序章最終話 そして、冒険へ
「あなたなら、私を助けてくれるのかな?」
ここがどこなのかはわからない。ただ、俺にそんなことを聞いてくるのが女性であるということは分かる。顔が見えないがきっと悲しい顔をしている。それを想像させるような声を持っているのだ。
「あなたはどこか違う気がするの。だからお願い。私を助けて。」
そこで俺は目を覚ました。
「知らない天井だ。」
(うん。言ってみたかった。)
でもほんとに知らない天井だな。
というか、あの後いったいどうなったんだ。リアは……大丈夫だったのか?
そうして体を動かそうとしたがまったく体が動かない。
たぶん筋肉痛だ。筋肉痛レベル1000ぐらい、だから動かないんだな。
そりゃそうだろう、俺はただの学生だったんだし。
首だけを動かそうとしたが、首の向きを変えて周りを見ようとしたが、それをすると一生首を上に向けられないような気がしたのでやめた。
ここはどこなんだろうか。
匂いとか雰囲気からして、ここはきっと病院。
俺が無事ここにいるということはきっとリアも無事なのだろう。ならば安心だ。
なんてことを考えていた時に俺の病室のドアが開けられた。
「お!起きたのか。……無事なんだよな?」
「この声…………ラダーバか?」
「そうだ、武器商人のラダーバ。」
ラダーバ、最初の作戦では罠を起動させてから助けに来るといっていたが、そんなことはなかった。
だが、あの場にはラダーバがいた。助けに来てくれたのだろうか。色々聞きたいことがあったのでちょうどよかった。
ラダーバは俺のベッドの横にあったレバーのようなものを捻り、上にあげた。すると、ベッドの角度が上がり周りが見えるようになった。
そこには……片腕がなくなったラダーバの姿がある。あの戦闘時に負った傷だ。
「ありがとう。……なぁ、聞きたいことがあるんだが。」
「そうだな、いろいろ聞きたいことがあると思う。だが、それより言いたいことがある。」
ベッドの横にあった椅子に座ったかと思うと、
「すまなかった!」
勢いよく頭を下げ、俺に謝罪してきた。
「本当にすまなかった!」
その謝罪の勢いに少しは驚いたものの、
「謝るのは大事だ。でも、それよりもあんたの話を聞かせてくれ。なんであんたがあの場から逃げたのか。なんであんたがそのあと、助けに来てくれたのか。後、……あんたの過去……とか。」
「いいのか?俺に怒らなくて。」
「話を聞かないと怒るも怒らないもない。だから、話せ。」
俺がそう言うと、ラダーバは話し始めた。
「あぁ、分かった。少し長い話になるぞ。」
そうして、ラダーバは自分の過去の話を始めた。
「俺はしがない武器商人だ。
妻と一人の息子がいる幸せな家庭をもって、この仕事を続けてた。
武器屋の上に自分の家を置いて、商売が終わったらすぐに家に帰って息子と妻の笑顔を見る。これが俺の幸せだったんだ。それだけで……よかったんだ。
だが、そんな俺の幸せは……何の前触れもなく、俺の目の前から消えた。奪われた。」
ラダーバはその日、月に一度の武器の仕入れの日だった。
いつも通り、鍛冶職人のカジトの下へと足を運び武器防具の仕入れを済ませる。
「いや、カジトさん。今日もありがとうございました。」
「ええんだよ、ラダーバ。
こんな老いぼれと仲良くしてくれるだけでもうれしいんだ。
それにあんたの父ちゃんとはいつも仲良くしとったからな。あんたの父ちゃんと母ちゃんが死んでからは寂しい日々が続いててなぁ。
それでも月に一度の日。お前が来てくれることがうれしいんだ。」
カジトは年を六十にして、現役で武器防具を作っている元凄腕の鍛冶職人。今は趣味とラダーバの手伝いとして鉄を打っている。ラダーバの父はそんなカジトと仲が良かった。
その関係があったからこそ、ラダーバは武器商人を始めたのだ。
「そいつはありがたい。天国の父さんも母さんも喜んでいるはずです。」
「そうだといいなぁ。
……なぁ、ラダーバ。今日はうちで飲んでいかんか。あの二人についてもっと話したいんだ。
うちの家内も死んじまったから飯を食うのも寂しい。たまには一緒に飲もう。
おまえと飲むのも久方ぶりだしな。」
そんなことをいうカジトにラダーバはもちろんだが悪い気はしなかった。
自分が尊敬する人の一人であり、父と母の知己。もうずいぶん年を食っており、いつあっちに行くかなんてわからない。そんな人との貴重な時間なのだ。
「ええ、もちろんです。」
