11.王都への疑惑と二日目の出発
「ああ、ミシャールさん。」
女性はミシャールに近づいて顔に触れる。女性の表情はどことなく落ち着きがないように見える。
「こんな時間まで起きていたのか。」
「皆様が心配で眠れませんでしたので、怖いと思いながらも様子を見にきました。」
そういう女性の姿は使用人の服のままだった。
「ミシャールさんは何をしようとしていたのでしょうか?」
「まだはっきりとしていない、意識が戻ったら詳しく聞かせてもらうつもりだ。」
「よろしければ、あなたの名前を聞いても良いですか?」
女性は目を少し見開き、手を口に当てた。
「まだ名前を言ってなかったですね、申し訳ございません。私はリネア=ハーレットといいます。」
「リネアさんですね。ミシャールさんは闇魔術を行っていたようです。」
「闇魔術ですか、そんな事をして何をしようと。」
リネアはまだ落ち着いていない様子だ。
ウェルは何か隠し事でもあるのかと思ったが、気にしない事にした。
ガタッと音がしたので三人はミシャールの方を向く。
「ようやく起きたな。」
ミシャールは目を開くと周囲を確認した。
「そうか、やられたんだな。」
ミシャールはウェルを睨みつけるが、戦う意思は無さそうだった。
「おとなしくなったな、さっきの威勢はどこにいったのやら。」
「事が失敗したんだから、今更あがいても仕方がない。」
「まあいい、ミシャールといったな。何故こんな怪しい事をやっていたんだ?」
ウェルは机上にある白い紙を指差す。
「私は願いを叶えたかっただけだ。」
「願い?」
「…父の病を治そうと。他に理由はない。」
「ミシャールさんのお父様は医者もわからない病気と聞きました。」
ミシャールはリネアの声に反応し、リネアが立っている方に顔を向けた。
「リネア…。」
ミシャールの目は憎しみをこめて睨んでいるように見える。
「なるほど、不治の病を治すために闇との契約をしようとした訳だ。こんな危険な事をして、他に方法がなかったのか?」
「それは、私の勝手だ。」
「闇魔術はどこで知ったのですか?」
「王都に居た時、怪しげな男から方法を聞いた。」
「ふ~ん、どんな姿だったんだ?」
ウェルはミシャールの言葉に嘘がないか、探りながら聞いていた。
「確か…、黒いローブを全身に纏っていて顔がはっきりと見えなかった。手に紋章みたいな印が付いていたのは覚えている。」
「紋章ですか、その紋章の形は覚えていますか?」
「いや、黄色い印だったとしか、覚えていない。」
「そいつとはどの様に会ったんだ?」
「外を歩いていたらいきなり声をかけられたんだ。「君の願いを叶えられるかもしれない。」と。」
「とても怪しい方ですね。」
「私もそう思ったが、内容を聞いているうちに試してみたくなった。」
「そいつとは何回か会ったのか?」
「いや、それっきりだ。その時に呪文の紙を渡された。」
「なるほどな、ある程度は分かった。もう暴れないな?」
ミシャールはこくりと頷く。
「じゃあ縄をほどいてやるよ。」
ウェルは素早く結んだロープを外した。
「闇魔術は自身にも危害が及ぶかもしれません。今回は契約前だったので中断したようですが…。」
「そうだな、怪しい事はしない事にするよ。」
「病気だったらいい人がいる。東洋から来た奴で、色んな治療法を知っている。治せるかはわからねぇけどな。」
ミシャールの口角が少し上がった。
「ありがとう、期待しておくよ。」
「あの、話がまとまったようなので、そろそろお部屋に戻りましょう。サグラド様のご迷惑になるといけないですから。」
サグラドという名は老人の事ではないとウェルは気づいたが、気にしない事にした。
皆で書物室を綺麗にして、それぞれの部屋に引き上げた。
「ミシャールさんが言っていた紋章ですが、僕は見たことがあると思います。」
随分と夜も更けているが、すぐには眠れそうになかった二人は少し話す事にした。
「そうか、俺はないな。」
「それと、あの闇魔術ですが、あの儀式を行う事で魔界と繋がってしまうと思われます。」
「魔法だったり魔界だったりと、この世界には恐ろしい事が多すぎる。」
「深淵の執行者との契約前で本当に良かったです。遅かったらどうなっていたか…。」
「あんな簡単に闇魔術が行えるって事は、王都はもっと危険そうだな。」
「そうですね、情報はいち早く知っておくべきですね。」
「色々と準備しておくにこした事はねぇな。さてと、ちょっと寝るとするか。明日も長い時間歩くしな。」
「はい。」
ティードはこれからどんな体験をするのだろうかと、不安や期待が入り混じっていた。
ウェルとティードが眠りについた夜明け前、洋館の一室で女性二人が向かい合って話していた。
一人はリネアで、もう一人は青い短髪が特徴的な、背が高い女性である。
「今回は失敗させる事が出来て良かった。ミシャールがどこまで知っていたかは知らないが…。」
「はい、私達で解決してもよかったですが、いいタイミングでした。
あの二人はなかなかの腕を持っているようです。若い方は闇魔術を少しは知っています。」
「私も中庭から少年を見た。闇魔術を知っているという事は、そいつの方が気になるな。」
「アルネア様、黒騎士が村で出会った狩人は、あのウェルという方で間違いないかと。」
「そうか、少女を助けようとしているのだな。少し仕事を増やしてやるとするか。」
「王都に行かせるのですね?」
「そういう事だ。では、図書館でウェルという奴とコンタクトをとる事にする。」
「かしこまりました、準備をしておきます。」
「頼むぞ。」
翌朝、ウェル達はこの日中に洞窟道を抜けようと考えていたので、洋館を朝早くに出る事にした。
洋館の門では、昨夜食事を共にした老人と使用人が二人を見送りにきていた。
「世話になった、また何かあった時はよろしく頼む。」
「泊めて頂いて、本当にありがとうございました。」
ウェルは片手を軽く上に挙げて、ティードはペコリとお辞儀をした。
「いえいえ、困った時はお互い様です。またぜひお立ち寄り下さい。」
老人は使用人をチラッと見た使用人はウェルの方に近づく。
「ウェル様、こちらは国立図書館への行き方を書いた地図になります。」
使用人はウェルに一枚の紙を差し出した。
相手に不快感を与えない最適な動作をして手渡す使用人、ウェルは紙を受け取る。
「何から何までありがとよ、また会おう。」
「お気をつけて、旅のご武運を祈っています。」
ウェル達は洋館の人達に軽く会釈をして、広場へと歩き出した。
「そういえば、ティードが中庭で見かけた女はミシャールだったのか?」
「いえ、ミシャールさんみたいに髪は長くなかったと思います。誰だったのでしょう。」
ティードは首を少し左に傾けた。
「まあ、その女が何をしていたのか分からないが、深く考えるのはよそう。
それよりも国立図書館だ、この国ができる前の事を調べないとな。」
ウェルは貰った地図を取り出す、そこには広場を中心とし、町全体が描かれていた。
図書館の印以外にも、所々に施設名称が記されている。
「えっと、図書館はパン屋がある道に入って二つ目の十字路だな。」
そういうとウェルは辺りを見回す。記載しているとおり、広場の角に小さなパン屋があった。
「あの道を行くんだな。よし、行くぞティード。」
「はい。」
今日の空も晴れており、青く澄み渡っていた。




