20.それぞれの思惑
「それで、邪魔が入ったから呪術を使ったのか。まあ、あの呪術は解ける事はないと思うけど。」
「女を仕留める事も可能でしたが、私がやられる危険性もありました。捕らえられて計画を知られてしまってはいけないと思い、自分を守りつつ、術を使いました。」
二人の男が豪華な部屋で立ち話をしている。一人は黒い仮面の男で、もう一人は茶色の長髪で二十歳前後の容姿をした若者である。
窓はカーテンが閉じられているので、外からは二人の様子は見えない。
若者は綺麗な刺繍がたくさん縫い付けられた服を着ていて、胸にはルード国のシンボル「槍を咥えた獅子」が描かれたエンブレムを付けていた。
「なんか言い訳に感じるけど、君の失態には違いないね。ヴォルネクスの紋章を身に付けて行動しているなんてとんでもない。ヴォルネクスは小さな組織じゃないんだ、ちょっと知識のある者は大体知っている。ルードに組織の者がいてはまずい事はわかっているよね。今回は気付かれなかったと思うけど、慎重に対応するんだよ。」
「申し訳ございません、気を付けます。」
仮面の男は片方の膝を床に付け、深々と頭を下げた。
「いよいよ第二段階に入るよ。黒騎士、例の物は用意してあるよね?」
「はっ、失敗した時に備えて十分に確保しております。」
「僕の計画が失敗するなんてあるはずない。それに失敗する事は許されないんだからね。」
「承知しております。」
「まあいいよ。もう少しで大陸中をこの手に治める事が出来る、楽しみだよ。」
若者はニッと微笑んだ。
「じゃあ、ルネさんはこの地域でずっと生活をしているのですね。」
ウェルが先頭を歩き、ティードとルネは後ろから横に並びながら歩いている。
山に近づくにつれて坂がきつくなってきているので、歩くスピードも少しゆっくりになっていた。
「そうだ。言うのも恥ずかしいが、ムシャールには行ったことがない。」
「まあ、あっち方面に用事がないなら普通だと思うぜ。」
ルネは農作物を育てたり、狩猟をしながら育ってきたとウェル達に話す。
「でも、他の街へ行ってみたいと思う事はないのですか?」
「そんな事を考える余裕もなかった、生きていくだけで精一杯だったからな。でも、ルードに行くだけで十分な刺激になるぞ。」
「ルードは今も相変わらずなのか?」
その言葉を聞いたルネは、少し険しい表情になる。ティードは何の事なのか検討もつかない様子である。
「ああ、定期的に国の使いが村に来ては、高い税や農作物を要求してくる。何度か城下へ行って抗議に出たが、門前払いで聞いてくれさえもしなかった。」
その一言はティードにストレスを感じさせた。
「自分達で育てた農作物まで奪っていくなんてひどいです。王都の近くになるほど厳しく聞こえます。」
「そうだな、俺達の村まで手が伸ばすのが面倒なんだろう。もっとひどい所は奴隷に連れていかれたりする。」
「今はこの現実に耐えるしかない。いつか良い日が来ればいいのだが。」
「大丈夫です、願いはきっと伝わります。」
ティードの言葉に対し、ウェルとルネは少し笑った。
「何ですか?僕おかしい事言いました?」
「いや、世界中の人がお前みたいな奴だったら平和なのにな、と思っただけさ。」
「同感だ。」
「なんか、からかわれている気がします。」
「その考えでいいんだよ。おっ、森を抜けたな。」
目の前には、今まで見てきた景色とは違い、ごつごつとした岩肌が見える道が広がっている。
奥の方には綺麗な三角形の山が見え、頂上には少し雪が積もっていた。
「あれがオブラールだ。ここから更に道が険しくなる、気合入れていくぞ。」
「はい!」
ルード城の城壁に大きな動物が居座っていた。その横に二人の兵士が立っている。
