泉の守護者
村人を全て広間に集める。まだ、進化にはレベルが少しだけ足りない。森に獲物を狩りに行く。
その間に、ゾンビたちには狛犬ゾンビが壊した扉の修理でもさせておく。
「じゃあ、ゾンビになる前に狩人か冒険者や案内人だった人は手を挙げて」
赤司の声でゾンビが全員手を上げる。狛犬も必死に手を上げている。可愛い。
声での命令も出来るようだが、相変わらず知能が低い。
「自分が村で一番可愛いと思ってる人は手を挙げて」
再び全員が手を上げる。50人を好き勝手に出来るというのは面白い。もう少し遊んでいたいが、時間が無い。
赤司は作戦を変える。服装や骨格で体格で仕事を分ける。
まず、森を案内できそうな男三人を選ぶ。
そして、残りから、木を切る係。扉を作る係。
そのどちらも出来なさそうな者には畑を耕す係を命じる。
「そして、お前は部屋を片付けろ。使わない物は全部捨てろ」
メアリーにだけは特別な命令を出しておく。
ショックを受けたような顔をした気がするが、気のせいだろう。
仕事を与えたゾンビたちは移動を始めるが、数体はその場に留まる。老人ばかりだ。
「畑を耕せ」
念じると動き出す。命令が聞こえなかったのだろう。
確率で命令に従わない個体が誕生するのかと危惧したが、大丈夫だったようだ。
赤司は狛犬二匹とゾンビ三体を連れて、森に出かける。
命令はシンプルなものを心がける。仮定法は理解してもらえない。
「魔物か魔獣がいる所に案内しろ」
頭で念じると、三体は同じ方向に進みだす。
数分歩くと、獣道に辿り着いた。蹄の跡がある。もし、馬ならありがたい。騎乗の経験はないが、命令して好きに動かせられるのだから問題ないだろう。
「ここまででいい。お前達は村に帰れ」
ゾンビだけは先に帰す。戦闘が始まるかもしれないからだ。
ここからは狛犬の嗅覚を頼りに進む。
しかし、獣道をただ進むだけで、目的の場所には着いた。
少しだけ開けた場所に綺麗な泉。月光に照らされてその透明度が良く分かる。
そして、その隣には一頭のペガサス。白銀の翼が美しい。大当たりだ。ペガサスに乗って空を飛びたい。
木を間に挟んで25mは離れている。気付かれてはいない。
ステータスを確認する。戦う前には敵の情報を調べるのは、ゲーマーの基本だ。だが、表示されない。どうやらステータスを隠す程度の知能はあるらしい。
赤司はエネミーのステータスを調べる魔法が使えない。危険度は未知数である。特にペガサスというメジャーモンスター。騎士級位はあってもおかしくない。なんなら、ペガサスナイトは聖騎士級のようにも思える。
赤司は数分考えた結果、最も確実な方法を選ぶ。
とりあえず狛犬ズに行かせて、駄目だったら逃げる。
「まずは敵意を見せずに近づけ」
念じると狛犬たちは動き出す。
ある程度近づくと、ペガサスも狛犬に気づく。
「聖なる泉を汚すものが来たかと思いきや、神獣か。ならば敵対もするまいよ」
ペガサスが喋った。とても高貴な声質だった。
「しかし、なんだこの匂いは。汚れの気配。僅かな腐臭……」
赤司は飛び出してしまった。このままでは狛犬がゾンビだと見破られ、殺されてしまう気がしたのだ。
姿を見せれば、汚れの気配は狛犬ではなく自分にあると思わせられるだろう。
「貴様が腐臭の原因か。珍しいゾンビだが、泉を汚す者には容赦するまいよ」
ペガサスが羽を広げる。恐ろしいが、同時に美しくあった。周りが明るくなったような気さえする。このペガサスになら殺されてもいい。そう思わせる程のものであった。
「お前達はペガサスと共闘して俺を倒せ」
赤司は狛犬たちに念じる。怪我を覚悟した。このペガサスはかなり強い。羽を開く動きだけで確信した。
だが、神獣である狛犬が巻き込まれる程近くにいれば、即死級の攻撃は撃ってこないだろう。近くには守るべき泉もあるのだ。
しかし、その考えは甘かった。狛犬が赤司に向かって走り出した瞬間、ペガサスは魔力を貯め始めたのだ。魔法に疎い赤司でも、それが狛犬や泉ごと吹き飛ばす威力であることは察せた。
「お前達は向こうに逃げろ!!」
赤司は狛犬に叫ぶと、それとは逆方向に走り出す。
一瞬しか考える時間の無かった赤司はゲーマーとしての最適解を出した。
狙われていて、なおかつ最も戦闘力がないのは赤司である。であれば、狛犬二匹を逃がした方がパーティーとしての被害は少ない。
赤司自身もその場から逃げれば即死は避けられるかもしれない。
しかし、これはゲームではない。ゲームに似ているだけの世界なのだ。パーティーが死ななくても、本人が死ねばそれで終わりだ。赤司が考えるべきは、狛犬を犠牲にしてでも、自分が生き残るにはどうすればいいのかということであった。
時間があれば、狛犬を捨て駒に出来ただろう。守るべき泉ごと吹き飛ばす魔法をそのまま撃つわけが無いのだ。
だが、赤司は瞬間的に自分の命を天秤にかける際、何の主観も持たない癖があった。
