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1.パワフルな御息女

 「何時如何なる時にも品位と品格を持って然るべし」

国の中でも古い家に数えられるアールパード家にはこの様な家訓が掲げられていた。

清貧を是とし、深い思慮のもとで正道をゆく彼等を讃えるものはあれど、嘲るものはこの国にいないだろう。


仲睦まじく互いを思い合うこの家には少ないながらも領地があり、中立を謳って領内の平和を維持している。

山岳地帯とその谷間を中心に領地が広がっており、国の中央への政治的参画は殆どしないという…


領民からも慕われ、夫婦仲も良い。誰がどこから見ても文句の付けようがない、現当主とその夫人の間に一人の娘が居た。

名前をヘンリエットという、両親の愛情たっぷりに育てられた少女、

周囲の人々から彼女の評判はというと…大方同じだった。

「彼女はとても…力強いというか…パワフルだね。」

深い思慮と判別で知られるアールパード家において彼女は異質であり特別である。


「おっはよーごさいまあーす! 本日も晴れやかなるお日柄ですわ〜!」

噂をすればなんとやら、御屋敷に鳴り響く挨拶と床を叩く様な足音が彼女の朝の風物詩である。


朝一番に起きて晴れた日には必ず屋敷中のカーテンを開けていくので皆彼女のモーニングコールを聞いて目を覚ますのだ。


「やぁ、おはようヘンリエット。 今日もよく眠れたかい?」

「おはようございますっお父様! もっちろん熟睡に快眠でしたわ! わたくし夜明け前の澄んだ空気が素敵ですの!」

父と母の寝室に自由に出入り出来るのも朝のヘンリエット位だ。

ゆっくりとベットで上半身を起こした父はヘンリエットに優しく声を掛ける。

「それは良い、朝露の煌めきと紅蓮に染まる山肌はいつでも見られるものではないからね」

「それはまた明日早起きする理由が出来てしまいましたわ

お父様!」

「そうかい?それは良かったねヘンリエット、早起きをする子は運気二倍になるんだ。」

それはそれは!と感心するヘンリエット、朝の時間は貴重な親子の会話の機会でもある。

父にとっても子にとってもそれは同じ様だ。

「お父様、お母様はまだ夢の中に旅立たれていますの?」

隣のベットから微動だにしないシーツの塊を見てヘンリエットは父に聞く。

「ふーむ、母さんは昨日遅くまで何かしていた様なのでもう少し寝かしておいてあげてはどうかな?」

「しょーちいたしましたわお父様、それではご機嫌よー!

他の方々を起こして参りますわあーー!」


蝶番が吹き飛ぶ程の大きな音を立てて勢い良くドアを開けて

ヘンリエットは他の部屋へと駆け出していく。

「おやおや、ヘンリエット! 物事は投げたまましないことだよ、ちゃんと終わらせなさい」


見えなくなった背中に父が言葉を投げかけると少ししてから開けた時とは一転して静かに木の扉は言葉なく静かに閉じられるのであった。

よしよし、良い子だ。

父は小さくそう呟いてベットの中でくすくすと小さく笑う最愛の妻を寝かせておく。

ああにもなって加減を覚えたのは良い事だ。蝶番は吹き飛ばないし、カーテンは都度剥ぎ取られない。


前々から大きく叱る様な事は極力避けてきたし、自分からの言葉はあくまでもその一因に過ぎないとヘンリエットの父は自覚している。

それなら何故私の娘の力任せに振る舞う行動が減ったのか…アールパード家当主のちょっとした疑問だった。


勝手に加減を決める様になったのか、それとも自覚のない行動なのか…

そもそも人並み外れた力を兼ね備えいるのは何故かという疑問もあるが、それは今に始まった事ではない。

記憶にあるだけのエピソードだけでも10個はある。


自身と自身の家の人間にしても同じ様な腕力を備えた者は居ない。自分達がヘンリエットと名前をつけた最愛の娘は一体何者なのだ…

頭の中で考えてじわりとした悪寒が走る時があるが精々深酒をした時くらいだ。

お買い物普段はただの愛くるしい愛娘、物を壊す事以外は大目に見ている。

今年の「記録」は絶賛更新中なのだが、記録とは「物を壊していない」記録の事で毎日更新がされている。

ヘンリエット自身の考案で一年前からカレンダーに当主が毎晩寝る前に記録を付け、失敗する度にヘンリエットは数日間落ち込むを繰り返す。

因みに今日で45日目で何事も無ければ一ヶ月半経過し「あらーーっ!?」

これは… 最長記録が途切れた予感がするね、壊したものにもなるけれど叱責して良くなるものでもないだろうし…


アールパード家当主は短い溜息を吐いた後でゆっくりと寝室から声のする部屋へと向かう、

「ヘンリエット、大丈夫かい?怪我は何か痛めたりはしてないか? 」

屋敷は二階建てで何部屋か使っていない部屋もある。

恐らく給仕を起こしに行ったのかと思ったのだが…

「お、お父様こちらですわ〜」

想像したよりも近くでぺたんと膝を折って座り込んでいる愛娘の姿があった。

力のない声で助けを呼ぶヘンリエットへ駆け寄りつつ、状況を分析する。

周囲に物が散乱している訳でも無く、怪我をして痛がっている様子もない。

最も擦り傷程度は小さな頃からよくつくって外から帰ってきたのでその位では狼狽えないはずだ。  


「ヘンリエット、どうした?」

「お父様っ!いえ、大した事ではございませんの!

ただわたくし驚いてしまって急に現れたものですから…」

立ち上がり、スカートについた埃を払いながらヘンリエットは言う。

だが、父の目からは娘が驚いて腰を抜かしてしまう出来事が起こったとは思えない。

何故ならヘンリエットと父の前には誰も居ないのだ。

「急に現れてヘンリエットが大きな声を上げてしまったから何処かにでも逃げてしまったのかな?」

父は娘に優しい声で話す。

「お父様、あの…そうではありませんわ、私を驚かせた方ははもといた場所に帰りましたので!」

ヘンリエットの話が見えてこない、この場にやはり誰か居たのだろうか。

「お父様のお手を煩わせる事ではございませんの、これはほんとーでしてよ?」

父はヘンリエットがこれ以上話すつもりがないのなら深入りするのは止めた方がいいと判断する。


「ただ…何かを壊した時はそのものよりヘンリエットの方が心配だからその場で話して欲しいからね」

「お父様…! そちらのお話は月一ペースでお話しされておりますので耳たこでしてよ?」

ヘンリエットはさらっと言葉を返す、壊したものよりも物を壊してショックを受ける愛娘への心配が勝るのだから父は娘を溺愛していると言えるだろう。


「おや?そうだったかな? 」と父は愛想笑いで切り返す。

「ああ、いけませんわ! わたくし家の者を起こして回る起床大臣ですので! それではお父様また後程!!」

言葉の勢いそのままヘンリエットが振り返ったのだが、彼女はその場でビクッとしたっきり固まって動かない。


そう、高潔にして豪傑にして即決なヘンリエットにも苦手なものの一つや二つあるはずなのだ。

ひとたび視界に入れば立ち往生してしまう程に苦手なものがある…それは

「く、くくっ! 蜘っ蛛でっすわ…っ!!」

今度は父親の方をに振り返る。いつも吊り上がっている眉毛はへにょりと垂れ下がり、

自信に満ち溢れた瞳は薄っすらと涙も浮かべている。

父はヘンリエットが自分に泣きついてを呼んでくる光景を想像をした。

アールパート家起床大臣に小さなピンチが訪れたのであった。


続く。


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