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拠点

 言い訳を諦めた赤司は狛犬を頭の中で呼ぶ。


「わんわん」


 飼い主を見つけた犬が高速で駆け寄ってくる。

 相生の力が少し緩んだ。

 勝った。


「こいつらは俺の従者だから、噛まないよ」


「本当?」


 相生はペガサスから降り、狛犬たちを撫でる。

 もう、怒っている様子はない。

「可愛い。ふふっ、くすぐったい。……でも、許さないからね」


 はい。本当すみません。赤司は心の中で謝り、別の話題を考える。


「じゃあ、お前は近くにいる生物をゾンビ化してきて。勝てない相手からは逃げろ」


 赤司はペガサスに指示を出した。

 たとえ弱い魔物であっても、役に立てられる事があるはずだ。もしかしたら、大当たりを引くかもしれない。

 ゾンビガチャだ。


 ペガサスはすぐに飛び去って行った。

 空は既に明るくなりつつある。


「相生、ここからは正体を隠さないといけない。魔術師っぽい口調でしゃべる。俺の名前も呼ばないでくれよ」


「分かった。じゃあ、私は雇われた癒し手として治療するね」


 話が早くて助かる相方だった。


 しかし、実際に村人をゾンビにしてのは狛犬である。村人は赤司の正体をゾンビと疑ってすらいなかった。村人たちの認識では、自分たちがゾンビになった後、突然現れ、村を修復するように命じた謎の魔術師なのだ。


 赤司は村のゾンビたちを従者にし、広場に集まるように命令する。

 自我や知性が戻った村人たちはざわざわしていたが、足を止めることなく、集まって来る。


 村人の反応は様々だった。警戒や恐怖、敵意。どれも仕方ない事だった。

 赤司はゾンビにしたことを恨んでいると思っている。しかし、実際の村人は遠隔でゾンビ化を治し、更に自身の体を支配する圧倒的格上の魔術師に対する正しい反応が分からないでいた。


「まずは最初に謝らせてほしい。こちらの手違いで君たちをゾンビにしてしまった。償いはします。何かできる事があったら言ってください」


 村人は赤司の言葉で、ようやく自分達がゾンビになった原因はこの魔術師にあると知る。


 赤司はそう言いつつ、大した事をするつもりはなかった。この村を襲ったのは、レベル上げの為。目的のあったこと。つまりは仕方のない犠牲だと割り切っていた。


 その間にも相生に治療を行ってもらう。何なら、この治療で古傷を治してあげれば、償いは十分だと考えていた。


「おい、この『従属化状態』はどうするんだ!!」

 犯人を理解した村人から声が上がる。


「その癒し手に危害を加えられる恐れがあります。よって、まだ解けません。しかし、治療が終わればすぐに解除します」

 その男は納得していないようだが、別の声が上がる。


「俺はゾンビになっている時、お前をペガサスがいる泉に案内したはずだ。どうやって生きて帰って来た?」


「ペガサスをゾンビにしました」


 赤司はわざと語弊を生む言い方をする。だが、数人は赤司がペガサスに乗っていたのを目撃している。あの泉の守護者に勝ったと思い込むのは当然の事だった。


 これは村人に赤司の規格外さを伝えるには十分なエピソードであった。

 赤司という襲撃者を敵として扱うのではなく、利用した方が良い。もしくは関わらない方が良い。多くの住民はその思考に移っていた。


 しかし、自分をゾンビにした相手をそう簡単に許せるわけがない。割り切れない者も多かった。


「お主、ゾンビ化と解除が簡単に出来るんじゃよな。であれば、夜の間だけ儂をゾンビにして働かせる事は可能か?」


 老人の予想外の問いに赤司は戸惑った。

 村人もざわつく。


「どういうことです?」


「ゾンビの間は疲れなかった。睡眠も必要ないのじゃろう。今もあまり眠くない。動きが遅いのは欠点じゃが、力は強かった。この集落は年貢がきつい。丸一日働き続けられるのならば、年寄りにも生きる意味がある」


