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一通の書状

「人前では、リュシアンナ様、とお呼びした方が良いかもしれません。その呼び方はリュシアンナ様がごく近しい人間に許すものですが、貴方の今のお立場で、そのようにお呼びになるのは、お嬢様が許したとしても避けた方が良いかと思われます」


騎士の青年の口調は、特に主人を呼び捨てにしたディランへの不快感を表すものでも嫌味がかったものではなく、淡々としたものに聞こえた。


貴族であるリュシアンナに対する平民のディランの取るべき対応をごく当たり前に指南してくれた、ということだろうか。


服装や雰囲気からして良いところのお嬢様だとは思っていたが、まさか公爵家の令嬢であったとは、ディランとしても想像の外だった。


「あ、はい。ええと、そうですね。すみません……あのまさか、リュシー、様、いえ、リュシアンナ様が公爵家の方とは、その、知らなかったので……」


「ディ、ディラン、あんたどこでそんな高貴なお方と……」


「ああ、母さん、ええと、いや、何ていうか……」


リュシーと知り合ったのはつい今朝方で、まだ一刻ほどしかたっていない。


しかも直接会ったことはなくて、何度も死に戻っているディランを助けてくれている妖精が鏡越しに繋いでくれて出会った、そして何故か向こうはディランたち家族のことを知っているようだった。


――といったことを説明しても、母レッテはさらに混乱するだけだろう。というか普通に信じないと思う。ディランの頭がおかしくなったと思われそうだ。


ディランにもよく分からない状況なので、何を言っても驚かせそうだ。


親子二人のやり取りを儀礼的な笑顔を保ったまま見ていた騎士リカルドが、そこで助け舟を出した。


「ご母堂殿、ご存知かと思いますが、バッヘル公爵家には最高位の妖精眼を待つ公爵閣下と、そのお力を引き継いだ優れた妖精眼をお持ちのリュシアンナお嬢様がいらっしゃいます。この度、とある妖精の導きで、私の主人のリュシアンナお嬢様とご子息のディラン殿の間に縁が繋がれたようなのです」


「え………」


「妖精の導きによるご縁ですから、バッヘル公爵家としても粗雑に扱う事はできません。故に、こうしてリュシアンナお嬢様の命により、私がお迎えにあがりました」


「妖、精のって…………」


血の気の引いた顔でディランを見る母に、ディランは緊張感なくぽりぽりと頰をかいた。


「あー……うん、なんか、そうみたい」


「そうみたいって、ディラン……」


「いや、俺もびっくりしたんだけど。なんか母さんから貰った手鏡と、リュシ、アンナ様の部屋の鏡が妖精の力で突然繋がっちゃって、初めまして、みたいな……?」


死に戻りのことは心配させるので言わずに、リュシーとのことだけを伝えることにした。


「そんな、突然……そんなことがあるの?」


信じられない顔でこちらを見る母に、ディランとしても苦笑いを返すしかない。


「だって……ディランは妖精との関わりなんて今まで無かったじゃない……」


「あー、うん。無かったんだけど……今日の朝起きたら突然、うん、なんか妖精が見えるようになってて……」


「妖精が見えるって……あんた、そんな事今まで一度も言ったことなかったじゃない………!」


今にも掴みかかろうかという勢いの母を、ディランはまあまあ、と宥めた。


「母さん、落ち着いてくれって。あのさ、昨日まではほんとに見えなかったの!妖精なんて見えたの今朝が初めてで、俺もびっくりしたんだって!」


「昨日まで見えなくて今日突然って、そんな……!」


「いや、俺もよくわからないけど、鏡越しに話したリュシ、アンナ様は俺にも低位の妖精眼があるんじゃないかって言ってた。――それに」


それに何故か、ディランとディランの家族のことを知っているようだった。


そう伝える前に、黙って事態を見ていた騎士リカルドが口を開いた。


「ご母堂殿、混乱するのもやむを得ないかと思いますが、私から少し補足を。妖精眼は確かに普通ならば幼い頃に発現するものですが、まれに青年期や、大人になってから妖精が見えるようになる者もいるのです」


「え……」


「え、そうなんですか?」


では、ディランのように、15歳という年齢で突然見えるようになることは、まれとはいえ先例はあることなのか。


リカルドは、母レッテを安心させるよう柔和な笑みを浮かべた。


「一般的には知られていないことですから、混乱はごもっともです。妖精眼の持ち主は、妖精と人を繋ぐ尊い存在ですから、我が国では、幼少時に妖精眼を待つと判明した者は国の保護を受け、妖精との付き合い方を学ぶことになります。それは、ご母堂殿もご存知ですね?」


「――はい……」


「ご子息のディラン殿は、低位の妖精眼ではありますが、その力に目覚められたのです。ですので、本来であれば国に届けて、妖精との付き合い方を学ぶ必要があります。それも、宜しいですか?」