だが、この行動はペガサスを悩ませた。知能が高い故の葛藤であった。
赤司の最適解は狛犬を盾にする事だったはずだ。そうすれば、戦闘不能は避けられただろう。そして、そのまま逃げればいい。
わざわざペガサスを襲いに来たという事は、「私がこの泉から離れない」という情報ぐらいは持っているはずなのだ。この一撃さえ防げれば、簡単に逃げられた。
それなのに、自分の命より狛犬の命を優先した。そもそも、私は人間の存在に気付いていなかったのだ。腐臭の話をした段階で狛犬を置いて逃げればよかったのに。
ペガサスは魔力を引っ込めた。
いつでも殺せる相手だ。話を聞く事にする。そもそも、魔法はあまり撃ちたくないのだ。どこかで見られていて、対策を立てられるかもしれない。
それに、誰かと話したい気分だったのだ。
赤司は、そのまま逃げようとしていた。
「待て。逃げたら殺す」
赤司は立ち止まるしかなかった。
「何故、私を襲った。理由を話せ」
赤司はペガサスに嘘を見抜く能力はないと確信していた。だが、そんな誤魔化しが通じる空気ではなかった。
赤司は座る。逃げないという意思表示が重要だと思ったからだ。そして、転生して相生を噛んだ所から順を追って話した。
ペガサスの中には複雑な考えがあった。
人間に興味が薄いペガサスにとって、50人程度ゾンビにした話など、どうでもよい。それで、魔王を倒せるのであれば、少なすぎる犠牲だ。
彼の成長速度を見ても、有望株だ。
だが、彼は神獣に手を出した。そもそも、ゾンビは汚れだ。それが世界のルール。
ただ、世界のルールは本当に絶対なのか。丁度、疑問を抱いている時であった。示し合わせたように、彼はこのタイミングで現れたのだ。普段であれば、話を聞くまでも無く殺していた。
「貴様に協力しよう。ついてこい」
ペガサスは自分の疑問を赤司に託すことにした。
赤司はすぐ近くの洞穴に招待された。
そこには一頭のペガサスの新しい亡骸があった。血が固まってもいない。しかし、傷は見当たらなく、本当に綺麗な死体だった。
「私が殺した。彼はルールを破った。この亡骸を連れて行くといい」
赤司にとって、思わぬ提案であった。もう、生きて逃げられさえすれば、万歳だと思っていた。
「それは、彼をゾンビにしていいという事ですか?」
赤司は確認を取る。ほんの些細な行き違いで殺されてしまうほど、自分はちっぽけな存在なのだ。
「勿論だ。彼は汚れた。ペガサスのルールは常に正しく美しくある事。だが、それを破ってでも貫きたい彼なりの正義があったらしい。ゾンビになったとしても、それで彼が目指していた事が叶うのならば、本望だろう」
ペガサスが赤司に首を近づける。噛もうと思えば噛める距離だ。だが、行動には移せない。
「所詮、人の世の事だ。貴様の行動の結果、誰がどうなろうと構わん。だが、私が力を貸したのだ。もし、貴様が悪の道に落ちたら、私の判断ですぐ殺しに行くぞ」
この言葉は嘘ではない。赤司には分かった。
赤司は亡骸の横に正座をした。正しい作法が分からない。であれば、日本式の礼儀を尽くそうと思ったのだ。
棘を使わずに噛みつく。亡骸はゾンビとして蘇った。
案内してくれたペガサスは背を向けている。
赤司はステータスを確認した。
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<称号>泉の守護者の子
反逆の追求者
<種族>ゾンビ【ペガサス】
<クラス>聖騎士級・下位
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赤司は察した。
背を向けている彼は泉の守護者として、ルールを破った者を葬った。
しかし、次は親として子供を生き返らせてしまった。
彼は自分がしたことに今後も後悔し続けるだろう。
これは明らかにルール違反のはずだ。
「彼はこの森で最速だった。この辺りの魔物は動きが遅い傾向にあるからな。うまく使えば、この森の生物は簡単に仲間に出来るだろう」
自慢の我が子だったということが伝わって来る。しかし、ずっと「我が子」や「息子」とは呼ばない。そこに少しの寂しさを感じた。
さっきの行動を見るに、ペガサスは魔法タイプだ。ゾンビになって、魔法を失ってなお、聖騎士級。本当に強かったのだろう。
「いつか魔王を倒して、綺麗な状態でこの亡骸を返しに来ます」
「貴様には敗北して欲しい。そうすれば、私が正しかったと証明できるからな。ルールを破った所で不可能を可能には出来ない。そうであれば、ルールを守る事こそが正義だ。彼を葬ったのは間違いではなかった。それを私に教えて欲しい」
赤司は全てをくみ取った。
彼とはなれ合わない方がいい。
表向きは敵同士の方がいい。
玄武の森最速のペガサスを渡しても、ルールを破っても、意味が無かった。そう言いたいのだ。
赤司は背を向けたままの敵を無視し、無言で洞窟を後にした。
泉の守護者の子を連れて。