冒険者編17 どうやら絶望からは逃れられない
「それで、どうする坊主。
頼みの綱の精霊さんはいなくなっちまった。お前自身が戦えるとも思わないんだが……」
「……。」
あの時、ラズにこう言われた。
生きて、と。
ただ、ラズが勝てないと言った敵に俺が勝てるのか?
無論だが勝てるわけがない。それに転移を使ってもただの時間稼ぎにしかならない。
であるならば、戦わずして勝つしかない。
「なぁ、ドグって言ったか?」
「あぁ、そうだ。俺はドグ。今からお前を殺すものの名はしっかり覚えておけよ。」
「いったん落ち着いてくれ。……もちろんだが、俺は死にたくない。……だから交渉をしないか?」
「交渉?俺が求めるものをお前が用意できるのか?
……馬鹿にするわけじゃないが、できそうには見えないぞ。」
「アンタの目的を教えてくれ。俺はそいつを手伝う。だから殺さないでくれ。……頼む。」
「はっはっは!ここにきて、命乞いか?!哀れなもんだ!」
あぁ……くそ……悔しい。
ミールに対して、ヒーローになりたいなんて言っておきながら、さっそくこのざまかよ。
そんな俺の心に答えるかのようにドグは答える。俺が待っている言葉ではない、その返答を……。
「だが、すまねえな坊主。
お前さんとは話してて面白い。特に哀れなところがな。いいやつではあるんだろう。それに普通の人間とは違うような気もする。何が違うのかはわからないが親近感がわくんだよな。
ただ、しかし、な。お前が人間である時点で俺はお前を殺すことは確定してるんだ。
お前らの言う魔物ってえぇのはそういうやつなんだ。
人間たちに対する憎しみだけで生きている。殺意だけ持ちながら生きている。
……できるだけ苦しまないようにお前を死なせてやる。俺が唯一おまえにしてやれることだ。」
「……そうか。」
少しずつ歩み寄ってくるドグ。
いずれ、俺の目の前にドグは来る。そして、俺を殺すために、その棍棒は振り上げられた。
「目ぇ、つむってろ。」
その声に答えるように俺は目をつむった。
あぁ、確かに俺は目をつむってる。
……だが、もちろんこれは、自分の死を認めたからじゃない。
いつも通りのあの言葉を言い放つ。これまでどれだけ連取してきたと思っている。ミスするはずないわな!
「魔術理論、構築。」
「死ね、坊主。」
二人の言葉が同時に放たれるとともに、俺の計算の全ては完了する。
次の瞬間、その目を大きく開け、ドグに対抗するように俺は魔術を解き放つ。
「転移!」
俺は自分から見える一番出口に近い場所にこの体を転移させた。その後は全力で逃げるだけ。
俺にできるあがきはこれしかない。
洞窟を出てそのまま森の中を走っている。そんな俺は頭の中で考えてることなんてこれくらいしかない。
(さて、どう逃げたものか……)
「ははっ……おいおい、こんな魔術見たことねえぞ。」
俺の目の前にいたガキは一瞬にして俺の目の前から消えた。
それと同時に洞窟の出口の方から足音が聞こえたのだ。
何が起こったのかはわからない。だが、あいつはどうにかしてこの場から逃げることに成功した。
この俺を目の前にして……。
「はっ!こいつは面白れぇ。
命乞いの次は鬼ごっこってわけだ!」
そうして、俺は自らの配下をこの場に放つことにした。面白い面白い、鬼ごっこが始まるのだから。
このあたりの地形は大体把握してるつもりだ。
今日一日中ずっと見て、実際に歩いてきた。
あいつから隠れてやり過ごせそうな場所はいくつか思いつく。
それに、一つだけだが秘策がある。
もう少しは生き伸びることができる……と思う。
さて、どれくらい持つか。
あれから5分ほどが経過しただろうか。
ドグの動きは全く感じない。
草むらの中に隠れている俺は、外の様子が気になり、草むらの陰からそっと、周りの様子を見た。
そこには…
何体もの上位ゴブリンがいた。あの時と同じような体格。同じような闘気。だが、少しだけあの時とは違うように見える点があった。
どうやら上位ゴブリンは俺のことを探しているようなのだ。
あの動きは少し妙なように感じる。
まるで、知能があるような。
…………。
その時、俺はあることを思い出した。
それはドグがいっていたことだ。
「俺の目的のために無知性の上位種を適当に放したんだ。」
無知性の。
ということはつまり、魔物には知性のある魔物もいる、ということだろうか?
