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家族

「公爵家にこんな風に気にかけてもらえるなんて、普通なら考えられない幸運だわ。――心配だけど……妖精眼のことなんて母さんたちには全然分からないし……あんたの決めたことを応援する」


「母さん……」


「公爵家の方々にご迷惑をおかけしないように身を慎むのよ。いい?」


「あぁ……ありがとう、母さん」


母は、口では色々言うが、最終的にはディランの考えを尊重してくれる。


父と同じ家具職人の道を選ばすに大工見習いになった時も、父は反対したが、母は応援してくれた。


「それで、リカルド様。出立はいつになりますか?この子の父親にも事情を伝えたいのですけれど……」


父のゴードンは、朝早くに家を出て、家具工房で働いている。そして普段通りなら、日の暮れる頃までは帰ってこない。人気の家具職人として忙しく働いているのだ。


母の問いに、リカルドは軽く首をひねると顎に手をあてて軽く算段しているようだった。


「そうですね……ここからバッヘル領までは、馬か馬車で移動しようと思っているので、その準備と旅支度ができ次第出発したいですね。ディラン殿、馬には乗れますか?」


「え、すみません……俺、乗ったことがなくて…」


エリスから出ることもなかったディランには、乗馬の経験はない。


「では、馬車ですね。――馬車と食料などの手配をするのに少し時間がかかりますので、昼の刻前に出発としましょう。そうすれば今日中に次の目的地の街につけると思います」


昼の刻前となると、あと一刻ほどだ。

あまり時間の余裕はない。


「あの……リカルド様、そんなに急ぐのはどうして……」


問いかける母に、リカルドはチラリとディランに目をやった。


「――そうですね……お嬢様から急ぎお連れするように言われております。ディラン殿の安全のためにも早い方が良い、と」


リカルドはリュシーからどこまで聞いているのだろうか。


ディランは今日死んで、今日の朝に戻ること7回目。リュシーによりわかったことだが、妖精ラファの守護で、死を免れんと今日を繰り返している。


リュシーは家にいれば安全だから家で待っていてほしい。解決策を父親に相談すると言っていた。


ひょっとすると何か分かった事があったのだろうか。


今のところ6回とも家の外で死んでいるのだが、ディランを連れ出しても、騎士リカルドが守ってくれるから大丈夫ということなのだろうか。


急ぐ理由はわからないが、リュシーがディランのために決めたことに意味がないとは思えなかった。


「えっと……母さん、俺が妖精見えるようになったのも今朝急にだったし、その上突然公爵家の鏡に繋がっちゃったりしたから、今のところ大丈夫だけど、この後何か取り返しのつかない事が起きちゃうかもしれない。それで、リュシアンナ様もすぐにって、騎士のリカルド様を迎えにくれたんじゃないかな。俺も、何かあったら怖いし、早い方が良いと思う」


「そう……それは、そうかもしれないわね……」


しぶしぶ頷く母に、ほっと胸を撫で下ろすディラン。


そして有能な騎士リカルドは、父についても対処済みだった。


「こちらの街に着いた時、衛兵にご尊父様の職場へ家にお戻り頂くよう言伝を託しました。ですから、もうしばらくしたら、お戻りになるかと思いますよ。私は旅支度で一度離れますので直接ご説明できず申し訳ありませんが、ご家族で話し合う時間はあるかと」


「まあ、ありがとうございます……」


忙しない中でも、万全の対応をしてくれているリカルドに感謝するしかない。


父が戻ってきたら、何とか説明して納得してもらわないと。


「――ただ、妖精関係で何かあると行けませんので、私が旅支度に離れている間、ディラン殿は家から出ないで頂けますか?」


家から出ずに待っていろ、というリカルドの目には有無を言わさないものがあった。


「は、はい。そうします」


慌ててディランが頷くと、リカルドは口の端を上げて微笑んで、騎士らしく優雅な一礼をして、では、少し失礼して支度をして参ります、と出て行った。


「はぁ……えらいことになったわね……」


二人残された部屋に、母の浮かない声がポツンと落ちた。








しばらくして、外からガタガタと物音が聞こえた。


「――帰ったぞ」


無愛想な顔をした父が帰ってきて、家の中を見まわすと、当てが外れたような顔をした。


「衛兵からどっかの偉い貴族が家に来てるから早く帰れと言われて帰ってきたんだが………いねぇのか」


「まぁいいから、座って」


怪訝な顔で家の中を見回すゴードンに、母が椅子をすすめた。家族三人でいつものようにテーブルを囲む。


「――なんだ?来てねぇのか?どうなってんだ……それとディラン。お前、仕事はどうした?」


「あー……休んだっていうか、しばらく休むっていうか……」


「あ?何言ってんだお前。自分で決めた仕事だろ!責任持て!すぐ行ってこい!」


「いや、事情があるんだって!」


しかめ面で怒鳴りつける父に、返すディランの口調もついぶっきらぼうになる。ディランが家具職人を断って大工見習いになってから、二人の仲はあまり良好とはいえなかった。


そんな父子の様子を見て、母が今日何度目かのため息をついた。


「本当に色々あったのよ。ついさっきまで、バッヘル公爵家から騎士様が来てたの。でも、ゴードンじゃなくて、ディランに会いにきたのよ」


「――は?」


豆鉄砲を食らったような顔をする父に、母が公爵家からの手紙を見せながら状況を説明していく。


母の話が進むにつれ、父の眉間にあった皺がどんどん深くなっていった。


「――なんだそりゃ……。そんな馬鹿な話あるのか。ディランお前、ほんとに妖精が見えてんのか?」


「まぁ……今朝から急に、だけど」


「そのうえ公爵家から迎えだと……」


厳しい顔で黙り込んでしまった父を、ディランは横目で見た。


反対されようと行きたいと思っているのだが、ディランとて、できることなら家族に認められて出立したい。


とはいえ、頑固な父のことなので、家具職人を継がずに大工見習いとなったディランが、その仕事も放り出してバッヘル領に向かうことを簡単に許してくれるとも思えず、憂鬱だった。


口を開かずに腕組みしてしばらく考え込んでいた父だったが、急に立ち上がると2階に上がって行ってしまった。


「え、父さん!」


「大丈夫だから、待ってなさい」


ぎょっとしたディランが後を追おうとすると、母に止められた。


しばらくして戻ってきた父の手には、革のバッグと短剣があった。


「やる。もってけ」


「え……」


「妖精が関わるってんなら、行くのは仕方ねぇだろ。だが、自分の身くらい自分で守れ。騎士様に迷惑かけんじゃねぇ」


手に馴染む大きさの短剣と、よく使い込まれた革のバッグは旅の共として使い勝手が良さそうだった。


「……あ、りがとう、父さん」


予想しなかった贈り物に思わず素直に礼を言うと、父はふんと鼻を鳴らしたが、それは照れ隠しの仕草なのだとディランは知っている。


良かったね、と笑う母と、不機嫌そうな顔をつくる父のためにも、死なずに、長く生きたいとディランは思った。

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