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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

現代魔女は古書を睨む

作者: 柿の種

あけましておめでとうございます。

短編を1本、置いておきます。




今はもうあまり見なくなった古本屋。

それこそ、全国展開しているチェーン店などなら兎も角、個人経営の古本屋などはほぼほぼ見ない。


「おはようございまーす」


僕が声を出しながら入っていくのは、そんな個人経営の小さな古本屋だ。

ここの店主に朝の挨拶などほぼほぼ意味がないのだが。


掃除だけはしっかりされているものの、朝日によって店内の埃が照らされ、少しだけ幻想的に見える中。

レジカウンターで1人の女性が大量の本に埋もれながら眠っているのが見えていた。


「はぁ……またこんな所で本読んで寝てたんですか?夕子さん」

「んぅ……?あ、春陽(はるひ)くん。おはよぅー……」

「おはようございます。とりあえず顔でも洗ってきてください。もう朝の9時過ぎてますよ」

「もうそんな時間……?開店まで時間そんなにないじゃん……」

「寝てるのが悪いんです」


寝ていた女性は瞼を擦りながら店の奥へと進んでいく。

彼女がこの古本屋の……『東雲古書店』の店長であり、個人事業主。

そして、僕の雇い主でもある東雲夕子さんだ。



「一体、昨日は何時まで本を読んでたんですか?」

「本を読んでただけじゃないよ。一応他にも作業はあったんだけど……最後に見たときは3時回ってたかなぁ……」

「昨日とかじゃなく今日じゃないですか」

「し、仕方ないんだもーん。そういう時間(・・・・・・)じゃないとダメな仕事もあるんだもーん!」

「どんな仕事ですか……」


そんな話をだらだらとしつつ、店を開け、そして時間が経っていく。

結局の所、古本屋は現代に限って言えばそこまで忙しくはない。

東雲古書店が建っている場所もそうだが、現代の人々は本というもので字を読むことが減ったからだ。


便利な事に現代ならば電子書籍など、端末さえ持っていればどこでも物語などを紐解くことが出来てしまう。

家から出る事なく、複数の本を電子的に入手することが出来てしまう。

売る、という事が出来ない代わりに今ではネットを調べればそれがどんな作品か、世間からどんな評価を受けているか、内容を知らずにある程度知ることが出来てしまう。


だからこそだろう。

実物である本の行きつく先、まだ仕事があると信じられて集められた最後の仕事斡旋所である古本屋は現代においては忙しくない。

適当な世間話をしつつ、たまに店にある古本を読みつつ。

常連であるお爺さんやお婆さんの相手をしていると、いつの間にか時間は16時を過ぎようとしていた。


「あぁ、もうこんな時間。春陽くんあがっていいよ、あとは私が全部店閉めやっておくから」

「毎度毎度そう言いますけど、本当に大丈夫なんですか?……今日みたいにレジの所で寝ちゃったりとかしません?」

「それは……まぁ、大丈夫だから!大丈夫大丈夫!」


そういって、どこか焦るように僕を店から追い出そうとする夕子さんを少しだけ不思議に思いながら、いつものように身支度を済ませ、そして軽い挨拶をしてから東雲古書店から帰路へとついた。

――思えば、ここが分岐点だったのかもしれない。



店を出た後、電車に乗る直前で忘れ物をしたことに気が付いてしまった。

何てことのない、読みかけの推理小説だ。電車に乗っている間に読もう、寝る前に読もうと思っていたもので、今日の仕事の休憩中にも読んでいたために置いたままにしてしまったらしい。