「え、えぇ……はい……」


身近に妖精眼を持つものはいなかったので遠い世界の話だったが、ディランも何となく、妖精眼をもつものは国に保護を受ける、という程度の事は知っていた。


「今回ディラン殿は見えるようになったその日に、リュシアンナお嬢様と出会われた――ディラン殿が先ほど説明した通り、鏡越しですけれども。私もお嬢様から、妖精が突然にもたらしたご縁だったと伺っております。であれば、妖精の良き友であるバッヘル公爵家としてはそのご縁を無にする訳には参りません」


そう言うと、騎士リカルドはチラリとディランに視線を送った後、母レッテに丁重に願い出た。


「――ですのでご母堂殿、ご子息のディラン殿を当家にお預け頂きたいのです」


「それは……」


言葉が出てこない様子の母と共に、ディランも驚きを隠せなかった。


助けたい、父と相談する、とリュシーは言ってくれていたが、まさかこんなに直ぐに対応してくれるなんて。


「ん……?あれ!?リュシ、アンナ様と会ったのは一刻前くらいなのに、どうやってこんなに早く!?」


バッヘル公爵領は王都郊外にあり、王都まで乗り合い馬車で1週間ほどかかるここ地方都市エリスからは、どんなに馬を飛ばしても3日はかかるはずだった。


ディランの驚きに、騎士リカルドは、目元にかかってきた銀の横髪を後ろに撫でつけると、ふっと笑った。格好つけた仕草にも思えるが、どこか気品があり嫌味には感じられなかった。


「ええ、普通では不可能ですね。ですが、バッヘル公爵邸近くの森と、このエリスの郊外の森には妖精が昔繋いだ道が()()()()ありまして。私には普通の人間なら通れない妖精の道を通ることができるという特技がありますので、こちらまでショートカットして参りました。――勿論、街の入り口で衛兵に馬を借りたりして、急いで参りましたが」


「妖精の道……」


「お嬢様は、ご当主様とご相談なさって私をつかわすと決めてすぐ、ディラン殿に連絡を入れようとしておりました。ただ、その時には残念ながら鏡の繋がりが解かれておりました」


「え………」


たしかに、リュシーと話し合ってすぐ妖精ラファは鏡から出てきてしまった。


しかし、リュシーからの連絡は繋げてくれるという話だったと思うのだが……。


思わず背中にくっついているはずのラファを引っ張り出して聞いてみたくなったが、ここで妖精まで出そうものなら母をさらなる混乱の渦に巻き込みそうだったのでやめた。


後で聞くことにしよう。


ディランがそう心に決めていると、騎士リカルドが懐から一通の書状を取り出した。


「こちら、当家の当主から、ディラン殿とご両親への書状を預かっております。どうぞお納めください」


「は、はい……」


母は、恭しく差し出された金縁で彩られた箔の高そうな手紙を恐る恐る受け取ると、封筒を慎重に開けて、中の手紙を取り出した。


ディランが横から覗き込むと、そこにはおそらくバッヘル家当主本人の力強い筆致で、騎士リカルドが述べたように、リュシアンナのこと、妖精の導きのこと、そして暫くの間ディランを預かりたい旨が丁重に綴られていた。


「バッヘル公爵家には妖精眼を持つ者がご当主様とお嬢様以外にも数名おりますから、妖精との付き合い方を学ぶ上ではこれ以上適した環境はございません。国への届けも当家が変わって行いますので、ご心配なく。ディラン殿にとっては、得難い環境だと思いますよ――それに何より、世界樹を守りし妖精のお導きによるものですから」


「…………」


手紙を見つめたまま血の気の引いた顔で返答できずにいる母を、ディランは覗き込んだ。


書面を追っていた母の紺色の目が、ゆっくりと息子の顔に向けられる。


普段は肝が据わっていて父とディランを尻に引く強い母だ。


しかし今は、突然の事態への困惑や恐れ、何より息子への心配などが色濃く現れた顔をしていて、ディランの眉も思わず下がった。


「――ええと、母さん、心配しないで。すぐに……とはいかないかも知らないけど、戻って来れると思うし。あの、なんか俺も突然妖精見えるようになったり、色々変なことが起きてて……だから、その、妖精に関する専門家の、公爵家に行って、色々聞けるって言うならありがたいというか……」


まぁ、公爵家に辿り着く前にひょっとすると死に戻るかもしれないが。


もしまた心臓病になったらどうしよう、と少し不安にもなったが、それは言わずにおく。


「だからさ、母さん、えーと、つまり……」


拙いながらも安心させようと言葉を重ねていると、母レッテが、ひとつ大きなため息をついた。


そして、おろおろしているディランの目をまっすぐ見つめると、苦笑した。


「……わかったわ。行ってらっしゃい」

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