23.少しずつ動く計画
「三日目ですねぇ、もうオブラールには着いた頃でしょうか。」
眠ったままでいるシェリーの顔を眺めながら、ロウはそう呟いた。
「若い頃の私なら、簡単に採りに行くことが出来たでしょうけど…」
ロウはどこか遠い所を見ながら、少し黄昏た気分になった。
夕方になり、そろそろ夕食の支度をしようか、などと考えながら薬の整理をしていると、
コン、コンと玄関のドアをノックする音が聞こえた。
「はいはい、今行きます。」
こんな時間にいったい誰が訪ねてきたのだろうとロウは思った。急ぎの用事だったら大声で自分を呼ぶ人達ばかりなので、ノックするのは不思議に感じたからだ。
渡し忘れた手紙を持ってきた郵便官か、それとも辺境の地までパトロールしにきた警備官か、とロウは色々と模索した。
「どちらさまでしょうか?」
ロウがドアを開けると、黒いローブを身に付けた人物が立っていた。
フードを被っているので、顔は確認出来ない。
もしかしたら人ではないかもしれないとも考え、ロウはある程度の距離を保つ。
「こんな時間に失礼します、私はこういう者です。」
ローブの中からゆっくりとした動作で手が出てきた、手には小さい紙を持っている。
その紙に何らかの呪いが施されていないのを確認してから、ロウはそれを受け取った。
「ルード魔導協会、噂には聞いていましたが活動されていたのですね。」
「国王が興味をお持ちになってから拡大を続けております。魔導とは言いましても、まじない程度の研究しか出来ておりませんが。」
黒騎士の事があったので、ローブの男が話す内容はよく考えて判断しないと、とロウは考えた。
「それで、魔導協会の方が私に何の用でしょうか?」
「警戒をされているようですね、別にあなたを殺害しに来たわけではありません。」
「それでしたらフードをお取りになってはどうですか?」
「協会の意に反しますので、ご理解願います。」
「…まあいいでしょう。もし殺意があるのでしたら、暗殺だって出来たでしょうし。」
「ご用件ですが、マイシュチェル殿にルード城へとお越し頂きたいと伺いました。」
「ここでは使用した事がない私のファミリーネームをよく調べましたね。東方にでもいったのでしょうか。それより、なぜ私がルード城に行く必要があるのでしょうか?」
「それはご自身の方が理解していると思いますが。単刀直入に言いますと、マイシュチェル殿がお持ちの力を活用させて頂きたく。」
力というのは刻印術と薬の調合法だろうとロウは考えた。
「なるほど。しかし、この程度の力は大勢の人が持っているはずですよ。」
「いえいえ、マイシュチェル殿の力は、この国にとって不可欠です。」
ローブの男が呼吸の動作すらしていないのを見て、ロウは人形なのではないかと考えた。
「私もルード城下には一度は行ってみたいとは思っています。ですが、この村の医者を務めておりますので、簡単に離れる訳にはいかないのです。」
「それは承知しております。マイシュチェル殿が離れている期間、代わりの医者をこちらでご用意致します。」
「やけに手際が良いですね、すぐに行く必要があるという事でしょうか?」
「そうですね、十日ほど後に迎えを用意します。」
日程まで決まっているので、計画の一部だろうとロウは思った。
「…十日あれば準備は可能とは思いますが、少し回答にお時間を頂いても?」
「わかりました、明後日にまた伺います。それでは、今日はこの辺りで失礼します。」
ローブの男はクルリと後ろを向き、足音を立てずに村の出口へと向かっていった。
「ふむ、何が起ころうとしているのでしょうか。」
ロウは色々と考えながらも、薬の調合を始める事にした。
洞窟を抜け、もう少しで山頂まで三人は登っていた。
山頂付近には麓から見た通り、雪が積もっていて、岩肌が雪に埋もれてしまっているので、足場の確保が難しくなっていた。
それにより、慎重に歩いていたティードだが、既に三度ほど転んでいた。おかげで顔が雪の冷たさで赤くなっていた。
「歩くのも大変だけどよ、雨や雪が降っていなくて良かったよな。」
「そうだな、ウェル達は良い運の持ち主じゃなのか。」
「ルネの美しい容姿に山が惚れたから、サービスしてくれたんだよ。」
「なっ!」
ウェルの唐突な発言にルネの顔も赤く染まった。
「そ、そんなわけ!私のどこが美しいんだ!?」
随分と動揺し始めるルネ。
「それは山の神が判断するんじゃないか。」
その一言で、ルネの表情は瞬時に切り替わった。
「山の神?じゃあ、ウェル自身が思っているのでは無いという事だな?」
「いや、ルネは可愛いと思うぞ。出会った時に見せてくれた笑顔は良かったぞ。」
「!!」
ルネはまた顔を赤く染め、黙り込んでしまった。
「ウェルさん、あまりルネさんをからかったら可哀想ですよ。」
「本音を言っているだけだけどな。まあ、楽しい方がいいだろ。」
「もう知らん!」
などと会話しながら登っていくと、頂上が見えてきた。
「ようやく辿り着いたな。」
「はい、花が咲いていてくれれば良いですけど。」
ラウバはルード城内の謁見の間にある豪華な椅子に座っていた。
謁見の間の壁は鮮やかに彩られたステンドグラスが張り巡らされていて、天井にはとても大きなシャンデリア、床には赤い絨毯が敷き詰められており、部屋を豪華に修飾していた。
「……」
ラウバが考え事をしていると、部屋の入り口から兵士が一人入ってきた。
「失礼します。ラウバ王子、教会からの使いが来ております。」
兵士は背筋をまっすぐに伸ばし、ハキハキと用件を述べた。
「教会?…まあいいや、通して。」
「かしこまりました。」
兵士が教会の使いを呼びに行った数分後、白いあごひげを身に付けた老人が謁見の間に現れた。
それに気付いたラウバは椅子から立ち上がる。
「これはこれは、占法老師殿ではないですか。どうぞこちらに。」
ラウバは老人に近づいて、席に案内した。
「わざわざお越しになられたという事は、ただ事ではないという事ですね?」
ラウバの言う通り、老人の表情はとても険しかった。
「あの計画は延期するべきと考えます。」
老人の声はとても低く、それに濁っているので、聞き取るのが非常に困難であった。
「とおっしゃいますと?」
「先日、計画の実行日を見てみました。その日はラウバ殿にとって、よろしくない事が見えました。」
「実行日は明後日です。既に準備は完了していて、それぞれの根回しも完璧です。今更中止する事は出来ません。」
「私が見たのは、ラウバ殿に何かが刺さっている姿。」
「僕が死ぬっていうのですか?冗談はよしてください。」
「これを信じるか信じないかはラウバ殿次第です。」
「占法老師殿、ジャッククラブがやられたって言ってましたよね?」
「はい、退治したのは三人と思われます。」
「一人増えているのか、まあそれでも相手にはならないと思うけど。」
「ラウバ殿、計画を行うのならば十分にご注意くだされ。」
占法老師は一礼をし、部屋から出て行った。
「…目障りなネズミ達をどう調理してやろうか。」




