11話『灰色の星と蒼色の星』
「ムラクモ、先程はすまなかった。」
小型艇の艦橋、僕は謝罪する。
「いいんだ。私こそケイくんの気持ちを汲んでやれなくて申し訳なかったよ。」
ムラクモも僕に謝罪する。非があるのは僕の方なのに。
「ムラクモが謝罪する必要はない。今回の場合、僕にしか非がない。」
そこで操縦席にいるマキシから
「変な所ガキっぽいのに、変な所大人っぽいんだな。まぁ、反省する気持ちは大切だ。そうやってガキは成長していくってモンだ。」
と声がかかる。
前々から気になっていた事だ。この際聞いてみよう。
「ガキとはなんだ。」
「アァん!?なんだオメェ!!急に口ごたえかァ!?ガキはガキだろうがよ!!」
マキシを怒らせてしまったようだ。何か気に触る事を言っただろうか。
「はいはい。口の悪いおじいさんは黙ってくださいね〜。ケイくんは純粋にガキって言葉の意味を聞いてるの。」
副操縦席にいるユウカが言う。
「ケイくん。ごめんね〜このおじいさんはものすごく口が悪いのと、思い込みが激しくてね。ちなみにガキって言うのは口の悪い言葉で、子供って意味なの。」
そうか、子供と言う意味だったか。では、何故聞き返した時に怒ったのだろうか。
「ユウカちゃん〜おじいさんは酷くない?ワシ、まだ50歳になったばかりよ?ねぇ〜」
マキシは変な喋り口調でユウカに話しかけている。聞くタイミングを逃したな。
「操縦に集中して下さい。そして気持ち悪い声出さないでください。」
ユウカは冷静に、そして冷たい声でマキシに言う。
その一連のやり取りを見ていたムラクモはすごく呆れた様子だった。
「賑やかですまないね……」
とムラクモは言う。
「地球軍はいつもこんな感じなのか。様々な会話が飛び交っている。」
「今いる人たちが特別なだけだよ……全く……」
少年兵団にいた頃は、会話は無いわけではなかったが、こんな賑やかな雰囲気ではなかった。作戦の内容や、訓練の内容など、そんな会話しかなかった。ましてや艦橋で飛び交う会話といえば、非戦闘中であれば航路の確認や目的地までの距離など、その程度だろう。
「ところでケイくん。地球軍のパイロットスーツ、似合っているな。」
検査服で艦橋に行こうとした時、それはさすがにね、とシャーロットから支給されたものだ。パイロットスーツの作りも、組み込まれているプロテクターの量が銀河帝国のものよりも多いこと以外は、ほぼ違いはない。身体によく馴染んでいる。
地球軍のカラーである、青色と白色のパイロットスーツ。銀河帝国のは黒一色で、明るい色は新鮮さを感じる。
「ムラクモ、ありがとう。」
僕は感謝を伝える。そうするとムラクモは僕に真剣な表情で話し始める。
「そうだ、月での捕虜としての扱いだが事情が変わってな……」
「先程、月にいるジェームズ提督と話したのさ、捕虜としての扱いをどうするかと言う話を。」
「最初、君は捕虜として月面基地で暫くは収容される予定だったのだよ。しかし、ストライカーのサイとパイロットリンクを繋いだと言う話をした時に、大変驚かれてね。」
「ストライカーは地球防衛の要でもある機体なんだよ。その上、サイはちょっと特殊なAIでね。」
「最初は他のパイロットをストライカーに乗せる案もあったのだけれど、その話をサイにしたら……」
『ワタシが認めたパイロットはフィルとケイだけです。』
「と、言い張って、どうしても他のパイロットを乗せたくないと言い始めてね。」
「その事を提督に話したら、なんて気難しい兵器を生み出したんだ、と少し呆れた様子ではあったが、ケイくんの意思を聞きたいと言ってね。今、私からの通信を待っている状況なんだ。」