そうして、二人はともに酒を飲んだ。長いようで短い夜はすぐに過ぎ去っていく。
その翌朝。ラダーバはカジトと別れを告げ、ルドルーファ領へ帰るため、自分の馬車に乗り込む。
家に帰ったら、遅れる旨の報告をしなくて悪かった。そう妻に言おう、と馬車の中で言い訳なんかを呑気に考えていたのだ。その時のラダーバは……。
そうして、店に帰ったラダーバはすぐに立ちすくむことになった。
店の中がもぬけの殻だったのだ。
内装は荒れ放題になっており、武器も防具も全てがなくなっていた。
商人のラダーバとしてはそのことが一番の絶望であり商人人生の終わりを意味してもいい。
このような田舎で商人をするということはそういうことなのだ。
だが、ラダーバが本当に心配したのは武器なんかじゃない。
だって、そこに立ち尽くしているのは、商人のラダーバではなく、一人の妻と一人の息子を持つ父親なのだから。
ラダーバは血相を変えて、家の階段に繋がるドアを開ける。
その瞬間に襲ってきたのはひどい汚臭。生ごみのような腐敗臭がラダーバの鼻を打つ。
だが、今のラダーバにそんなことは関係ない。
ラダーバはその階段を駆け上がる。
もうその時には……きっと確信していた。
だが、その現実に目を向けたくなかった。まだわからない。家族は生きているのかもしれない。
ラダーバは本気でそのようなことを考えていたのだ。
家の扉を開けた瞬間、ラダーバはその場に膝をついた。
涙を流し、家の中にラダーバの叫び声だけが響いた。
無意味であり、無価値な悲哀、家の中でその空気だけが充満する。
そこにあったのは妻と子の死体だ。無残に、無抵抗に殺されている。
子の目からは光が消え、そんな子を抱える妻の背は血の色で染まっている。
もう何もかも全部ダメで、こんな世界を生きたくない。
もういっそのこと死ねば、あいつらに会えるのか?
ラダーバの思考はそれだけで埋まってしまった。
だが、ラダーバがそこで死ぬことはなかった。腹が立ったのだ。このまま自分が死ぬことに。
家族を殺した連中がのうのうと生きていることに……。
そこでラダーバの中で目覚めたのは復讐の炎。
死ぬか殺すか。いずれとも誰かの死を介さなければ消えない恩讐。
ラダーバは復讐にすべてをかけた。
傭兵にこの事件のことを調べてもらうと、この事件の犯人があの四人組であることがすぐにわかった。
そうして、ラダーバは四人組についての情報を必死になってかけ集めたのだ。
だが、どうやってもあの四人組には勝てない。傭兵に頼んでもダメで、王都騎士団は対応してくれるそぶりを一向に見せない。
そんな日々の中……ラダーバはある一人の少年が視界にとまった。
見たことがないほどの恐怖を感じたのだ。自分と同じような復讐の炎を魂に宿し、すさまじい力を持っている少年に……。
「だから協力を頼んだんだ。この復讐の。」
ラダーバの過去は俺に似ているものだった。俺が普段の時間から遅れたから、悲惨な光景を見た。復讐に走った。
「すまなかった。俺はもともとアンタもろとも洞窟を崩そうと思ってた。
戦闘に集中しているんなら爆弾の影響からよけようにも避けられない。そうして、あいつらを殺そうと考えた。あんたのことは利用するだけ利用しただけだ。
俺があの場から逃げた理由は……怖くなったからだ。
復讐するって決めたはずなのに、洞窟の隙間からあいつらの顔を見ると怖くなったんだ。
あいつらの敵になると殺されちまうんじゃないかって。
……家族の顔が思い浮かんだんだ。俺だけ生き残ったのにそんな俺も死んじまうのはだめなんじゃないかって。
だから俺は逃げた。
あんたに申し訳ないって考えながら逃げたんだ。
本当に……すまんかった。」
怖くなった、か。
「それでお前は本気で俺を見殺しにしようとしたってわけか。だとしたら、あの罠はいったいどうしたんだ?結局作動しないままだったが……。」
「それも全部、撤去した。罠があることもばれちまうんじゃないかって思ったからだ。」
「じゃあ、……なんで助けに来てくれた?」
「……あの後、街に戻ったんだ。
街の中を歩いているときに、これでいいのかっていう自問自答を繰り返した。
あんたは死ぬ気で戦って、死ぬ気で復讐を果たそうっていうのに俺は逃げてばかりじゃないか。
でも、俺が死ねば唯一生き残った俺が死ぬかもしれない。
そうやって、もやもやを抱えてたんだが……。
力がないからって全部人任せにして、俺は逃げる。
こんな姿、妻と息子に見せられるのか?
