序章4 いざ、学園へ
「お父様、僕は学校に行きたいです。」
その日の夕食中にさっそく父さんに伝えてみた。こういうのは早めに、簡潔に伝えるのがいいのだ。
なんて考えながら父さんの方を向くと、俯いて完全に停止していた。ナイフとフォークを持つ手が全く動いていないのだ。
「お父様?」
「キリアス!」
「は、はいっ!」
急に名前を呼ばれてびっくりしてしまった。怒っているのだろうか?
「うちでの暮らしが不満だったのか?」
涙を流しながらそんなことを訪ねてきた。まるで訳が分からん。
「そ、そんなことはありません。何不自由ない生活を送らせていただいています。」
「なら、学校に行くなんて言わないでくれ。男一人にしないでくれ。寂しいだろぉ。」
ああ、そういうこと。
なんだこのおっさん、メンヘラ属性も持ってるのか。いや、単純に寂しいだけだろうな。というか「一人にしないでくれ」ってどういうことだ?家から出て行かなきゃならないのか?ただ学校に行くだけなのに。
「お母様、学校に行くのならこの家から出なければいけないんですか?」
「あ、言うの忘れてたわね。
そうよ。ここから一番近くの学校でも全寮制だからね。それに一番近いところでもなかなかに遠いから帰ってくるのは難しい。だから、お父さんはこれだけくよくよしてるのよ。
ほら、お父さん。泣かないの。それでもこの領地の領主でしょ。」
ふむふむ、つまり学校に入るにはまずこの家からおさらばしなければいけないというわけか。なかなかにつらいな。
だがしかし寮生活。前世でも経験したことはないから一度してみたかったのだ。まあ重要なのはそこではなく、魔術理論を勉強できるかどうかというポイントなのだが、
「お兄さま、学校に行くの?なんで?」
「僕は学校に行って、魔術理論を学びたいんだ。ほら、僕は魔術得意じゃないだろ。だから魔術理論を学んで少しでも魔術師に近づきたいなって。」
「魔術理論って、この前お母様が無駄って言ってたやつ?」
…あれ?魔術理論が無駄?
僕は母の方へ振り返った。
「ま、まあそんなこと言ったこともあったかなぁ。
……で、でもほんとは無駄じゃないのよ。魔術をより深く理解するためには必要なことだと思うし。」
「でも、お母様この前、頭つかうより魔術打てやあの芋虫ども、って酔ってる時に言ってたよ。」
「あぁ!お母さんちょっとお手洗いに行きたくなってきたなぁ。」
「あ!私も行く!」
そういって二人は食堂から出て行った。それにしても母さんは相当魔術理論が好きじゃないんだな。魔術理論の研究者に嫌いな奴でもいたんだろうか。
「なぁ、キリアス。本当に学校に行くのか?さっきの話を聞く限り魔術理論について学びたいんだよな?」
真剣な顔で問うてきた、父。まだ認めたくないのだろうか。
「はい。」
「だったら俺の伝で魔術理論の学者がいるんだ。そいつを家庭教師として呼べば……」
「それでも、僕は学校に行きたいです。」
「どうしてだ?」
「僕はこの家の外のことを知りません。知らなすぎると思うんです。このままかごの中の生活を続けるの、僕は嫌です。」
僕の目をじっと見ている父。父の思いにこたえるために、僕も父の目をじっと見た。
「…そうか。…………………。
……わかった。学校に行って、頑張って来い!」
力強くそう言ってくれた父。父さんの目は僕のことを信頼して、認めてくれている目だ。僕はとても良い両親に巡り合ったのだ。
「次に帰ってきたときには可愛い彼女の一人や二人を連れてきなさい。家の外を知る良い経験になるはずだ。」
父さんのこういうところは面倒だが嫌いじゃない。むしろ、
「お父様、頑張ります!」
大好きだ。
「キリアス、忘れ物はもうない?」
本当に大きな家だ。見れば見るほどそう感じざるを得ない。
そんな家の正門の前で僕は母さんにそう尋ねられている。父も妹ももちろんいる。
「大丈夫ですよ、お母様。三度は確認したので忘れ物はありません。」
「はぁ、五年間はキリアスに会えなくなるのか。そう考えるとやっぱり寂しいな。」
あの日から数か月たったが、父はずっとこんな感じである。どれだけ自分の息子のことが好きなんだ。いや、うれしいけど。
「お父様、安心してください。一年に一度くらいなら帰ってきます。その時までに話せることをたくさん用意するのでその日を楽しみにしておいてください。」
「お兄さま勉強、頑張ってね。」
リア、四つ年下のくせに俺の何歩も先を行く我が妹。だが、この可愛さと無垢な感じ。憎めないし、これからも頑張ってほしい。
「兄ちゃんは魔術も頑張るから、リアは兄ちゃんに抜かれないように頑張れよ。」
「分かった!リアも魔術頑張る。」
俺は振り返り、正門を通り抜けた。もう一度振り返り家族に感謝を告げた。とりあえず、僕の人生、一度目の節目だ。こういう節目は大事にしたい。
「お母様、お父様、リア。これまでありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
………それじゃ、…行ってきます!」
「「行ってらっしゃい。」」
温かい、この言葉があるだけでこんなにも心の中が満たされていくんだ。
僕は馬車に乗り、御者さんに挨拶をして馬車が走り出す。僕は馬車の窓から顔を出し、一生懸命に手を振った。
「お元気で!」
家の前で僕と同じように手を振る家族が見えた。
この家族を大事にしよう。僕が生前、大切にできなかったものであり、大切にされなかったもの。
……帰ってきた時がとても楽しみだ。