倒れていたからしょうがない事でもあるのだが、人を待たせるのは良くない事だ。
「なるほど。これ以上待たせる訳にもいかないな。ムラクモ、通信を繋いでくれ。」
「わかった。では、通信を繋ごう。」
そう言ってムラクモは通信装置を起動させる。
「ジェームズ提督、こちらはムラクモ。彼の容態が回復しました。今、大丈夫でしょうか。」
暫く置いてから通信が返ってくる。
「あぁ、すまないね、ムラクモ艦長。こちらジェームズだ。待たせてしまったな。まぁ忙しい所ではあるが、ストライカーのパイロットの件に関しては最優先事項だ。話を聞こう。すまないが音声のみ通話とさせてもらうよ。本来はケイ少年の顔も見てみたかったがね。」
渋い男の声が返ってくる。そうして僕に語りかける。
「ケイ少年。率直に言うが君の意見が聞きたい。ストライカーに乗り、我々地球軍と共に戦う意思があるのか。」
「ジェームズ、忙しい所すまない。こちらケイだ。僕の思っている事を伝える。」
そうして思ってる事をありのまま伝える。それは自分自身を勇気づけるためでもあった。
「シャーロットも言っていたが、戦争は復讐の繰り返しになる。」
「僕もきっとこの戦争に加担すると言う事は、僕もその復讐の一部になってしまうだろう。そして自分自身の復讐の一部にも。」
「だが、地球を守るためには、戦わなければならない。」
「かつての母国、銀河帝国と。」
ムラクモは難しい顔をしている。ジェームズも黙っている。僕は話し続ける。
「その中でいつかは少年兵団の仲間たちと交戦し、命を奪い合う事もあるだろう。」
「きっとかつての仲間たちは何故戦争が行われているかも知らず、戦場に送り出され、ただ命令に従って僕に攻撃してくる。」
「その事実を知っていたとしても、僕のやる事は変わらない。」
艦橋内は静まり返っている。他の皆も黙って僕の話を聞いていた。
「僕には戦う。地球を守る為に。」
「シャーロットも、フィルとの約束の為に軍医としてみんなを助けるという任務を全うすると言っていた。復讐としてではなく、フィルとの約束、地球を守るという約束の為に。」
「僕にも地球を守るという、フィルとの約束、そしてシャーロットとの約束がある。」
「だから戦う。」
「戦争は悲しい事だ。だが、この悲しみの連鎖をいつか断ち切れると信じて、戦い続けようと思う。」
暫く置いてから通信が返ってくる。
「ケイ少年。君の意思はしっかりと伝わった。」
渋い声ではあるが、優しい口調だった。
「我々は君を地球軍の一員として迎え入れよう。そして、ストライカーの搭乗を許可する。」
「ありがとう。ジェームズ。」
これでフィルやシャーロットとの約束を果たせる。そう思うと嬉しかった。
また少しだけ間を置いてからジェームズから通信が返ってくる。今度は優しい口調ではなくなっていた。
「ストライカーは地球防衛の要だ。作戦によっては君を最前線に送り出す事になるだろう。君のような少年を最前線に送り込まなければならない事を許して欲しい。」
最前線だろうがどこだろうが僕のやる事は変わらない。
「僕は尽くせるだけの最善を尽くす。最前線だろうとも、必ず生き残って地球を守る。」
生き残る。それは相棒との約束でもある。
また暫く間を置いて通信が返ってくる。ジェームズは優しい声に戻っていた。
「ケイ少年。君は強い子だな。月に来たら是非、顔を見せてくれ。歓迎しよう。待っているよ。」
「それと、とある人物がケイ少年に会いたいと言っていてな。先程、地球からシャトルが到着したところなんだ。」
「ムラクモ艦長、航海中、事故の無いように頼むぞ。」
それに対してムラクモは
「承知いたしました。提督。」
と言って通信が終わる。
