月明かりの下、聖女は嗤う
城の大広間には、国のそうそうたる重鎮が集められていた。
贅を尽くしたご馳走もテーブルに所狭しと並べられ、用意されたワインも最高級の年代物。宮廷楽士による演奏をバックに、招待客達は話に花を咲かせる。
その盛り上がりが最高潮という時に、この場の主役とも言える娘が大広間の入口に立つと、楽団の演奏が止まり、ファンファーレが高らかに鳴らされた。
今日はその主役である『聖女』が聖騎士と共に、国に脅威をもたらした魔物の一群を見事討ち取ったことを労い、祝う為に開かれた宴であった。
本来なら聖女をエスコートするのは、その婚約者である皇太子の役目だ。だが皇太子は次期皇帝として招待客のお相手をしなくてはならないからと、エスコートを断った。
やむなく聖女アイラは、聖騎士でありアイラの護衛を勤めたディランをエスコートの相手として選び、皇帝陛下ならびに皇后陛下、宰相や各国の要人など、多くの人々に拍手で迎え入れられた。
アイラは宴の会場をディランの腕に手をかけながら歩を進め、招待客に笑顔を振り撒くふりをして皇太子を探した。だがどこを見ても、その姿を目にすることはできなかった。
何かがおかしい。
たかが少数の魔物の軍勢を討ち取った程度で、まるで魔王を討ち取ったような歓待ぶりだった。
そう思いながらも足を止めるわけにはいかず、大広間の最奥に立つ皇帝陛下、皇后陛下の前に進み出ると、エスコートしてくれたディランの腕から手を離し、カーテシーをする。
皇帝陛下はそんなアイラにお言葉をかけた。
「顔をあげよ、聖女アイラ。そなたの活躍で、国の平和は守られた。礼を言う。望む褒美をそなたに与えよう。」
皇帝陛下の言葉にアイラは首を振った。
「いえ、私などよりも活躍したのは前線で戦った騎士達です。ねぎらいの言葉と褒美は、騎士達にお願いいたします。」
アイラの欲の無い言葉に、皇帝陛下は満足そうに頷いた。
アイラが欲を持たないのも当たり前だ。今回の魔物の軍勢は年に数回、地方の村落を襲う小さな集団。たまたまいつもより大きな魔物の個体がいるからと聖女が出向くことを依頼されたが、通常なら村にいる自衛集団で解決できるような軽い物。褒美を与えられるような出来事でもないのだ。
「皆、聖女アイラに盛大な拍手を!」
皇帝陛下の言葉を合図に、会場が拍手と歓声の渦に飲み込まれる。暫くして拍手が止むと、再び皇帝陛下が口を開いた。
「今日は大変めでたいことが、もう1つある。」
そう言って陛下が手をあげると、先程アイラが入ってきた入口の扉が再び開き、アイラが見覚えのある男性と、その傍らに見知らぬ女性が連れ添っているのが見えた。
「我が国の皇太子と隣国の姫の婚約が決まった。盛大な拍手で迎え入れよ。」
アイラが大変見覚えのある男性、この国の皇太子が隣国の姫をエスコートとして入場してくるのが見え、アイラは目を丸くした。
皇太子とアイラの目が合うと、皇太子は露骨に目線を逸らした。
皇太子は教会で働くアイラに何度となく愛を囁いてきた。魔物との戦いに赴く前夜、帰ってきたら結婚をして欲しいとプロポーズをしてきた。
代々の皇帝が婚約相手に渡す国宝を使った指輪を差し出して。
それは、それを受け取った時点で仮に婚約をした意味になりえる。
だからアイラは、婚約者になったのだと思ったのだが…。
そこでアイラは思い出した。
宴の会場で陛下の前で改めて渡すからと、宴直前に指輪を返して欲しいと必死で要求してきた皇太子のことを。
滑稽だと思った。
よくもまぁ、皇太子のあだごころに踊らされていたものだ。
「あーよかった。皇太子の婚約者じゃなくて。」
アイラの心から漏れでたほっとした声は、皇太子と隣国の姫を迎え入れる招待客の盛大な拍手で、隣にいるディランにのみしか聞こえなかった。
ディランはそっとアイラに寄り添い、彼女の手を大きな手で包むと、アイラはそれに応えて握り返した。
