冒険者編8 絶望の中で見えた光
「さて……一体どうやってこの二人を運んだものか。」
俺はそんな言葉をつぶやきながら気を失っている冒険者二人の方を見た。
自分よりも年齢が高い二人の冒険者を運んでいけるような、そんな便利道具は持っていない。もちろんだが俺だけの力でこの二人を運ぶことも俺にはできない。
一人ずつなら運べても、一人を放置して先に進むのは気が引けるしなぁ。
ダンジョンに放置していたら危険がいつ襲い掛かってくるかもわかったもんじゃない。
「仕方ない、引きずりながらでも同時に運んだ方がいいかな。」
そうして俺は二人の冒険者の下まで行き、二人の脇を自分の脇と絡める。一人は女性の魔術師っぽいので軽いがもう一人は見るからにムキムキ。あほほど重いんだが……。
なんてことを考えていた俺は、まさかこのタイミングでとんでもない絶望に叩き落されるなんて夢にも思っていなかった。
あぁ、そうだ。聞こえてきてしまったのだ。
洞窟の陰から……。
あの足音。殺気に満ちて乱暴に歩を進めるあの足音。
その瞬間俺は、まるで心臓をがっしりとわしづかみされたかのような感覚になる。
「なんで……なんで、まだいるんだよ。」
でかい棍棒を片手に持った、緑色の筋肉ゴリラ。
このゴブリンは、……一匹、一匹だけ残っていたのだ。
逃げようにも逃げられない。
だからと言って今の俺じゃ、戦うこともできない。
二人の寝ている冒険者、魔力切れでもう戦うことができないラズ、刃こぼれをした剣しか持っていない手負いでボロボロの俺。
さすがに限界なのか、あの時のような活力が一向に沸いてこない。
「◎△$♪×¥●&%#!!!」
ゴブリンの雄たけびはダンジョン中に響き渡る。
俺の鼓膜には死という音で突き刺さった。
でかい足音を響かせ、大股の歩を前に進め、俺との距離はどんどんと狭まっていく。
振り上げられた棍棒は一直線で俺の首を狙い、絶望は今目の前にある。
さっきも見た状況をどうしてこうも完璧に再現してしまうのだろうか。ただ、もう俺がこの状況から打開する方法はない。
この場に俺を助けてくれる人はいない。
このゴブリンを倒せる奴は存在しない。
「……クソッ!だからって諦めきれるか!」
俺は刃こぼれした剣をどうにか盾にして、ゴブリンの攻撃をそのまま受けた。
俺の体はまるで野球ボールかのように吹っ飛びダンジョンの壁にたたきつけられた。
初のダンジョンで疲労困憊の俺の体にとんでもない衝撃が加えられた。
盾にした剣も当然のように砕け散る。
それでも容赦なくあのゴブリンは俺に向かって攻撃を仕掛けようとしてくる。
俺のことを殺そうとその棍棒を振り上げているのだ。
足はもう、動きそうにない。手だってさっき受けた攻撃のせいでいよいよ使い物にならない。
なら……だったら、
……俺が使えるのは頭だけだ。
頭を回せ。
集中しろ。
「魔術理論、構築!」
俺の頭の中の全ては計算式で埋め尽くされる。今日のことで何をすれば転移をすることができるのかは分かった。
この状況も乗り切ってやる!
…………。
…………。
…………。
「ぐっ!ああ!ア”ア”ア”ア”ア”アア!!」
俺の頭の中は完全に焼き切れた。オーバーヒートしたのだ。
頭、鼻、口からは大量に血液が飛び散る。俺の視界は自分の血液によって赤く染まる。
何も考えられずただ、……ただ赤くなったゴブリンを眺めることしかできない。
これがゲームオーバーってやつなんだろうか。
死を悟った俺は、ゆっくりとその瞼を閉じる。
(あぁ、死にたくねえな……。死ぬのは、怖いな。)
……だが、ゴブリンの足音以外に遠くの方から聞こえてくる足音があった。何人もの足音がこちらに近づいてくる。
足音だけじゃない。
この三か月で何度も……何度も聞いた声が聞こえる。
「何、坊主に手えだしてんだ!デカゴブリンが!!
……おい、大丈夫かキリアス!」
その声の主を見ようと、俺は少しだけ目を開ける。
そこにはいつも俺をからかってくる、酒飲みのおっさんがたっていた。
でも……今だけは片手に剣、もう一方の片手に盾を携えた冒険者姿のおっさんだ。
そんなグルークのことを心の底から信頼してしまったのだ。
「あぁ、……よかった。」
安心した俺はまた瞼を閉じ、ゆっくりと意識を失った。