僕は安堵した。思っている事を話せたからだろうか。それとも地球軍として迎え入れられたからだろうか。
そうしているとムラクモから声がかかる。ムラクモは僕を真っ直ぐ見て真剣な顔をしている。
「ケイくん。君のような子供に、このような重荷を背負わせた事を申し訳なく思う。」
ムラクモは申し訳なさそうに言う。
「いずれ厳しい戦場に君を送り出す事になるだろう。我々を許してくれ。」
「許してもらいたいのは僕の方だ。僕は戦う術しか知らない。自分の命を守り、地球を守ると言う約束のためには、僕にはこれしかできない。」
生まれてから戦う術しか教えてこられなかった。アームドに乗って、そうして相手を殺す。残念だが、それしか僕にはできない。でも、僕には大切な約束がある。
「……ケイくん、託された想い、大切にするんだぞ。」
ムラクモはそう僕に告げた。
「シャーロット……よかった……立ち直れたのね……きっとそれもケイくんのおかげ、ありがとう、ケイくん。」
ユウカは振り向き、僕に微笑む。
「ったく、カッコいいじゃねーの。パイロットとしては一人前って感じの風格見せやがって。」
マキシも僕の方を見てにぃと笑いながら親指を立てている。
「さて、ケイくんの覚悟も決まった事だ。任務を伝えよう。」
ムラクモは僕に任務を伝え始める。
「我々の任務はまず月へと向かう事だ。」
「ケイくんから銀河帝国についての話を聞きたかったところではあるが、それは月についてからだな。先程、ケイくんが来る前に提督と通信を繋いだ時に聞いた話だが、地球軍にも動きがあったようだ。火星基地陥落によって、我々も大規模な反抗作戦を計画してる。あまりゆっくりしていられなくなった。一刻も早く月面基地へと向かう必要がある。」
反抗作戦……言わばこれも復讐だ。だが、仕方ない事だろう。
「月に戻り、戦力を整える。そしてまずは火星付近のスペースコロニーを銀河帝国の手から解放する。その後、地球軍全艦隊を集結、火星基地の奪還を開始する。火星及びその付近宙域の制宙権確保を目標とする作戦。」
「その名も"リベレーション・オブ・レッド"」
「我々にも、もう既に搭乗する戦艦が与えられている。」
「こないだまで月面基地で造船中だった、最新鋭の宇宙戦艦だ。火星基地陥落に伴い、ほぼ完成はしていたが、さらに急ピッチで造船が進められ、たった今進宙式が完了したばかりだと言う。」
「アルテミス級戦艦3番艦、セレーネ。それが我々の搭乗する戦艦だ。」
「作戦の中でも重要な位置付けとなる艦だ。」
「月で建造中のストライカー、タイプ・ザ・ムーンもあるのだが、開発が難航していてね。地球で建造した3機が失われた今、残っているのはここにある1機だけ。そのストライカー、タイプ・ジ・アースも、作戦に加わる事になっていた。サイがあの調子だったから少しヒヤヒヤしていたけどね。」
「だが、もう君はもう地球軍の一員となり、ストライカーの搭乗許可も出た。」
「これで欠けていた作戦のピースは全て揃った言う訳だ。」
「搭乗するのは戦艦だ。他のクルーも大勢いる。急拵えなメンバーではあるが、上手に連帯を取り、作戦を成功に導く。できるかい。ケイくん。」
僕はムラクモに気合を入れて応える。
「やってみせる。必ず。」
ムラクモは僕の肩に手を乗せる。そうして真剣な表情で
「頼むぞ。」
と一言。その一言はとても重かった。だが、期待が込められている。そう感じた。
そうしてムラクモは艦長席に戻り、艦内への通達を始める。
「艦内へ通達。スタースピードに入る。各員、宇宙服の着用を。充分に気をつけてくれ。」
スタースピード、それは一次的に船を亜空間へと転送し、その亜空間を光の速さ以上で移動する。その間、進路は変更できない。そして、目的地で亜空間から通常の空間へと船を転送をする移動方法だ。エーテライトエンジンを駆使した技術らしい。