ぶっちゃけた話をすると、アイラは皇太子に対して一ミリの愛情も持ち合わせていなかった。一方的に愛を囁かれ、相手が皇太子なだけに無下にもできない。
むしろ教会での仕事中に会いに来られ、そのたびに仕事の手を止めねばならず、邪魔でしかなかった。
婚約の指輪を差し出された時は拒否しようとしたのだが、無理矢理に押し付けられた上に皇帝からの呼び出しがあったからとすぐに立ち去ったので、指輪を返す暇もなかった。
帝都に戻ったら断ろうとしていたのだが、プロポーズまでした手前よほど気まずかったのか、会話することすらほとんど避けられたので断るチャンスがなかった。指輪を返したときに婚約の意思がないことを告げようとしたが、早々に立ち去られたのでそれもできなかった。
婚約者でないというのなら、むしろ都合がよい。
皇太子の正式な婚約者である姫が、これ見よがしにアイラに対して勝ち誇ったような笑みを浮かべる。皇太子がアイラにちょっかいをかけていたのも知っているようだ。
恐らくそれは皇帝陛下もわかっていて、暗に褒美をやるから皇太子との結婚を諦めるように言っているのだと察した。宴を盛大に開いたのは、皇太子の婚約の御披露目もあるがアイラへの慰めの意味もあるのだろう。
皇太子がくそなら、その親もくそらしい。
アイラは姫君に向かって、負け惜しみではない心からの勝ち誇った笑みを浮かべると、握りしめていたディランの手を離し、皆に見えるようにその腕に手を回した。
ディランは恥ずかしそうにはするが、それを止めることはなく蕩けたような微笑みを返す。
ディランの笑顔に、宴に招待されていた女性達が中てられて顔を赤くし、羨ましそうにアイラを見つめた。
ディランとアイラの仲睦まじい様子を見た皇太子は、そんな話は聞いていないとばかりに露骨にショックを受けた顔をしていた。
ディランは国の聖騎士として有望で、次期聖騎士団長と目されている。侯爵家の跡継ぎで、聖騎士としても有望。その上、甘いマスクの為に国中の未婚の貴族女性達が熱をあげていたが、その心を射止めたのは聖女として傍にいたアイラだった。
アイラはもともと平民だったが、この国の唯一の聖女。聖女は1代限りではあるが貴族の侯爵相当の地位として扱われる。
本来ならある身分の差などないものとなる。
ディランの笑みに姫君もぽーっと惚けていたが、アイラの勝ち誇った笑みが視界に入ると、ディランと皇太子の顔を見比べて表情を僅かに歪ませた。
アイラに粉をかけていながら他の姫君と婚約した皇太子のことだ。これからも他の女性にも粉をかけることなど、容易に想像がついた。
アイラに愛を囁いていた時にも、教会の修道女に皇太子が声をかけていたのを見たことがあったので、アイラは皇太子の甘い言葉など最初から信用していなかった。
そんな男の妻になるなんて、女遊びの後始末が今後、大変だろう。
既に認知していない子どもがいるなんてこともあるかもしれないが、アイラはそこまで親切でもないので教える気もない。
「ご婚約おめでとうございます。お二人の幸せを心から願います。」
ここまで盛大に祝われては、今さら撤回などできないだろう。
アイラが二人の幸せを願い心からの笑顔を浮かべると、皇太子はやっとアイラが自分に対して何の気持ちも持っていなかったことに気づいたようだった。
あの面倒だった皇太子との婚約もなくなったし、ディランとの関係も国中の貴族女性に知らしめることができた。なんてよい日なのだろう。
大広間の大きな窓から、美しい月が臨む。
大広間のシャンデリアと、窓から臨む月明かりの下、聖女は嗤った。
タイアップ企画に出そうとしたのですが、文量が多くなりすぎたので加筆したものになります。
よろしくお願いいたします。
12/16で日間 異世界恋愛 ランキング3位となりました。ありがとうございました。
対応しきれない為、感想欄を止めさせていただきまして。申し訳ありません。