21.オブラール山に潜む魔物
「ここからオブラールの登山口になるぞ。」
ウェル達は小屋を出てから二時間ほどでオブラール山の登山口まで辿り着く事が出来た。
オブラール山は、別名「神隠しの山」と呼ばれており、山登りに来た者達が下山する事なく行方不明になる事が多いらしい。
ウェル達はごつごつとした岩壁を切り崩したかのような道を、足元を確認しながらゆっくりと登っていく。
道の幅は人一人分の狭さであり、地面から出っ張っている岩などにつまづき、少しでもバランスを崩すと大変な事故となる道だった。
「こんな道を歩くなんて思ってませんでしたよ。」
「この道はまだ歩きやすい方だ、頂上付近はもっと険しいぞ。」
岩壁に手を当て支えながら恐る恐る歩くティードとは裏腹に、ウェルとルネは普通の道を歩いているかのように軽やかに登っている。
「ティード、足元ばかり見ていると余計な力が入って危ないぞ。」
「そんな事言われましても、歩くの大変なんですよ。」
「ウェルは平気そうだな。」
「色々な経験をしておりますのもので。頂上まではどれくらいなんだ?」
「もう少し進むと洞窟に入る、そこを抜けると頂上はすぐだったはずだ。」
「それにしても今日は天気が良くて歩きやすいな、悪天候だったらまず登れない。」
土の地面なので、雨が降るとどろどろになってとても歩ける様には見えない。
「土もそうだが、岩も濡れたら簡単に滑ってしまい歩けないな。でも、ここは天候が変わりやすい、頂上が綺麗に見えたと考えると、この状態をまだ保ってくれそうだ。」
ときおり吹いてくるそよ風に、ルネは心地よさを感じた。
「一緒に登ってくれて本当に助かる、二人だけだったら今頃どうなっていたか。」
「本当ですよ。」
少し山登りに慣れてきたのか、ティードの歩きもスムーズになってきた。
「山の神にこのめぐり合わせを感謝する事だ、そうすればこれからもきっと悪い事はない。」
「山の神か…」
「あっ、あれが洞窟の入口ですか?」
ティードが前を指差した。指を差した先には、綺麗に掘られた半円型の大きな洞窟が見えた。
「さて、無事に抜けられるといいが。」
ウェルがつぶやく。
「大丈夫さ、私がついている。」
「頼りにしています、ルネさん。」
三人は薄暗い洞窟へと入っていった。
オブラールの洞窟はヘムリット洞窟道とは違い、横並びで歩ける広さが十分にあるが、道の舗装は全くされてなく、先ほどの道よりも大きな岩が多くて歩きづらくなっていた。
普段人が歩く場所ではないため、備え付けの灯り等はない。その結果、少し進んだだけで、前が見えないほど暗くなった。
ルネが携帯している松明を使おうと提案したが、ティードが周囲を照らす魔法を使用し、明かりを発生させたので、その必要もなくなった。
「これはすごい、古代民族なんて初めて会ったよ。」
「もう少し驚くと思ってたんだけどな。」
ウェルは、ルネの驚きがあまりなかったので少し残念に思った。
「古代民族の事はフレッチェルンにもそれなりに伝承されている。私の祖先も魔法が使えていた時代があったらしい。私が使えないのは長い年月が経ったからだと思っている。」
「僕の民族も昔はたくさんいましたけど、今ではほんの一握りになってしまいました。」
「多くの民族がブライグロム宗を信仰してしまった結果だよな。」
ブライグロム宗とは、皆が不公平のないよう平等の世界を作ろうとしている宗派である。
この宗派の長が「魔法使いは悪魔の化身である」と信仰者に伝えた事が起因し、魔術を使える人達がたくさん処刑されたという史実がある。
そのブライグロム宗は度重なる問題により、今は細々としか残ってはいない。
「平等な世界というのはいつまでも来ないと思うが…。それでも、自分達が幸せと感じられる程度に暮らしを充実させていけばいいだけだ。悪事に利用さえしなければ、ちょっと変わった事が出来る人、みたいな認識になってくれると思う。」
「そうですね、僕達がそういう世界にしていかなくちゃいけないですね。」
「それも長い道のりに感じるなぁ。」
ため息混じりで話すウェル。
「自分が正しいと思った方向に行動する事が重要だ。何もしないままいたら駄目になる。」
「そうですね。よぉし、頑張るぞ。」
「んっ?ちょっと待て、空気が変わった気がしないか?」
三人は歩みを止めて辺りを確認する。特に変化は見られないが、少し潮の香りを感じる。
「確かに変だ、嗅いだことのない匂いがする。」
ルネは刺激を感じたのか、鼻をつまんで話す。
「それに、ちょっと揺れていますよ。」
次第に地面の揺れが大きくなってきたので、三人は壁に寄りかかって様子を確認する。
「いったい何なんだ!」
「あそこの壁が崩れそうだぞ!」
十数メートル先の壁が突然崩れた。その中から、大きな物体が現れた。
「うわぁ!」
ティードは大きな叫び声をあげる。
「大きい…見た事もない生き物だ。」
少し口を開け、唖然とするルネ。
「こいつは…エビ族の類だな。」
大型生物の身体は赤茶色で硬そうな殻で覆われており、両腕に大きなハサミを構えていた。
その体格はまるでザリガニを大きくしたイメージである。体長は五メートルほどもあり、大きな目がウェル達を見下ろしていた。
「エビというのか?」
「海でよく見れる奴さ、海に行った事がないルネが知らないのも当然だ。」
「そんな会話している場合じゃない気がしますよ。」
エビ型生物はじわじわとウェル達に近づくと、右のハサミから水を勢いよく噴射させた。
「うわっ!あぶねぇ!」
三人は水砲の流れをよく見て、それぞれ回避行動をした。
「今のに当たったら、骨折するかもな。」
さらにエビ型生物は口から大量の泡を噴く。ウェル達は泡もかわすが、泡が当たった箇所は少し溶け出した。
「酸性の何かでしょうか、恐ろしい。」
三人は少し後退して体勢を整えることにする。ウェルは弓矢を、ルネはナイフを構えた。
「そうだ、ティードは攻撃魔法は使えるのか?」
「ええ、それなりには。」
「よし、じゃあ私が奴を撹乱させる。その隙を狙って、奴に魔法をぶつけてくれ。私のナイフじゃ傷を作るもの困難だろうしな。」
「目を狙えばいいんじゃないか?」
「あそこまで突撃できると思うか?」
ルネはウェルをじっと見た。その視線を無視して、エビ型生物の目を見ているウェル。
「いいや、登りきる前に振り払われるだろうな。」
「あんたの矢なら可能だろう?」
「まあ、できる限りの事はやってみるさ。ティード、でかいの頼むぞ!」
「分かりました!精一杯やってみます!」
エビ型生物はウェル達の目前まで接近してくると、大きなハサミを頭上高く振り上げた。
「さぁて、話している時間は終わりだな。」
「来るよ!」