いつもならば仕方ないで済ませ電車に乗り家へと帰るのだが、丁度読んでいたのが推理パート……所謂良い所というもので。

気が付けば僕の足はしっかりUターンをきめ、店のある方向へと歩きだしていた。


暫くして、辺りもすっかり暗くなった時間帯。

何故か未だ灯りの点いている東雲古書店が見えてきた僕は、歩く速度を上げ、ほぼほぼ走るかのように店へと向かっていた。

下手に遅くなると家族が心配するだろうし、僕自身店に向かうにつれ推理小説の続きが気になって仕方なくなってしまったから。


そうして、店に入ろうとした瞬間のことだった。


『小僧。ただならぬ表情でこの店に入ろうとは……盗人の類か?』


突然、上から生じた衝撃に僕の身体は地面へと打ち付けられた。

聞いたことのない初老の男性の声。

そして凄まじい力によって身体を抑えつけられているからか、地面に縫い合わされたかのような錯覚を覚え、頭の中が混乱する。


「は、はぁ?!僕はここの店の従業員だ、盗人じゃあない!というか貴方は一体?!全然動けない……!」

『ふむ、従業員?今の時間帯は……あぁ、()のか。しかし間の悪い……否、魔の悪いと言った方が適切だろうか』

「勝手に納得したような事を言わずに解放してください……!警察呼びますよ……!?」

『まぁ待て。我には君が本当に従業員かは分からないのだから。もう少しで店主が騒ぎを聞きつけ……ほら、来た』


店主。その言葉を聞き僕の心の中に少しの希望と、大きな不安が生まれる。

僕を抑えつけるほどの人物だ。そんな相手に夕子さんが襲われてしまったら……どうしようもないだろう。

隙を見て警察を呼ぶ事くらいは出来るかもしれないが、それでも警察が来るまでの間に暴行を受け、逃走を許してしまうかもしれない。

何も出来ず拘束されている自分を不甲斐なく思いながら、店の方からこちらへと聞こえてきた足音の方へと視線を向けた。


「何をやっているのです、キャスパリーグ。こっちは商談中なのですよ」

『すまない店主。この店に従業員を名乗る青年が入ろうとしていたのでね。本当かどうか店主に確認してもらおうと思ってな』


そこには、何故か黒いローブを……物語に出てくるテンプレ魔女のようなローブを着た夕子さんが少し怒ったような表情で立っていた。


「従業員……?……ってえぇ?!春陽くん!?なんで!?」

「あ、あの!夕子さん!早く警察に!この上の人を刺激しないように!お願いします!!」

『……知り合いのようだな、店主。では私は退散しよう。……説明はするように』


ふっ、と僕の身体を抑えつけていた力が消え、起き上がる事が出来るようになる。

すぐさまそれを確認すると、僕は立ち上がり汚れも気にせずに夕子さんの方へと駆け寄り、夕子さんが何もされていないかだけを確認し、息を吐く。


「すいません、夕子さん。変なのに取り押さえられてしまって……あっ、警察呼ばなきゃ……」

「あー……えっと、その春陽くん?」

「あぁ、大丈夫です。説明とかは出来るんで。……あぁ、でもあの男の姿は夕子さんしか見てないのか。すいません、そこだけは一緒に証言してもらうことになるかと――「春陽くん!」――はい?!」


