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合わせ鏡

朝起きたらすでにテオはいなかった。もしかしたら、自分が寝たらまたすぐに外に出たのかもしれない。


テオはいつ寝てるのかな?


そのまま寝台をおりてはっと気づく。ここは第三王宮で今からひとりで出ていかなければいけない。


怪しい人物って通報されたりしないよね?


流石に侍従の部屋は王子の部屋とはだいぶ離れている。

警備は王子の部屋を中心に固められているので、出入り以外でほとんど会う事はないだろうが何か聞かれたら言い訳を考えておこう。


いつもの時間に起きる癖がついているので、早朝と言えどまだ日も昇りきっていない。今のうちに元の宿舎に戻ろうとゆっくり扉をあけて廊下に出た。


「おはようございます」

「きゃっ」


少し歩き出した時に後ろから声がして、思わず飛び上がった。人の気配などなかったからだ。

おそるおそる振り向くとそこには自分より幼い子供がいた。


リハル…?


彼はアレンの水の精霊の眷属だ。

普段は護衛のように側に侍り、子供だったり大人だったりたまに性別も違う。人間の姿をしてない時もあり、小さな魚の姿でアレンの周りを泳いでいるのを見たことがある。


多分、精霊の一部なのよね


じっとこちらを見ている子供に挨拶を返す。


「おはようございます」

「侍従の部屋から出てきましたね。あの男もとうとう番を見つけたのですか?」


番って…テオの事よね?そんな関係じゃないけど否定しない方がいいかな


「番かどうかはわからないですけど、昨日は部屋に泊めてもらいました」

「へえ」


そう言って近づいてきたリハルがなぜか匂いを嗅ぐような動作をする。


「嘘ではないようです。貴方からテオドアの匂いがする」


ひえっ


少しドン引きしながら引きつった笑いで返す。これまでも掴みどころのない子だなと思ってたが、いよいよわからない。いつもはアレンの側に置物のようにいるだけで、こんなに話すのも初めてみたくらいだ。リハルは少し首をかしげながらよくわからない表情をした。


「どうかしましたか?」

「いえ、気のせいだったみたいです」


一刻も早くこの場から離れたかったエレノアは、じゃあと踵を返そうとしたがさらに続く会話によって引き留められた。


「貴方はなぜ私の事を知っているのですか?」


ぎくりとして目が泳いだ後に、何かしくじったのだろうかと思考が巡る。

とりあえず惚けてみる事にした。


「何の事でしょう?」

「どんな人間も相手が子供だと侮ります。たとえ貴族の子供でも、言葉は丁寧でも目を見れば見くびっているのがわかります。でも貴方は私を上位の者として警戒している」

「……王城に仕える者して貴族に敬意を表すのは当然の事です」


他に何と返せばいいのかわからずに黙っていると、リハルは興味を失くしたようにゆっくり去って行った。


ごまかせたかしら…アレンに何か伝わらないといいけど


どうやって二人が会話をしているのか知らないが、そこまで能弁なわけでもないので余計な話はしないだろうとも思った。テオに獣人の恋人ができたなんてまさにアレンにとってどうでもいい話だ。


もうこれ以上誰とも会わないようにエレノアは自分の仕事場に急いだ。




「もう、びっくりしたわよ!ベスと何があったの?」


仕事場についてアリスが開口一番、事件の事を聞いてきた。アリスにしては珍しく表情が驚いている。


「私もよくわからないんだけど、なんか違法なものを売りさばいてたみたい」

「最近城で物騒な事件が多いわね。第三王子の婚約者の事もそうだし…けれど貴方が無事で良かったわ」


あまり仕事前に長話をしないのもアリスらしい。二人で今日の振り分けの確認をする。


「今日は、掃除ね。そろそろ新年の宴が近づいているから広間や何部屋かを徹底的にするみたい」

「奥の間は入ってないよね!?」

「この前してたからね。けれど噂話はどこにでもあるわよ?」


ぶるぶる震えながら、自分の担当の場所を見ると「鏡の間」と書かれていた。


「アリス!鏡の間って…?」

「ああ、何代か前の王妃が収集家でね。綺麗な鏡を集めていたらしいわ」


けれどエレノアが聞きたいのはそんなことではない。怪談話があるかどうかだけだ。


「怖い話、はないわ」

「怖くない話があるの!?」


がしっとアリスの服を掴むとうんと頷かれた。


「数が多すぎて合わせ鏡になっている場所があるんだけど、そこで片方は未来の姿、片方は真実の姿が映るって言われてるわ。怖くないでしょ?」


怖いか怖くないかで言ったら怖い…


そのままアリスの担当場所は違うようで分かれてしまった。鏡の間では人数が少ないので手分けして掃除をするので、実質持ち場にはエレノアは独りだ。


さっさとやってしまおう


鏡を拭いて小物の埃をとって、順調に進んでいると合わせ鏡のエリアに出た。何枚もあって、噂の鏡はどれかわからないのが救いだ。


うう…


無我夢中で拭いているとやけに綺麗な鏡があった。ピカピカになってちょっと気持ちいい。

後ろの鏡もとても綺麗に映っている。


…え?後ろの鏡?


おかしい。鏡と鏡の間に自分がいるはずなのに写っていない。


そんな事ある?


くるりと後ろを振り向くと、もうひとつの鏡にはちゃんとエレノアの姿が映っていた。

しかし今度は映っているからおかしい。


エレノア姿が、それは獣人になる前の自分の姿だったからだ。


「どういう事?」


聞いた噂は、片方は未来の姿、片方は真実の姿だったはず。ならば、真実の方に自分の本当の姿が映るのはまだわかる。けれど、未来だと思われる方に映ってないのはなぜだろう。


…私はやっぱり死んだのかしら


考えられるのは、未来にいないからと思うのが普通だろう。

そう遠くない未来に自分はいないのか、それともすでにいない扱いになっているのだろうか?


「そっちは終わった?」


よくわからなくて鏡を見つめていると、唐突に声をかけられ現実に戻される。

別の場所を掃除していた召使の少女だった。


「どうかした?」

「あ、えっと」


おろおろしながら自分の目の前の鏡を見ると、今度は獣人の姿が映っていた。後ろを振り向いても同じだ。


「あ、あれ?」

「時間だから帰りましょう。ちょっとくらい終わってなくてもバレないわよ」


そのまま廊下に出ても、まだ鏡の事が頭から離れなかった。


もし、この姿でいられる時間に制限があるなら、あとどのくらい時間があるんだろう?


獣人の姿になるような摩訶不思議な体験をしても、死を身近に感じる事は少なかった。

けれど今回初めて感じたそれは、死が怖いというよりも別の感情が大きかったのに自分で驚いた。

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