 この考えに賛同する者が現れた。この世を諦めたような顔の男だった。


「この村の人間は罪人の家族だったり、侯爵の怒りを買って都市を追い出された者ばかりなのです。正直、生きるだけでも難しい。嫌がらせの様な仕打ちが来るんです」


 赤司はある程度状況を理解出来た。この村は侯爵から嫌がらせを受けており、労働力が足りない。だから、無駄に消費している睡眠時間は、ゾンビになって有効活用したい。


 「ゾンビになる事が怖くないのか」その問いを赤司は飲み込んだ。怖くないはずがないのだ。


「私を信用して命を預けるという事ですか?」


「お主がしようと思えば、すぐにでも、また儂ら全員ゾンビに出来るじゃろう?泉のペガサスに勝ったのじゃ。儂らに勝ち目はあるまい」


 正論だった。

 赤司は少し悩む。


 森の中というのは拠点としては都合がいい。まだ、目立ちたくはない。まだヒールで簡単に死ぬという弱点を克服していないのだ。


 それに従者50人に命令を出すというのも面倒だ。であれば、友好関係を築いて、自主的に動いてもらった方が良い。


「分かりました。その代わり、ゾンビとして働く時間の一部は私のために働いてもらいます。そして、私もここに住む。それでもいいですか?」


「あっ、だったら私も住む」

 相生も声を上げる。


 村人たちが相談は始めた。しかし、そう時間は掛からなかった。結局はペガサスに勝った化物を利用するか、関わらないようにするかという話なのだ。そして、既にこの村の生活はこれ以上悪くなりようがない状態だった。


「お願いします。ただ、ゾンビにするのは望んだ者だけにして欲しい」


 赤司は村長と握手した。契約成立だった。


「ああああ……、私の子供たちいい……。あの魔術師め……、ちょっとイケメンだからって……」


 遠くから女の泣き声が聞こえてきた。

 赤司はメアリーにだけ特別な命令を出していた事を忘れていた。かなり離れたところまでごみを捨てに行っていたのだろう。到着が遅い。


 メアリーは寝起きと違って、大きな丸眼鏡をかけていた。イメージ通りだ。その眼鏡を押し上げ、涙を拭きながら、歩いてくる。


 女の子に何をしたんだという相生の目が赤司に突き刺さる。

 赤司はメアリーの到着を待って、質問する。無罪をアピールする為だ。


「要らないものを捨てろって言っただけですよね。私は貴方に危害を加えていませんね?」


「使わないものを捨てろって言った!!」


 赤司は戸惑っていた。


「使わないなら、要らないよね?」


「全部、大事な研究成果なの!!いつか使うの!!」


 赤司は命令するか悩んだ。「使わないものを捨てろ」という指示をだした。だが、メアリーは「いつか使う物を捨てた」と証言した。この矛盾は今後の為にも確かめなければならない。


「正直に言え。本当に使うのか?」


「絶対使わないいいい、あああああ。酷い!!悪魔!!」


 嘘を付いていただけだった。使わないと分かっていても捨てられない。だから、ごみ屋敷なのだろう。


 赤司は村長の元に向かい、小声で聞く。

「村長、村長。実際、メアリーには困ってますよね?」


「うむ、メアは研究の途中で大爆発起こして、ここに送られたんじゃ。正直、他の者も怯えていてのう……」


 赤司はゲームを嗜んでいたおかげで、研究の失敗=爆発という異常事態を簡単に受け入れることが出来た。

「村人の過半数超えたら、命令できる制度にします?」


「致し方ないのう……」

 ばつが悪そうに答える。それが聞こえている村人も、反論はしない。


「では、決を取ります。メアリーの家を片付けて欲しい人は挙手」

 ほぼ全員だった。さっき来たメアリーは状況を理解していない。


 赤司は精一杯微笑む。

「メアリー、貴方はもう一度、部屋を片付けてきなさい。使う可能性が10%未満の物は全て捨てなさい」


 メアリーは一瞬だけ泣き止み、全身で絶望を表現した。助けを求めるような顔をしている。

 不思議な事に、相生に対してとは違い、メアリーに酷い事をしても、何も心が痛まない。


「はい、ダッシュ」


「ああああ、悪魔!!許さない!!呪ってやる!!あああああ、足が勝手に!!」


 メアリーの声が聞こえなくなると、急に静かになった。


「赤司君、今日だけで女の子を何回泣かせたか覚えといてね」

 相生が耳元で呟いた言葉に赤司は震えた。

 赤司は漠然とではあるが、自分が尻に敷かれるタイプだと察した。

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