だいぶ前だが、何故そんな事ができるか、と相棒に聞いた事があった。返ってきたのは教えられた事のない言葉の羅列だった。昔はワープと言われていた、とか、亜空間へと飛ぶので相対性理論が働かない、とか。
いちいち聞き返していたが『パイロットへの理解は不可能と判断。これ以上はやめましょう。』と言われた事を思い出す。
これは、エーテライトエンジンをいくつも積んだ船にだけ出来ることで、アームドでは出来ない。臨界してオーバーロードしてしまうからだ。
「マキシ大尉、推進剤、エーテライトエンジンの可動はどうだ。」
ムラクモはマキシに確認を入れる。
「ばっちりですぜ!艦長!エーテライトエンジン最大可動まで1分とかかりませんぜ!」
マキシはまた親指を立てて艦長に合図を送る。
「ユウカ、亜空間転送の準備を。進路、位置計算はどうだ。」
ムラクモは今度はユウカに確認を入れる。
「はい!艦長!完璧です!AIとの照合も行いました!」
ユウカは艦長に敬礼をする。
スタースピードは緊張の一瞬だ。少しでも操作、計算を間違えると事故に繋がる。それを軽々しくこなそうとしている2人は優秀な乗組員なんだろう。
「ったく、ユウカちゃんは男を見る計算以外は完璧なんだがなぁ……」
マキシはユウカにそう言う。
「……何か言いました?マキシさん?月に着いたら覚えておいてくださいね?」
ユウカは静かに怒った様子だった。
「お前たち……」
艦長はそれを聞いて呆れながら怒っている様子だった。
「すいません……」
2人揃って同タイミングで艦長に謝ったが、まだユウカは怒った様子だった。
「さぁ、ケイくんも立ったままだと危ない。席に着いてくれ。」
「あぁ、すまない。」
僕はハッとして座席に着く。
人々のやり取りを聞いて考え事をしていた。まだまだ知らない言葉や感情が多い。
そしてまたムラクモは艦内への通達を始める。
「総員、これより1分後にスタースピードだ。かかる負荷に備えてくれ。」
光の速度以上で船を動かすので、慣性は船の慣性制御装置で、ある程度制御されているにしても、体に負荷はそれなりかかる。
相棒に言わせれば、慣性制御装置が働いている船で、スタースピードを使うと、人間に掛かる負荷はだいたい5Gぐらいだそうだ。立ってはいられないだろうが、余程の場合でない限り、死ぬ程度ではない。との事。より安全性を高める為に宇宙服、パイロットスーツを着るらしい。
どうやらアームドに乗って高速戦闘している方が危険らしく、だからこそ対G性能が優れているパイロットスーツを着るのだと言っていた。
「マキシ大尉!どうだ!」
ムラクモからマキシに声がかかる。
「出力最大!いつでもかっ飛べるぜ!艦長!」
「よし!スタースピード!始動!」
艦長が告げる。
「了解!」
とマキシとユウカは言い操作を始める。
艦橋越しの視界が黒一色の別な空間に包まれ、小型艇が一気に加速をかける。
人間の技術の結晶なのだと相棒が言っていた事を思い出す。
「亜空間、抜けます!」
ユウカがそう言うと艦橋越しの視界が元の宇宙へと戻る。
そこには、灰色の地表が広がる星がすぐそこに見える。衛星クラスだろうか。
その奥に見える青い星は……
僕は立ち上がりその青い星を見つめる。
「ケイくん。この灰色の地表を持つ星が、月と呼ばれる衛星でね……」
ムラクモは僕に語りかける。
「その奥に見えるのが、人類誕生の地、そして君が守りたいと言った星、地球だ。」
「これが……地球……」
美しい青色をした星、フィルが守りたいと言った星。
僕はその光景に暫く言葉を失っていた。
12話へ続く。