考えながら、そして何をすべきかを口に出していたら突然夕子さんに遮られ。

それに驚きながら彼女の方を改めてみると、少しだけ恥ずかしそうな表情をしている夕子さんの姿があった。


「少しだけ待っていてもらえます?先ほども言ったように商談中なので。あと、説明はするので警察に連絡するのは待ってください。あれでも私の知っているモノなので……」

「えっ、あっ……?」

「大丈夫、大丈夫なので。店の中で座って待っていてください。……あぁ、店の奥には来ないでほしいです」

「……分かりました」


少し釈然としない気持ちを抱えつつ。

しかしながら、いつになく真剣な表情へと切り替わった彼女を見てはどうにも反論しようとは思えずに指示に従う事にした。



待つこと暫し。一応家にバイトで家に帰るのが遅れると連絡を入れていると、店の奥から先ほどと同じ姿の夕子さんがこちらへと手招きしつつ来てほしい旨を伝えてきた。

断る理由もないため、それに従い店の奥へとついていくと。


「……ここは?」

「本当は教えるつもりはなかったんですけどね。……キャスパリーグ」

『応、店主』

「うわっ!?」


案内された先は、いつもは夕子さんの私的なスペースとして入らないように、と言い含められていた扉の目の前だった。

そして夕子さんが声を出すと同時、僕達と扉の間に白い猫のような何かが突然出現する。


「えっ、突然、いやこの声さっきの、いやえっ!?」

「ごめん、色々説明するから待ってね?……いいわ、開けて」

『大丈夫なのか?店主』

「そもそも普段居るとは言え、夜のこの店を見つけられた時点で才能ありです。大丈夫」

『……了解した』


何かを話す1人と1匹と、その会話についていけず混乱する僕。

しかしながら、何かとてつもない非日常が始まっているのだけは感じ取れ、混乱の中に少しの高揚が混ざり始めているのを自分でも感じていた。


そうして扉が開き、見えたのは所狭しと積まれている古本の山々。


「……っ!」


だがそれだけに留まらない。

いつもならば飽きるほどに見つめた古本達に何故か目を奪われ、そして何故か軽い頭痛が襲い掛かってくる。

どこか、精神が削られるような。そう表現していいものか分からないが、大事な何かが削られていくような感覚を覚え、何とか無理やりに視線を扉の先の古本達から外した。


「昼間、というか大体夕方までは春陽くんも知ってる東雲古書店……まぁ表の普通の古本屋ね。そっちをやってるのは十分理解してるとは思うの」


そんな僕をおいて、夕子さんは話し出す。


「でも、夜は少し違う。理解するのは難しいと思うけど……所謂奇書、魔導書って言われる危ない本を専門の人達に売るのが私の……東雲古書店の本当の仕事」


半分も彼女の話を理解できていない僕を置いて、彼女は語る。


「そんな店の主をやっているのが、第12代目東雲家当主である私、東雲夕子なの。大層な事をいってるけど、結局の話をすると、所謂魔女って事になるのかしら……って春陽くん大丈夫?ついてこれてる?」

「………」

「えっと……?」

「すごいじゃあないですかッ!えっ、魔女?!物語(フィクション)の存在ですよ?本当だったら信じられないのに、目の前のあの猫とか、さっきの本とか、もう色々納得できるような、でも納得できないような材料が多すぎるッ!」


堰を切ったかのように頭に浮かんだ言葉を、そのままに口から垂れ流す。

不安が高揚感に押しつぶされ、そして感動がそれを覆っていくのを感じる。


「あぁ、感動的だ!本当に魔法とかそういったものが現実にあったなんて!しかも偶然働いてた先の店長が魔女?!どんな確率だよ!ハハッ笑っちまうよ!!」

『……店主、この小僧、恐らくさっきの一瞬で少し精神が持ってかれてるぞ』

「あぁっ……やっぱり刺激が強すぎたかしら……ッ!ごめんなさい春陽くん!」

「えっ?!なんですか夕子さ――」


そうして、僕の意識は一瞬で暗転し。


「はっ!?」


次に目を覚ました時は、夕子さんから休憩用にと貸し与えられている東雲古書店内の一室だった。

パイプ椅子が軋む音だけが響く。


「なんだ、夢か……休憩中に眠っちゃったのかな……あり得ないよな、流石に……」


何故か痛む後頭部を押さえつつ、身体を起こす。

疲れていたのだろうか。それとも、最近読んだファンタジー小説が夢となってしまったのだろうか。

どちらにせよ、バカバカしい夢を見たものだとパイプ椅子から立ち上がろうとした瞬間。

白い影(・・・)が見え、それを目で追うと。


『起きたか、小僧。初めてとは言え災難だったな』

「あっ……えっ……夢じゃない?」

『なんだ、混乱しているのか。小僧が見たものは全て真実で。語られた事も真実だ。そも、我と話している事自体が偽りではなく真であろうに』


キャスパリーグと呼ばれた白い猫が、その蒼い瞳をこちらへと向けながらそう語る。

再び混乱しそうな僕を見て、人間が嘆息するように息を一つ吐いた猫は更に一言。


『これから頑張ることだな、見習い従業員(・・・・・・)

「えっ?見習い?」

『知らないのか?あそこを見せた、ということは店主は夜のこの店でも小僧を使うつもりだぞ』

「は、はぁ!?」


こうして、僕の日常は終わりを告げ。

非日常が始まることとなってしまった。

今、もし僕が過去の自分に助言出来るのであれば確実にこう言う事だろう。

――絶対に、本を取りに帰ろうとするな、と。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 口調からわかる…のかな? [一言] プレイヤーにいそうな… でも、ゲームはしていなさそうな… この後、店員の勧めで始めたり?
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