人との接触
赤司は目を覚ます。
森の中。緑は深く、幹は構える。日は淡く漏れ、鳥か魔物かもわからぬ声は歌う。
地球との違いは分からないが、高揚感が胸を埋める。やっと自分が生きるべき場所に来たのだ。ここが居場所だと確信する。
よし、ゲーム開始だ。
まずは、安全確認。近くに魔獣や敵の気配はない。
赤司は自分の姿を確認する。黒いローブの様な服装。魔術師だったようだ。胸を巨大な爪で抉られた跡がある。
魔獣と戦って、死に、ゾンビになったらしい。
すぐ近くに、この体の男と同じパーティだったと思われる3人が死んでいた。
このパーティを襲った魔物が近くにいなくて良かった。
次に自身の状態を確認。手足は折れてなく、体も腐っていない。動きは勿論遅いし、走れもしないが、歩けはする。
さらには、イケメンだ。スーツの男に感謝する。
見た目的には20歳ぐらいだろうか。若くして可哀そうに。
ステータスを確認。目の前に文字が浮かび上がる。
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<種族>ゾンビ
<レベル>1
<クラス>一般市民級・下位
<スキル>
『噛みつき』
噛みついた相手の種族をゾンビにする。
<特性>
『腐った体』
回復魔法や薬などHPを回復しようとするとダメージを受ける。
『知能なし』
防具や武器を装備しても使うことが出来ない。魔法や道具も使えない。
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やはり、スキル『噛みつき』はチートだ。確定一撃死。条件も楽に満たせる。しかも、抵抗する方法がほとんどない。
ゾンビ化は状態異常とは違うのだ。普通、常にゾンビ化対策なんてしてる人はいない。しかも、『全状態変化耐性』は『勇者級』の特性だ。出会う可能性は考慮にも値しない。
いずれは「ゾンビ化」から「従属化」に切り替える予定ではあるのだが。
ちなみに「従属化」は状態異常なので、簡単に対策されてしまう。
ステータス画面を閉じ、仲間の死体を漁る。有益な何かがあるかもしれない。
塩があった。ガッツポーズをとる。なければ、海に行こうとまで考えていた。ゾンビは体が腐る。それに応じて、動きは遅くなるし、何より人間のフリが出来ない。
体に擦り込む。これで腐敗は遅くなるだろう。
魔物に襲われて、美味しく頂かれないといいのだが。
他にも武器や薬、道具は回収する。
死体を噛んでゾンビにするかは悩んだが、やめておいた。ゾンビを増やす事で、自分のレベルは上がる。しかし、複数のゾンビが歩いていれば目立つ。
今、衛兵が討伐に来れば即死だ。勝ち目が無い。
元々の予定では、レベルの低い動物をゾンビにし、倒して経験値稼ぎ。
レベル10で進化すれば、体の腐敗は止まる。それまでは実質寿命がある為、急がなければならない。
とりあえずレベル稼ぎに都合のいい動物を探す。
3時間ほど歩いて下を向く。動きが遅すぎて何も追えない。
しんどい。
だが、分かった事もある。この森の広さは、おそらく『玄武の森』。
この世界には3つの大国がある。そのうちの一つ、『四獣連合国』は、玄武、白虎、朱雀、青龍と呼ばれる4体の『神話級』神獣と共存している。
ここはその四獣連合国のほぼ4分の1を占める、玄武の縄張りである北方の森だ。
3時間程度で探索出来ない森は他にもあるだろうが、もう一つ根拠がある。玄武は防御特化の神獣なのだ。その影響か、四獣連合国の北側では、防御や不死に関する特性やスキルを持つ生物が多い。ゾンビなどのアンデッド発生率が高いのも玄武の森だ。
「そこの魔術師さん、待って」
後ろから声を掛けられる。赤司は焦った。この段階で人との接触はまずい。油断した。
とりあえず、赤司はステータスは他人から見えないようにする。
この世界では、コミュニケーションを円滑にする為、人間同士はお互いのステータスを確認出来るようにしている。勿論、名前や職業など部分的にであり、全てを隠している人もいる。
