにも、彼に説明しておくべきだろう。
信じてもらえるかどうかは別として、きちんと彼に事情を話すべきだ。
「その、もし良ければ、少し、俺の事情を説明させて欲しいんですけど………」
ディランが様子を伺うようにすると、リカルドは自分の横の空いているスペースを指差した。
「話しづらいので、隣に座っていただけますか?少し狭い上に、乗り心地は悪いですが」
「あ、いえ、全然大丈夫です!ありがとうございます!」
リカルドが馬車を止めてくれたので、ディランは急いで御者席の空いているスペース、リカルドの隣に移動した。
再び走り始めた馬車の揺れを感じながらディランは緊張で唇を舐めた。
自分に起こっている不思議な現象について話すのは、リュシーに続いて二人目となるが、現実離れした話なので信じてもらえるかどうか。
意を決して、ディランは口を開いた。
「ええと、俺は……実はもう6回死んでるんです」
「………は?」
リカルドがお前は正気なのかというような驚愕の顔を向けてきた。さもありなん。
ディランだって、他人からこんな話を聞いたら頭の心配をすると思う。
焦るあまりに額に出てきた汗を袖で拭いながら、ディランは必死に弁解した。
「あああ、すみません。自分でも凄く胡散臭い話だと思います!信じられないですよね!でもとりあえず、最後まで聞いて頂けないかと……」
「はぁ………」
しどろもどろの様子に胡乱な視線とため息はもらったものの、話を切り捨てられなかった事にほっとして、ディランは説明を続けた。
「その、俺は今日死んでその日の朝に戻る、っていうのを繰り返しているんです。今までに6回死んでいて、今日を迎えるのは、俺の記憶では7回目です。しかも毎回、違う原因で死んでます。襲われたり、転んだり、1番最近はたぶん病死でしたし、とにかく何らかの原因で死んでしまって、気がつくと朝に戻っている、そういう現象が起こってるんです」
「………」
眉間に皺を寄せるリカルドは無言だ。
馬のパカパカという蹄の音だけが響く中、ディランが置き所のなくなった身を小さくしていると、リカルドが、静かな声で、話の続きを、と口にした。
「あ、はい!えーと……それで、リュシアンナ様と出会ったのは、7回目の今回が初めてです」
「今までの繰り返しでは、お嬢様に出会われたことはなかったと、そういうことですか?」
「あ、はい……というか、妖精が見えたのが今回が初めてで、その妖精がリュシアンナ様と俺を繋いでくれたみたいなんです。あの、ラファっていう妖精なんですけど……今も俺の背中にくっついてます」
出てこないかな、とマントの隙間から背中側を覗いてみたが、出てくる気配はなかった。
諦めて、ディランは話を続けた。
「ええと、何でか分からないけど隠れちゃって、さっきからその妖精は出てこないんですけど……とにかく俺の持ってた手鏡とリュシアンナ様の部屋の鏡をその妖精――ラファが、繋げて話せるようにしてくれて。それで、俺は今までただの平民で、妖精眼もなくて、何も知らなかったので、リュシアンナ様が、ラファが妖精なんだって教えてくれて、俺が死んでその日の朝に戻るって現象は、妖精が俺を守ろうとして起こしているんじゃないか、って教えてくれました」
「………俄には信じられませんが……死んで朝に戻る、つまり、今日を何度も繰り返しているということですか?」
「はい、そうです。俺にとって、今日は七回目の今日なんです」
変な言い方だが、そう言うしかない。
ディランの話を咀嚼するように、リカルドは少しの時間考えていたが、ふっと眉間の皺をといた。
「……もしも、あなたの言っている事が全て真実で、その現象が妖精によるものだとすれば、お嬢様のお考えも分かるかもしれません」
「え……」
ディランを見る目に初めからずっと微かにあった警戒感のようなものが、リカルドの目から無くなったように見える。
「あなたの死に戻る、という現象が妖精の守護の力によるものだとすると、その妖精が極めて強い力を持っているというのは確実でしょう。そのような高位の妖精が貴方を守り、妖精の森を守る公爵家のお嬢様の元に縁を繋げてきたのだとしたら、妖精の盟友たるバッヘル公爵家としては、貴方を守らない訳にはいきません」
「は、はい……」
「ですが分からないのは、あなたが何故死ぬのか、ということです。先ほどの話からすると、あなたは違う原因で既に6回も亡くなっているのですよね?」
「ええと、はい」
「――辛い経験を思い出させてしまい申し訳ありませんが、貴方の死んだ時の状況を教えてもらえますか?貴方を守って、バッヘル領まで連れて行くのが私の仕事なので、どんな危険が起こりうるのかを知りたいのです」
「わ、わかりました」
ディランは改めて過去の死を振り返る。
1回目は、職場に向かう途中で、辻馬車に跳ねられた。
2回目は、職場に向かう途中で、刃物を振り回す中年男に刺されてしまった。
3回目は、職場に向かう途中で、飛び出してきた子供を避けようとしてすっ転んで頭をぶつけた。
4回目は、職場について働いていたら、落下してきた木材の下敷きになってしまった。
5回目は、仕事の現場に向かい、住宅の屋根の施工をしようと足場を歩いていた所、足場の底が急に抜けて、落ちてしまった。
6回目は、職場で急に心臓が痛くなり、倒れてしまった。
形を変えて襲い来る死には、何か不可視の力が働いているのではないか、とリュシアンナは言っていた。
ディランの説明を聞き、リカルドは顎に手を当てると考え込んだ。
「……男に刺された以外は、不運な出来事での死、と言えるかもしれませんが、そこまで不運が続くというのも……余り考え難いですね。それに、直近のものは病、ということでしょうか?」
「え、ええと、多分。急に心臓がぎゅっとなって、倒れてしまったので………その、毎回死なないように、前回の死の原因を避けても、違う形で死んでしまって。いよいよ病死までしちゃったので、もう何をしても死ぬのは避けられないんじゃないかって呆然としていたところで、今回の7回目です」
自分で話しつつ、ディランは自分に何度も降りかかる死の運命に暗い気持ちになった。
「今回は、戻ってすぐに光る玉が見えるようになって……あの、リュシアンナ様と話して、初めてそれが妖精だってことを知ったんです。それでその、今までなかった事態だから、ひょっとしたらリュシアンナ様に相談したら何か分かるんじゃないかと思って、今までの話を全部彼女に聞いてもらったんです。そうしたら、力になりたいって言ってくれて……リカルドさんをこうして迎えに送ってくれたんだと思います」
「そういう事でしたか………」
「あの、信じて頂けますか……?」
ディランの恐る恐るの問いに、リカルドが返事をしかけたその瞬間だった。
ハッと何かに気が付いたかのように、リカルドは後方を振り返った。
「え、あの……」
「――話は後で。車体にしっかり捕まって下さい」
「え……?」
「――何者かに後をつけられています。賊でしょうかね。狙いは馬車の荷か、あるいは我々の命か」
突然の言葉に、ディランは息を呑んだ。
「こんな平和な街道に白昼堂々賊がでるとは信じがたいですが……商隊にしては荒々しい気配です。楽観しない方が良いでしょう。飛ばしますよ」
「は、はい…!」
先ほどまでの、自分の話を信じてもらえるかどうかという緊張とは全く別の、命に対する戦慄がディランの背中を走り抜けた。