たしかに考えてみれば納得がいく。魔王軍というものがあるくらいなのだから知性のない魔物で軍が作れるとは思えない。
……だが、あの上位ゴブリンの強さに知性が加わってみろ。そんなの勝てるわけない。
「ようやく見つけたぜ、坊主。」
!!
見つかった、のか!?
「どうした、震えてるぞ?」
「あ、あぁ。そりゃ震えもするだろ。というか、隠れている間はずっと震えていた。いつ殺されるかわからないからな。
……なぁ、一つ聞いていいか。魔物には知性のある魔物もいるのか?そんな奴が魔王軍として戦うのか?」
「あぁ……なんだそんなことも知らなかったのか。
その通りだ。お前が戦っていたのは無知性のゴブリン。だが、戦争になった時、魔王軍として戦うのは全員知性のある魔物だ。
さほど絶望することでもないだろう。」
「当たり前だ。もしもあのパワーの魔物が知性を持ったら……。」
「あぁ、お前はそう考えるのか。だが安心しろそんなことはない。
あのパワーは無知性特有のものらしいんだよ。
狂化…?ってほかのやつらは言っていたな。知性を持たない代償として、その力を得る……みたいな。
それで……時間稼ぎはもういいのか?」
「はぁ、もう少しは無駄話に付き合ってくれよ。こっちは生き残るのに必死なんだぞ。
でも、まだ隠し玉はあるんだ。」
「へぇ、まだ面白いもんがあるのか。」
どうやら、ドグは俺の隠し玉を見てくれるらしい。
さて、成功してくれるかな?
これまで試したかったが、今日までに試すタイミングがなかったもの。俺の転移の不確定要素の一つ。
「魔術理論、構築。
チェンジ!」
転移魔術、チェンジ。
これは俺が新しく考えた転移魔術。
自分の魔力をつなげた物体と俺の位置を入れ替える。
これは通常の転移よりも計算が簡単。自分と物体に魔力のパスが通っているので、転移する側の計算をほとんど必要としないのだ。
だが、このチェンジのダメなところは対応力の無さ。
先に魔力を物体に込めておかなければ使うことはできない。かつ、俺の魔力量であればすぐに魔力が霧散するので通常であれば使い物にならない。
ただ、一つだけそれを扱う方法がある。
それが自分の魔術刻印を物体につけるアーティファクトの使用だ。
新しい剣を買った時、その時にはもうこのチェンジの魔術の存在は分かっていた。
剣を買っていた武器屋の中に魔術刻印の筆という安物のアーティファクトがあり、それをあらかじめ買っていたのだ。
その魔術ペイントを使えば、どんなものにもごく少量だが俺の魔術刻印を塗ることができる。
もはや俺だけのために作られたのではないかと疑うほどの代物。
それがここにきて役に立ったようだ。
俺はドグが俺のもと迫っているあの時に、隣にあった石頃にアーティファクトで自分の魔術刻印をしてあったのだ。
そうして、気付けば俺はあの洞窟の中にいた。
「さて、チェンジは無事成功、みたいだな。」
そう思い、俺は顔を上げる。
「おい……これは何の冗談だ?」
その洞窟の中心。俺の視界にはすぐにそいつは映ることとなった。
あの時、俺のことを軽く半殺しにしたあいつが……。
この前と同じようにその右手には棍棒が握られている。相も変わらずでかく、緑の体を大きく露出している。
上位のゴブリンが……そこにいた。




