15.ウェルの家族
ディズオールからセインジュまでは、砂漠と荒野しかない道程である。
セインジュに着くのは四日はかかるとロゼスは言っていたが、ウェルは速足で歩き続けたので三日目の夜に着いた。途中の村で寝泊りしただけで、ほとんど休憩をしていない。
「ここがセインジュか、ディズオールと全然雰囲気が違うな。」
ディズオールは土を固めた様な家が多かったが、セインジュはレンガを積み立てて建てられた家が多く見られる。
夜になって時間も経っているので、通りを歩く人はほぼいない。
街の入口でも門番を見かけなかった。よっぽど平和なのか、他に対策をしているのだろうか。
民家の明かりも点々としか灯っていない。しかし、街の中心に見える背の高い建物は、幾つものランプに照らされて、幻想的な光景を映し出していた。
「あれが中央教会か。さてと、とりあえずは寝る場所だな。」
ウェルは街の中央通りを警戒しながら歩いた。何人か街の人とすれ違うが、どの者も頭にフードを被っていて顔を見る事は出来なかった。ただ、視線は感じた。
「フードを被っているのは何か理由があるのだろうか。俺も溶け込んだ方が良いかもな。」
脇道に入ると物置みたいな小屋を発見したので調べる事にした。小屋には鍵がかかっているが、簡易な種類の鍵だったので、針金を使ってあっさりとドアを開ける事ができた。
「失礼。」
ウェルは警戒しながら中を覗いた、小屋の中は真っ暗で人の気配はない。
中にはバケツやモップなど、掃除に使いそうな道具が置かれているが、人が何人か横になれそうなスペースもあった。
「本当はまともな場所で寝たいけど、お金はなるべく節約しないと。」
ウェルはリュックの中から小型のランプを取り出すと、マッチを使って火を付けた。
見渡すと牧草も置いてあったので、ウェルは牧草の上に木の板を乗せて寝る事にした。
「ヴェルクード、一体どんな奴だろう…」
ランプの火を消して目を瞑ると、ウェルは深い眠りへと落ちていった。
いつもと違う臭いがするので、気になってパッと目が覚めた。
周りを見ると、部屋中が炎に包まれていた。
「な、何だ?」
とにかくここから逃げなくてはと思ったが、部屋の入口は炎で塞がっていて、近づく事も出来ない。
窓から飛び降りようと考えたが、ここは四階で周囲に木や草などのクッションになりそうな物もないので、無事ではすまないと考え、あきらめる事にした。
「父さん!母さん!」
必死に声を出して呼びかけるが、返事は返ってこない。
このままでは焼け死んでしまうと思い、少し気持ちが動揺してきた。だが、今の自分にはどうする事もできないのを痛く感じた。
炎はじわじわと部屋の中へ広がってきており、そう長くはもたない雰囲気だった。
何か良い方法がないかを必死に考えながらベッドで座っていると、部屋の外から声が聞こえてきた。
「ウェル!大丈夫か!」
聞き覚えのある声だった。声は次第に大きくなり、部屋のすぐ向こうまで近づいてきた。
「ウェル、生きているか!?」
「父さん!大丈夫だよ!」
「待ってろ、すぐに助けてやるからな。」
次の瞬間、バンと音を立てて、勢いよくドアが部屋の中へと倒れた。
部屋の外には、あご髭を生やしてがっちりとした体格の男が立っている。手には大きなハンマーを持っていた。
「ウェル!」
ベッドの上に少年がいる事に気づいた男は、炎を布で払いながら近づいてきた。そして少年を抱きかかえる。
「父さん、無事だったんだね。」
少年は男の体に小さな傷がいくつもあるのに気づいた。倒れた家財などで傷ついただけだろうと思った。
「ああ、だが母さんは…」
言葉の内容を理解したのか、少年も暗い表情になった。
「とにかく、今は逃げるぞ!」
「うん!」
男は少年を抱き上げ勢いよく部屋を出る。廊下に出ると、他の部屋も炎に包まれているのが分かった。
階段を駆け降り玄関口まで来ると、家の外に男が立っているのが見えた。
黒いローブで身を包んでおり、あまり容姿は分からないが、黒色の長髪が特徴的だった。
「な、なぜここが分かった?」
少年を抱えた男は驚愕し、凍りついたように固まった。相手の男がよほどの手練れなのかと少年は思った。
「父さん?」
「そんなに驚かなくても、少し調べただけですよ。平和に過ごせると思ってたのが不思議です。」
玄関口に立っている男は淡々と話す。
「だからといってリィゼを巻き込む必要はなかっただろう!」
少年を抱えた男は怒りを黒ローブの男にぶつける。
「あなたが奥様に何かを言っているかもしれないので、どちらも始末する必要があります。知りすぎたんですよ、あなた達は。」
「貴様らは、あんな事をやっていても良いと思っているのか!?」
「この国が繁栄する為には必要な事です。」
黒ローブの男はゆっくりとした動作で片手を挙げた。そして小さな言葉で何かを呟き始めた。
少年は二人のやり取りを、ただ見ているだけしか出来なかった。
「これでさよならです、ホーリーフェンネル!」
黒ローブの男は挙げた手を二人に向けた。手のひらから棒状の光がいくつも発生し、二人を目がけ飛んできた。
「ウェル、必死に生きるんだぞ!」
「え?」
男は抱えていた少年をおろして自分の後ろに立たせた。そして光の方に向きなおし両腕を横に大きく広げた。
棒状の光は次々と少年を抱えていた男に刺さっていく。
「うぉおおおおお!!」
刺された男は、大きなうめき声を上げて床に倒れた。男に刺さった光はまるで存在がなかったかのように消えていった。
「と、父さん?」
倒れた男の身体に触れるが、男はピクリとも反応しなかった。少年は男が死んでいる事をすぐに把握した。
少年は立ち上がり、黒ローブの男を睨みつけた。
「そんなに恐い顔をしないでください、あなたの命までは取りません。でも、ここで見た事は忘れてください。でないとあなたにも危険が及びます。」
「……。」
「それでは失礼。」
黒ローブの男はひらりと身を翻して去っていった。
少年はもう一度倒れている男に触れた。
「父さん、父さん…」
少年の顔には涙が溢れていた。
「僕、父さんの敵を打つよ。必死に生きて、あいつをやっつけるよ。だから父さんは安心して眠っていてね…」




