繰り返す今日
ディランは、今日、死んでしまうらしい。
らしいと言うのも曖昧な表現だが、ディランにもよくわからないので仕方ない。
ディランとしては、今日を何度も繰り返してしているのだ。
ディランは今日死ぬ。そして気づくと今日の朝に戻ってしまう。
いや、本当に死んでいるのではなく、死ぬ夢を何度も見ているのかもしれないが。
ちなみに、死に方は多岐にわたる。
1回目。
職場の大工工房に向かう途中で辻馬車に跳ねられた。
あーあ、やっちゃった。父さん母さん、ごめん。どうか、俺が死んでも前を向いて生きていってほしい。
霞む視界と全身とんでもない激痛のなか、ディランは死んだ。
はずだったのだが。
次に目が覚めると、天国ではなかった。
2回目。
同じ日の朝、ベッドの上でディランは目覚めた。
「――――は?病院?怪我は!?……あれ、痛くないし傷もない……え、夢か?え、え、えー?……めちゃくちゃ痛かったんだけど……ただの夢?」
ずいぶんリアルで嫌な夢を見たものだ、とため息をつきつつ、ディランはのそのそと身支度を整え、家を出た。
「いってきます!」
いつもより少し遅く家を出たが、急げばまだ勤務開始には間に合う時間だ。
早足ですすむと、大通りに近づくにつれ、人の悲鳴や怒号などが聞こえてくる。
―――なんの騒ぎだ?
嫌なざわつきが胸に駆け巡ったが、勤務時間に少しでも遅れようものなら、親方の大目玉をくらってしまう。
ディランはやむを得ず、騒ぎの中心、すなわち職場への通り道に向かって走り出した。
そして―――ざわつきの中心地には、なんと、刃物を振り回して、通りかかる人間に血走った目を向ける中年男がいた。
逃げ惑う人を押しのけ、前に出てしまったディランは、狂気に満ちた男と目が合った次の瞬間、胸を貫かれて死んだ。
周囲から、甲高い悲鳴が聞こえた。
――――死んだと思ったのだが。
「は?また夢?え?いやいやいやいやいや、夢!?そんなバカな!?」
思わず叫んだ3回目。
「ディラン、何寝ぼけてるの!」
「……俺生きてる!?俺、死んだと思ったんだけど!?」
「なんなのあんた、変な夢でも見たの?」
「いや、え、夢…え、また夢?……夢!?」
「夢はいいから、早く起きなさい!遅刻するわよ!」
「いや、えー………え、いや、どうなってんのこれ…」
母親に捲し立てられながら身支度を整えたディランは、家を出た。
どういうことなのか。2回も自分が死ぬ夢を見たのだろうか。
いや、それにしては痛みも伴っていたし、現実のようにしか思えない体験だった。
通り魔に襲われたのは夢だから、この後会うことはないよな、大丈夫だろう。
不安に思いつつも小走りで会社に向かうディランの目の前に、その時急に路地から子供が飛び出してきた。
「――あぶなっ!」
ディランは、避けようとして、体を無理に捻ったが、すっ転んだ。
その時に頭を強烈に地面に打ちつけたのだと思う。
周りにいた人間だろうか。何かが近づいてくるような気がしたが、意識を失って、そのまま多分死んだ。
4回目。
「いや。――――いやいやいやいや。え?転んで死んだの?俺、呆気なさ過ぎない???」
間抜けなディランは、混乱状態のままも、いつもと同じように身支度を整え、何が起きているのかわからないが、とりあえず職場に向かわねばならないと、家を出た。
なんなのだろうか、この死の記憶は。
いや、死んだ記憶なのか、それとも、ただの夢なのか、いずれにしてもリアルだった。
見習い大工としてあくせく働くディランには、実は神に選ばれし勇者であるとか、知性優れし賢者であるとか、そんな特別な要素は一切ない。
ないが、この特殊な事態を乗り越えるためには、ないないづくしの自分で何とか考えて行かねばならない。
今のところ、家を出る時間の差によって、死に方が違っている。
そんなわけで、今日は今までで1番早く家を出た。
職場まで無事に辿り着けるのか、それとも辻馬車が来るのか、通り魔に合うのか、転んで頭を打つのか。
悶々としながら歩くうちに、何と大工工房に辿り着いてしまい、普通に仕事を始めてしまった。
やっぱり夢だったのだろうか。
そう思いつつ仕事を続けていると、現場で上から落下してきた木材の下敷きになって死んでしまった。
上から落ちてくる木材の落下速度が、一瞬だけ緩やかになった気がしたが、気のせいかもしれない。
5回目。
「―――――また死んだ。出勤しても死ぬのか……どうすれば良いんだ、俺は」
頭を抱えたディランは、解決策が思い浮かばず、悶々としながら家を出る。
自分が今日死ぬのは決められているのか。
死ぬのが決まっているなら何度も繰り返すのは何故なのか。
出勤した方が少し長く生きられるということは、とりあえず早めに出勤した方が良いのだろうか。
じゃあとりあえず、早出して、現場で頭上に気をつけていれば大丈夫だろうか。
大工工房についたディランは、前回と同じように仕事をこなし、現場にむかった。
そして、頭上に気をつけつつも、親方の指示に従って住宅の屋根の施工をしようと足場を歩いていた所、足場の底が急に抜けて、落ちて死んだ。
落ちる瞬間、誰かが手を掴もうとしてくれたような気がしたが、間に合わなかった。
6回目。
「―――嘘だろ。これ、マジでどうしたらいいの」
家を出るのが怖くなり出勤をやめようとしたが、母親に叩き出され、職場に遅刻して到着。
朝方に通り魔の男が捕まって、怪我をした者はいたが、死んだ者はいなかったと聞いてほっとしたところで、突然心臓が痛くなって倒れた。
倒れた後、視界の端にキラキラと光る何かが見えた気がするが、確認する前に死んだ。
7回目
「え………心臓病で死んだ……?俺、病死したのか……」