10.闇との儀式
「…ケイムデスラヴェスソルコイロネイレ、フネルコルデガスウェトイロホーム…」
しばらく様子を窺っているが、ミシャールと思われる女性が唱える呪文らしき言葉は延々と続いていた。
「長い呪文だな。ティード、この呪文は何の種類か分かるか?」
「いえ、闇魔術の一種とは思いますが…。」
「闇魔術?こんな所でそんな事をする必要があるのか。」
ドアから中を覗き込んでいる二人は小声で話す。
あまりにも長い呪文のため、ウェルのイライラは積もっていた。
「さて、どこで仕掛けるか…。」
「あ、周り火が青くなり始めています。」
さっきまで赤かった机に上にある蝋燭の火は、じわじわと色を変えて青へと変化していく。
「奇妙な光景だな。この呪文は怪しすぎる。」
「…ヘカネムリヤストコブサ、フィゼンコトクウェラ。」
呪文の詠唱が終わったのか、女性の口が止まった。
同時に机上の紙が黒くなり、紙上に青い炎が浮かび上がった。
「何だあれ!いったいどうなってやがる。」
「ウェルさん、気付かれてしまいますよ。」
ティードはウェルの方を向き、人差し指を口に当てる。
どこからかウェルでもティードでもない、男性が放つ低い声が聞こえてきた。
「我は深淵の執行者、汝は我に何を求めようとする?」
重量感がある低い声は、小さい書物室中に広がる。
声は青い炎から聞こえてくる。
「呪文が成功したっていうのか?」
「私の名はミシャール=ケイドス。望みは闇との契約です。」
女性は青い炎に向かって話し出した。
「闇との契約には生贄が必要だ。汝はそれを我に与える事が可能か?」
「はい、三日中に用意いたします。」
「よろしい。生贄が用意出来た時、また我を呼び出すといい。」
「かしこまりました。」
「こいつは…いよいよやばい雰囲気だな。」
「僕もそう思います。それにしても闇の執行者とはいったい…」
「汝の望みは聞いた。次は男二名の望みを聞こう。」
「!」
ティードはその言葉に驚き、飛び上がってしまいそうだった。
「そこに誰かいるのか!」
ミシャールはドアで覗き込んでいるウェル達の方を見た。
「ばれてしまったら隠れている理由はねぇな。」
ウェルは書物室の中へ入り、ミシャールとの距離を十分に空けて立ち止まる。
それに続き、ティードもウェルの後ろに立つ。
「何だかわからねぇけど、お前がしている事は相当危険に見える。」
「お前らは…食堂で見た客人だな。」
ミシャールは相手を威嚇するように、鋭い目つきでウェルを睨んだ。
「俺達が今日ここに来なかったらばれずに済んだかもな。」
「何故、貴様らがここにいる?そうか、誰かが告げ口したんだな。」
「これは闇魔術ですよね?なぜこのような事を。」
「貴様らに話す義理は無い。」
「とにかく危険だという事は分かるから、もうやめてもらおうか。」
ウェルはじわじわと距離を詰めていく。
「知られてしまったら仕方がない、覚悟してもらう。」
ミシャールは背中でエプロンを結んでいる大きなリボンから、刃長20センチ位のナイフを二本取り出した。
「あぶねぇ物を持ってやがる。」
「あなたは先ほど中庭で何かをしていましたか?」
ティードの質問にミシャールは目を見開く。
「貴様らに答える筋合いはない!」
ミシャールはウェル達に向かって走り出し、ウェルの胸めがけてナイフを突き出した。
ウェルはミシャールが持つナイフの先をじっと見ながら横に身体を捻り、ミシャールの突進をかわす。
かわした勢いでウェルはミシャールの背後に回り込み、勢いよく足払いをする。
ミシャールの身体は簡単に浮かび上がり床と平行になる。
すぐさまウェルはミシャールの足を掴み、書棚の方に投げた。
ミシャールは頭を押さえるが、書棚に衝突する。
「ぐっ!!」
ミシャールは背中を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「すぐに立てるとはね。でもその程度じゃ俺には勝てねぇよ。」
「黙れ!!」
再びミシャールはウェルに突進し、ナイフを横降りする。
ウェルはミシャールの手の動きに合わせてしゃがんで、攻撃を避ける。
そして、力を込めてミシャールの腹部に拳を叩き込んだ。
「うぐっ!!」
声にも無らないようなうめき声を上げて、ミシャールはうつ伏せで床に倒れた。
「さすがに立てないだろう。」
「ウェルさんすごいです、体術も出来るんですね。」
ティードは倒れたミシャールに近寄る。机上の紙を見たが、青い炎は既に消えていた。
「こいつが戦い方を知らないだけさ。接近戦なんて本当はしたくない。」
ウェルはミシャールを持ち上げて、椅子に座らせた。
そして、用意していたロープで彼女の身体を椅子に固定する。
「これで抵抗できないだろう。」
「起きるまで待ちましょうか。」
少しの時間待っていると、入り口の方で足音が聞こえた。
足音に気付いた二人はドアの方に向く。
「あ、あなたは。」
書物室の入り口には、ミシャールの事を教えてくれた女性がいた。