……見せられるわけがない。
だから、そんなのはもうやめようって考えた。とにかく自分ができることをしようって考えたんだ。
町の傭兵団にこのことを伝えた後、すぐに洞窟に向かった。
そしたら、あの男に倒されてるアンタが見えたんだ。
このままだとやばいって、何もかもが本当に終わる。それだけはあっちゃダメだ。
足も手も震えてたさ。それでも俺は走った。
あいつに報いを受けさせるためにも……。
それにあんたのあの絶望した顔を見たらこんな思いをするやつをこれ以上増やしちゃいけないって正義感が働いちまったんだ。
一度逃げた俺が言うのもなんだが、かっこいい姿を天国のあいつらに見せたかったんだと思う。
それであいつに立ち向かった。
そしたら、……こんなことになっちまった……。」
そういってラバーダはもうない腕をさすった。
「だが後悔はしてねえぜ。あの後、何があったのかは知らねえが、あんたがうまくやってくれたんだろ?
だから、……ありがとう。」
ラバーダはそう言って、深く頭を下げた。
「許してくれとは言わねえ。死ねって言われたら今すぐ死ぬ。許されちゃいけないことを俺はした。
だが、償いはさせてくれ。あんたが俺を許すことはないと思うが……俺自身が俺を許したい。
じゃないと俺は前に進めない気がする。だから償わせてほしい。」
「…………。」
ラダーバはきっと強い人になれる。
ラダーバの物語を知ったからなのか、それともラダーバの思いを知ったからなのか。
こいつに対して、あまり悪い気はしなかった。
「ラダーバ、あんたは俺に悪いことをしたって思ってるのかもしれねえけどよ、俺はあんたに感謝することしかない。
確かに一度裏切られてる。
でも、あんたがいなかったらあいつらの居場所もわからなかったし妹のリアも救えなかった。
あんたが助けに来てくれなきゃ俺は絶対あいつらに殺されてた。だから、俺からも言わせてくれよ。
ありがとう。」
俺も感謝の言葉を伝えた。
「だから、俺はあんたを許すよ。だが、あんたが償いをしたいっていうんならしっかり償ってもらわないとな!」
俺は満面の笑みでラダーバの方を向きそんなことを言った。顔を上げたラバーダは涙を流しながら笑っている。
「ありがとう。……あぁ……。
ありがとう。あんたはあの領主さんの立派な息子…………キリアス・ルドルーファだ。」
それから三日の日が過ぎ、俺の体はすっかり元気になった。それから病院の人に聞いて、妹がいる場所を知った。
どうやら、御者さんが預かっているようだ。だから、御者さんの家に行くことにした。
御者さんの家に着くと、家の前に御者さんがいるのが見えた。御者さんも歩いてきている俺に気づいたようだ。
「キリアス様、お元気なようで何よりです。」
「はい。……リアはどうですか?」
「リア様は元気がないようです。
ご飯も食べず、お声も出さず、私たちの声も聞こえていないようで……。」
「そうですか、……会わせてくれませんか?」
「はい……もちろんです。」
そういって、俺と御者さんは家の中に入った。家の中には御者さんの奥さんがいた。
「お久しぶりです。キリアス様。」
「はい、久しぶりです。」
「こちらです。キリアス様。」
案内されたのはある部屋の前だった。ドアノブに手をかけたが鍵がかかっていることが分かる。
ドアをノックし、ドア越しのリアに声をかける。
「なぁ、リア。兄ちゃんだぞ。兄ちゃんが来たぞ……。」
反応は…………ない。
「少しでいいから、顔を見せてくれないか。
元気を出せとは言わない。立ち直れとも言わないから、顔を見せてくれ。俺は……リアに会いたいよ……」
俺がそう言った瞬間ドアが開いた。それとともに俺の胸にリアが飛び込んできた。
「うう、ああああん。あああん。なんで、なんでなの、お兄ちゃああん!」
リアは泣いている。そりゃそうだ。
この年で親を亡くした、それに親を殺した相手に拉致されて、拘束までされていたのだ。
俺はそんなリアの頭を撫でる。
「なぁ、リア。俺が学校に行く前に約束したこと覚えてるか?