隠しているステータスを見る魔法もあるが、基本的には魔物に対して使うものであり、人に対して使うのはマナー違反だ。
魔術師は職業上、隠している割合が多い。運がいい。とりあえず、魔法使いとして誤魔化すしかない。
相手のステータスを確認する。
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<名前>
相生 希美
<称号>
全能の癒し手
<クラス>
聖騎士級
<職業>
転生者
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赤司は頭を抱えた。
よく見るとクラスメイトだった。
学校では、長い髪をきちんと結び、眼鏡をかけ、委員長を絵にかいたような見た目だった。しかし、ここでは綺麗な髪を風に流し、裸眼で爽やかだった。
普段、クラスメイトの事などあまり気にしていない赤司が一瞬分からないのも無理が無かった。
しかし、彼女の正体に気付いた赤司はさらに焦った。彼女のチートはまずい。警戒していた相手だ。
通常の回復魔法は、直前に受けた傷しか治せない。
だが、彼女のチート『完全回復』は古傷や病気、欠損した部位、そして、ゾンビ化も治せる。赤司にとって、数少ない天敵なのだ。
襲って、ゾンビにしてしまうか。赤司は悩む。
しかし、従属化と違い、ゾンビ化は知性やチートも失う。無駄な殺生のように思えてしまった。
相生の事を思い返す。そういえば、あの殺伐としたクラスで唯一普通の優しい人だったように思える。
自分も助けられた事がある気もする。
ここで、彼女のチートが危険だからと、何も考えずゾンビにしてしまえば、心まで魔物になってしまうのではないだろうか。
今の自分の見た目は20歳だ。口調を考える。
「私は怪我をしている。近づかないで欲しい」
そもそも、まだ彼女が声を掛けた理由も分かってはいないのだ。様子を見る。
「分かってる。だから、治療してあげる」
彼女は善意で声を掛けていたようだ。だが、それは困る。ただの「回復魔法」ならダメージを受けて死んでしまうし、「完全回復」をされても、ゾンビから只の人になってしまう。
どちらもゲームオーバーだ。
「君が敵でないという証拠がない。私は今、気が立っている。近づくな」
説得する。頼むから、お互い無干渉でいよう。そうすれば傷つけ合わずに済む。
「私のステータスを見て」
彼女は隠していたステータスを開示した。それには所持スキルや、魔法、特性まで含まれていた。普通に考えれば、自殺行為だ。対人戦で情報の秘匿は、最強の武器であると言うのに。
特に、彼女は攻撃魔法を一つも持っていなかった。これはこちらが攻撃魔法を一つでも持っていれば、何のリスクも無く彼女を襲えるという事だ。
こうなると、それでも治療を拒み続けるというのは、不自然極まりない行為である。
彼女も赤司がゾンビだと気付けば、倒す可能性は高い。一般人に被害が出るかもしれないからだ。
赤司は腹をくくった。彼女をゾンビにする。
「分かった。治してくれ。お礼はする」
赤司はその場に座り込み、木にもたれ掛かった。相生を油断させるためだ。
相生は嬉しそうに赤司に近づく。
「お礼は要らないの。誰かの力になりたいだけだから」
相生の笑顔は悲しげだった。
「私ね。皆のサポートが出来たらと思って、癒し手になったの。でも、私の『完全回復』は回復に時間が掛かるの。だから、戦闘では、普通の癒し手より弱いって分かってね。パーティを追い出されちゃった」
相生は赤司の胸のあたりに手を伸ばす。
赤司は罪悪感を振り払う。出来る事なら、彼女を仲間にしたい。自分であれば、彼女の力を発揮できる。だが、癒し手とゾンビ。それは夢物語のように感じてしまう。赤司はゾンビ化を行う前から後悔が始まっていた。
「ごめんな」
赤司はそう呟くと、相生の腕を掴み、体を引き寄せ、首に噛み付いた。
驚くほどの快感だった。