序章-3:外の世界への憧れ
水甕をいっぱいにする前に、朝食が出来上がっていた。
「大分頑張ってくれたのね。後もう少しだけど、出来立てを食べましょう。その後に回してくれていいわ。」
「分かった。」
母さんと水甕の水で手を清め、それぞれの食器を用意する。母さんが干し野菜の汁もの、穀物粥を盛りつける。
水汲みの後はいつもお腹が減っている。水甕をいっぱいにする今日は特に。
立ち上がる匂いに自然と笑顔になる。
「じゃあ頂きましょ。」
「うん。」
レンゲを持って汁を口に運ぶ。水汲み後の体には丁度いい味で、一気に体がほぐれていく。干し野菜も水気をしっかり吸っているけど、シャキシャキと歯に当たり、干したからこその香りが広がる。雑穀粥はトロりと口に入り、プチプチと弾けたり、じっとりと甘みが広がる。
朝食でほどほどに小休止。体も気持ちもすっかり上向きだ。
朝食の後片付けを母さんとする。水甕の水を桶に張り、拭い布を浸して搾る。食卓を拭き、桶に使った食器を漬けて洗う。2人分だから多くない。
水は大切に使うものだからと、両親に教えられている食後の片付けだ。まあ、今日は水汲みで失敗したけども。
火を使うかまど付近と刃物は危ないのでさわれない。母さんが火の残った薪を壺に入れて、程よい熱さになったかまどに使った鍋をおく。水気の残る食器、拭い布を乾かすために網に並べ、鍋に置く。
「片付けは終わったわね。母さんは洗濯に行くから、カイムは水汲みの続きをお願い。先に終わるだろうから、その後は寝所の掃除をしてね。寝具の日干しは洗濯物と一緒にしましょ。」
「うん、わかった。」
僕は桶ダル、母さんは洗濯物を持って水汲み場に向かう。水汲場はさっきと違い、子供はほとんどいない。水甕に水を一杯にするのは何日かに一度で、その時は親か、兄弟が一緒になって一気に終わらせる。今は父さんが仕事でいないから僕1人になっているだけだ。
母さんは水汲み場から下がって、少し離れた場所に向かう。湧き水は家の水甕に運ぶのと、手と口を清めることにしか使えない。それ以外は水汲み場から下がって水が溜まっているいくつかの大甕の水を使う。水の使い方、使う大甕を別々にしている。
「さて、もう一踏ん張り。」
僕は、再び家の水甕をいっぱいにするための水運びにとりかかる。最後の水運びで家に戻る時、母さんの姿を見たけれど、まだ洗濯中だった。他の女の人と話をして笑ったり、お年寄りの家の分をみんなで手伝ったりしている。僕が見てきた集落の大人たちはみんな、こうして、色々できる人達だった。
その後は、母さんが言ったとおりの仕事を済ませていった。干し竿にまだ背が届かないけど、母さんは2人だからすぐ済んだねと、後ろからそっと寄り添い頭を撫でながら褒めてくれた。いつもどおりだけど、毎回こうして褒めてくれる母さんの温もりはいつも安心する。今日もぽかぽかの日射しと、緩やかな風の中、1日を過ごした。
父さんが夕食後に帰って来た。疲れたなと言いながら手を清める。それを見て、今朝の出来事を思い出した。父さんの話と管理人さんの祈りの言葉が重なったことだ。忘れると困るので、父さんと話をすませておこう。
「父さん、前に水汲み場の管理人さんの祈りについて教えてくれたよね?」
「管理人の祈り?ああ、初めて水汲みする時のことか。最近はカイム1人で頑張ってくれてるから、水捧げに立ち会わなくなってしばらくだな。」
そう言いながら水の入った杯を片手に、僕の肩をポンポンと叩いた。褒められるまま、今日の出来事を父さんに話した。
「祈りの言葉が、我々の言葉として聞こえた?それは管理人が祈りの言葉を本来の言葉で話さなかったということか?」
「やっぱり祈りの言葉は、僕たちが話すのと違うんだね。」
「ああ。昔の、外からきた言葉らしい。でも、ずいぶんと前に、我々の言葉に言いかえられるようになったそうだ。」
父さんの話を聞いて、僕はすごく興奮した。僕が毎日、出歩けるのはこの集落だ。集落の側には大きな道があるけど道を少し行っても、また別の集落があるだけだ。自分の足では行けないところに都がある。この集落は都の一部。そんな大きい都が別にもあるだなんて。
聞いたことはあったけど、祈りの言葉がまさか外から来たものだったとは思わなかった。今まで僕の周りになかった外の世界のものが、近くにあったんだと知って、ドキドキが止まらない。
そんな僕に、父さんは笑って話を続ける。
「管理人は都の役場、聖殿から集落にやって来る。色んな人がいるから祈りで、分かる言葉を使う管理者が来ることがあってもおかしくないな。」
そんなことを話し、外の都はどう言ったところか父さんに聞こうとしたら、母さんがもう休む時間だと僕を寝所に連れていった。
今日干した寝具に包まり、今日の出来事で、突然知った外の世界。ワクワクするが、ちょっとビクビクもする。そんな不思議な感じで、満たされていく。目を閉じて想像していたけれど、そこから寝息をたてるのはそう長くはなかった。
ご拝読いただきましてありがとうございます。
両親をこの話で登場させられました。
これから先、カイムの暮らしを表現していければと思います。
その前に、カイムにとっての一大事を挟みます。