俺は勉強、頑張るから、リアは魔術を頑張るってやつ。リアは魔術頑張ったか?」
「ううぅ……頑張ったよ、頑張ったよお。でも、お母様が……お父様が……」
「俺な、頑張ったんだよ。でも足りなかった。それだけじゃ無理だったんだ。
……俺はもっと頑張ろうと思う。
……だから、もう一回約束してくれよ、リア。
リアも兄ちゃんと一緒に頑張ってくれないか?リアが頑張ってくれてたら俺はもっと頑張れる。
……今すぐじゃない、ゆっくりでいい。だから頑張ってほしい。立ち上がってほしいんだ。」
ぐすっと言いながら涙をぬぐうリアは、俺の目を見た。
「……分かった。リア、頑張る。」
「約束だぞ、リア。」
しばらくして泣き疲れたからか……リアはそのまま眠ってしまった。
さて……
「それじゃ、リアのことは任せます。」
御者さんの家の前で俺は御者さんにそんなことを言った。
「本当に行ってしまうのですか、キリアス様?リア様を私たちの養子にするのであれば、キリアス様も私たちの養子に……。」
「いや、大丈夫です。ありがとうございます、気を使ってくださって。
…………それに、俺はキリアス・ルドルーファ。この土地の領主の息子です。」
「……はい、その通りでございます。
……。……ですが、あなたは。あなた様は……。」
「はい……わかっています。」
そうだ、俺はもうわかっている。学校で魔術遺伝学を学んだ時から。その真実を。
「でもその真実を知っているからこそ、僕はあの人たちに敬意を払う。あの人たちの立派な息子であり続けます。
……それに……僕はもう、子供じゃないですよ。」
「……。あぁ…はい……。そう…ですね。」
御者さんはそんなことを言って涙を流しだした。
「ど、どうしたんですか!?」
「いえ、……すいません。
私は小さいころからキリアス様のことを見てきました。
ですので、まだまだ子供だと思っていたのです。
あの事件の日の、子供じゃないという言葉を聞いていましたが……はい。
あなた様はアジューダ様の立派な息子であり、一人のキリアス・ルドルーファ様です。
……本当に、……本当に成長しましたね。キリアス様……!」
僕も少し、涙が出そうになった。だがぐっと我慢した。
「それじゃ、僕は行きます。」
「はい、行ってらっしゃいませ。キリアス様。」
そして、俺はあの人たちのもとへ向かった。
「久しぶり、父さん母さん。」
二人の墓だ。俺は墓の前に座り込んだ。
「話すのは一年ぶりだな。どうだった?この一年は?」
………………………。
……返事が返ってくることはない。ただそれでも俺が話をやめることはなかった。
「なぁ聞いてくれよ母さん。
俺、ついにファイアボールが使えるようになったんだよ。あんまり威力はないけど、ようやく魔術師の入り口に立てた気がする。これからも、もっともっと頑張って誇れる息子になるよ。」
………………………。
「なぁ聞いてくれよ父さん。
俺、この前の学年末テストでも一番をとったんだよ。
だんだん読書も楽しいって感じるようになってきてさ……。学校の図書室に居座る時間が増えたんだ。
うちの図書室に行って、父さんと話がしたいな。」
………………………。
「…………。」
俺は気が付いたら涙を流していた。大粒の涙だ。その涙が止まることはない。
それでも俺が話をやめることはない。だって、もう……ここに戻ってくることは、きっと……ないから。
「なぁ、聞いてくれよ父さん母さん。
俺、冒険者になろうと思うんだ。
ほんとなら学者になろうと思ってたんだけどさ、俺今回のことで気づいたんだよ。
今のままだったら俺が守りたいものも俺さえも守れない。
………だから、俺強くなろうと思う。あなたたちの息子として誇れるような人になるために。
……応援してほしい。」
やはり、……何の返事もない。
「それと最後に、………。
なんで……俺を息子にしてくれたんだ?」
……………。
……………。
……………。
俺は立ち上がり、その墓を後にしようとした。
………その時、二つの風が俺に向かって吹いた。
「大好きよ、キリアス。」
「大好きだ、キリアス。」
「……俺も大好きだよ、父さん、母さん。………行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」




