魂の帰る場所
エレノアが目を開けると花畑の中にいた。あの暗闇が嘘のように暖かい日差しと若々しい木々に囲まれていた。
……天国?
「いや、死んでないよ?」
ぼーっと辺りを見ていたので、唐突に話しかけられて思わずのけ反った。しかし周りには人の気配はしない。
「……?」
「ここだよ」
下の方から聞こえる声の主を探す様に屈みこむと、花が一輪ゆらゆらと揺れている。
え?まさか花…?
「そうそう!思考は似ているけれど、君はあの坊やみたいにいきなり引き抜いたりしないから安心だよ」
……?
その言い方に何か引っかかったが、とりあえず話を進める事にした。
「天国でないならここはどこなの?」
「君の魂が帰る場所かな?今の管理者は私だからね」
エレノアはじっと目の前の花を見つめる。魂、と言われて思い当たるのは……。
「あなたがテオと契約した精霊なの?」
「そうだよ。君とも会った事がある」
「えっ?」
会った事がある?
少なくても今のエレノアには精霊と会ったような記憶はない。そもそも精霊の加護者でもなかったのだから会えるわけがないのだ。
「ごめんなさい。覚えていないわ」
「そうだろうね、普通ここに来るのは生身の契約者だけ。魂のまま来ても記憶まで定着できないはずだ」
魂のままと言う事は死んでから来たと言う事だ。もちろん死んだときの記憶何てない。
魂の管理者と言ってたわね……
最初に死んだ時ではないはずだ。あの時はテオは精霊の加護者ではなかったはずだから。ならば夢の精霊に身体を乗っ取られた時だろうか?
「えっと、その時私は何か言ってた…?」
「今と同じような会話はしたかな」
ああ、だから一度会った事あるような違和感のある会話から始まったのね
「それでなんと言ってたの?」
「戻りたいと言ったから戻れるように助力してあげたんだよ。私としてもまだ、契約を破棄されたら困ると思ったから」
戻りたいと言った…?
ふと自分ではない自分の発言に奇妙な感覚を覚える。憑依されてた時のエレノアは確実に別人だとわかったからそこまで考えなかったが、記憶がないだけの自分は確かに自分であるのだ。
そうね、そうするだろうな
ひとりで確信めいた納得をしていると、花はゆらゆらと揺れて回想は終わった?というように話しかけてきた。
「正直、人間の思考はあまり興味がない。理解できないから。けれど私は人間が好きではあるのだよ」
「なあにそれ?好きなのに興味はないの?」
エレノアが首を傾げると、花も一緒にへにょんと項垂れた。首を傾げているつもりだろうか?折れそうで怖いのだが。
「例えば、人間は自然を愛でるだろう?けれど手折られていく花の気持ちをいちいち考えるだろうか?虫が死ねば涙して悲しむだろうか?それらの感情は皆、同族にたいしてのものじゃないか」
エレノアは返す言葉が見つからずに考え込む。そう言われれば、そうかもしれない……。
つまり、精霊にとって人間は別種のもので同じ命の価値は感じ得ないものと言う事。
「精霊が人間の加護者になるのは、人間の為でなく私達の願いの為だからね。私達は君らを憐れまないから助ける必要がない。好きだからこそ、自然の摂理はそのままで見守るんだ。それに反するのは同族に対して人間の力が必要になった時だね」
同族に対して…?
「私は水の精霊を解放してあげたかった。それを人間に託したんだよ。あまり期待はしてなかったがよくやってくれた」
そうか、水の精霊は夢の精霊の為に代償を払い続けていたのだものね
「だから感謝している」
「あなたは人間を恨んだりしなかったの?」
元々の因果は人間が精霊と関わってしまったばかりに始まってしまったとも言える。先ほどの言い分だと、人間のせいでと見下してもおかしくないように感じた。
「どうして?ああ、水の精霊の事なら彼女の意思で人間を愛したのだろう。そこまで踏み込んだ感情を持てない精霊にとって特異な例だが、それは幸せな事だったのではないかと思う。羨ましくも思うが、けれど…終わらせなければならない事だとも思った」
そしてじっとこちらを見ているように花が動きをとめた。
「精霊の加護者の駒として君を利用した事は否定しない。だから選択肢をあげようと思ってね」
「選択肢?」
「契約を解けば君の魂は自由になれる。このまま輪廻に帰る事もできるだろう」
あ、そうか
最初に生き返った時は自分には選択肢はなかった。テオの願いとして無理やり現世に留まらせたに過ぎない。けれど、精霊の願いが成就した今契約を終わらせることもできるのだ。
「それはテオの意志は聞かなくていいの?」
「すでに答えは貰っているよ。君の答えが自分の意志だと」
テオ…
願いが成就した時点で契約を終わらすことも出来ただろうに、わざわざ人間の意思を聞くのを見ると人間に好意的なのは嘘ではないらしい。
エレノアはゆっくり考えた。このままいなくなるのは自然の摂理だろう、元々自分はすでにこの世にいないはずの人間だったのだから。それに、もしまた自分が留まろうとすればテオに精霊の加護者を続けてもらわなければならない。それは人間らしく生きられないことを意味する。
「私は…」
目を開けると、見慣れた部屋の天井が見えた。
えっと…?
自分が使っていた部屋とは違うがここが長年暮らしていた王宮だと言う事はわかる。何があったのか整理しようとするが長い夢をみていたようにぼんやりとしてしまう。
確か、夢の精霊と話して…初代王が出てきて…それで…
もっと色々あったような気がするがどうにも思い出せない。そしてはっとして自分の胸元を見下ろす。自分は直前に刺されたはずだ、けれど痛みすらない事に違和感を覚えた。
「え?傷がない?」
何度も見るが少し赤みを帯びてはいるが、肌に目立つような傷跡が無かった。
どう言う事?私何年も寝てたとか?それに、なぜ助かったのかしら
書記官が手加減してくれたようには思えなかった。あまり長く苦しませないように配慮してくれたのだろう。
ぐるぐる考えていると、かたんと音がして扉が開いた。
「エレノア!起きたの?」
「アリス?」
水や布巾など持っている物から、自分の世話をしてくれていたのだろう。
「良かった!ああ、第三王子にお知らせしないと!いや、その前にエルも顔を見に来たがっていたから…っ」
余程驚いたのか、わたわたと焦るアリスが可愛い。クールな彼女が取り乱す姿はあまり見れないので、よく目に焼き付けておきたい。
しばらくすると入って来たのはアレンだった。
けれど、その姿が予想だにしなかったものでエレノアは言葉を失った。