「こいつがあのシャピオンっていう奴か。」
「そうみたいだ。小型でも竜は竜だから、近くで見ると危険極まりないな。」
シャピオンと呼ばれたこの動物は翼竜の仲間で、大きな翼と爪を持ち、それに固い皮膚で覆われている。
体格は二人乗りの馬車と同じくらいの大きさで、二、三人は背中に乗れそうである。
シャピオンは周辺を鋭い眼光で見渡しながら、主の帰りを待っている。
羽を閉じてじっとしているが、すぐに襲い掛かれそうな体勢をしていた。
「こいつにあの女が乗ってきたんだよな。今度は何を企んでいるのか、ラウバ様は相手にしていないのに。」
「今回は手ぶらだったな。どんな身分なのか詳しく知らないが、今はムシャールに住んでいるはずだ。」
「噂によると、貴族じゃなくて農家の娘だって話を聞いたぜ。なんでそんな奴がラウバ様と話せるのか…」
「そうなのか、謎が多い女だな。」
二人の会話が退屈だとでも言うように、シャピオンは大きなあくびをした。
「聞いているのか、ラウバ?」
「もちろん聞いているよ。」
小さな部屋で二人が椅子に座り話をしている。一人は黒騎士と話していた若者で、もう一人はアルネアである。
「直接会って感じとってみたが、小僧の方は古代民族の魔力に近いと感じた。あの小僧も計画に関係があるんじゃないか?」
机の上には、金色の模様が描かれたカップが置いてあり、中にはコーヒーが入れられていた。
「ない事もないけど、あの子の魔力は女の子に比べて大した事がない。特に興味がないよ。」
「あいつはまだトランスしていないだけじゃないのか?だとしたら後々厄介になるぞ。」
「どうせ、アルネアがここにやってくるように手をかけたんだろ。その時に始末する考えだよ。」
「……。」
ラウバとアルネアは全く表情を変えずに、真っ直ぐに相手の目だけを見ている。
「計画は第二段階に入る所か?」
「そうだよ、それが完了して第三段階に入る事が出来れば、メルクルスを奪おうと考えている。」
「私は戦争が嫌いだ。もっと他の事に使おうとは思わないのか?」
「君も見たように、あれは兵器に使うのが一番効率いい。じゃあ何?あれで経済をよりよくするための道具に使ったらいいと思っているの?」
「そういう使い方のほうが、大陸中の信頼を得られるはず。」
「そんな優しい世界、僕は望んでいないよ。アルネア、田舎街に住んでおかしくなったんじゃない?」
「お前こそ、昔と全然違う。わかった、そこまでの意志ならば私はもう何も言わない。」
アルネアは席を立ち、ドアの方へ向かう。ラウバはじっと座ったままだ。
「お前は…。」
アルネアは小さな声を出す。
「ん、何?」
「お前はこの世に存在してはいけない、覚悟してもらう!」
アルネアはさっと振り向き、ラウバに向けてナイフを五本投げつけた。ナイフは真っ直ぐラウバに向かうが、ラウバが手を前に出し、それぞれを弾き飛ばす。
「やれやれ、僕とやろうというのかい?」
「私も一度は、この国の政治に関わろうとした女だ。国が悪しき道へ歩むものなら、私は正しき道へと戻す役目がある。」
アルネアの右手には白い剣が構えられていた。それは鋼のような金属ではなく、炎のようにゆらゆらと揺れていた。
「アルネアは理解してくれる人だと思っていたよ。でもそういう考えなら仕方がないね。」
ラウバの右手に黒い鎌が現れる、その鎌はラウバ自身の背丈くらいの長さがあった。
「久しぶりにこれ使う事になるなんてね。さあアルネア、別れのダンスを楽しもう。」
「楽しむ余裕など持たせない!!」
ラウバがにっこりと笑った瞬間、アルネアは突風のような勢いでラウバへと向かっていった。




