ゾンビ転生
クラスの大半はバスから出て行った。
しかし、数人は自分の今後を大きく左右する決断が出来ないままでいた。
スーツの男は腕を組む。悩んでいるというより、困っているという意思表示であった。
「進みませんね。どうしたらいいんでしょうか。もう、こちらで選んでしまいましょう。漠然としたイメージを頭に浮かべてください。こちらでより近い物を与えましょう」
スーツの男の突然の提案に数人が「待って」と声を上げた。だが、男は赤司が頭に思い浮かべた考えに不意を突かれた。期待していた人材からの思わぬ提案。
男は他の者などどうでも良くなった。この時点で選択できていない様では、その牙が魔王に届くことない。
彼と早く二人っきりで話したい。赤司以外に適当なチートを与え、バスから次の世界に転送する。
「さて、詳しく説明してもらえますか?一度に読み取れる思考には限度があるのです」
赤司は、聞いてもらえたことで安堵した。
もし、彼が本当は「神様」ではなく、誰かからの命令でここにいるのであれば、彼自身には他の権限が無い。いくら頼んだところで無意味だったからだ。それに、本当に神様だったとして、位が低かったり、天界のルールに逆らえない可能性もあった。
だが、こうして時間を作ったという事は、少なくともこの男には決められたチートを与える以外の自由がある。
「俺を魔物にして欲しい。俺の知識、知能はそのままで」
男は迷っていた。魔物の戦闘力は高い。だが、知能が低い。まれに人語を理解する程の高い知能を持つ魔物もいるが、複雑な魔法や道具を使わない。だからこそ、人類が最大の勢力を誇っているのだ。
人間は弱い代わりに、知能が高く戦略や魔法や道具を同時に使う。
赤司を魔物にしてしまっては、第二の魔王になってしまうのではないだろうか。
「私達の目的は魔王の弱体化です。お察しの通り、倒すのは難しいです。しかし、何もしなければ、暴れて世界を滅ぼすでしょう。だから、こうやって定期的に異世界から勇者を送り、魔王の弱体化を図っているのです。貴方を魔物するメリットは皆無です」
赤司は反論する。考えた結果、このルートが最もクリアに近い。
立ち上がらず、冷静でい続ける事を意識する。
「いや、魔物になり、内部から弱体化を図る。それだけ長い期間、魔王をやっているのなら、魔王軍幹部とか四天王がいるんだろ?そこに入り込む」
赤司の言った事は正しかった。魔王軍はかなりの規模だ。
そして、戦略としても正しい。
ただ、前例が無かった。魔物の能力は特殊だ。人間の知能で使えば、恐ろしいことが出来る。
例えば、かなり弱い部類に入る『土中魚』。地面を泳ぐことが出来る。日の光を浴びると死ぬ。文字通り、一般人でも対処可能な雑魚だ。
だが、泳ぐことが出来る地面には「床」も含まれる。つまり、室内で暗殺をするなら持って来いの能力なのだ。
一度、城に入ってしまえば、直射日光はまずない。後は、一人でいる側近から順に殺し、隙を見て王を喰う。
一日で国を落とせる。
「分かりました。少し待ってください。上の者……、本当の神様と相談します」
男はそんな事は出来ないと、突っぱねるには惜しい提案だと思った。話を簡単にする為、自分を『神』だと説明したが、その設定を無視して上と掛け合うに値する内容だった。
赤司は「お前、本当に神様じゃないかい」と心の中でツッコんだが、心を読まれる事を思い出し、必死に別の事を考える。
「そうだ。その間に異世界の事を勉強したいんだけど」
赤司はほぼ思い付きで頼んだ。
暇な時間が出来るのであれば、異世界の予習がしたい。
男は少し悩む。だが、これぐらいの事であれば問題ないと判断した。
「貴方のステータス画面に異世界の辞書を付けておきます。特別に私が消えた時間だけ見れるようにしておきます」
そう言って男はすぐ消えた。早く、この話を報告したかったのだ。
赤司はダメ元で言ってみた提案が通り、急いで勉強を始めた。転生する魔物も選ばなければならない
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男は2時間程で帰って来た。
赤司としては知りたい事がある程度知れ、満足いく時間だった。
「とりあえず、結論としてはOKです。ただ、やはり、魔物は強すぎるので、『一般市民級・下位』に限らせてもらいます」
赤司は先程得た知識を思い返す。
『一般市民級』は一般市民で対処できる程度の魔物。
魔物や人間の強さは順に『一般市民級』『兵士級』『騎士級』『聖騎士級』『勇者級』『英雄級』『神話級』となる。
人間で言うと、勇者級が魔王に挑める最低限、英雄級はその中でも魔王に有効なダメージを与えられるレベルである。
勿論、表すのは戦闘力だけでなく、英雄級の支援職や勇者級の研究者などもいる。
そして、『下位』は一人で、『中位』は数人で、『上位』は集団で対処可能という事になる。
つまりは、『一般市民級・下位』は最も低レベルの魔物である。一般人と同じ戦闘力。
「どうしますか?普通にチート貰って、転生します?」
男としては、確認だった。これで無理して魔物になられても可哀想だ。それで勝てるビジョンがあるのなら、ぜひ魔物になって欲しいが、上から許可が出たからといって、強要すべきものではない。
「いや、ゾンビにしてくれ」
即答だった。
赤司はする事が決まっていたのだ。
そして、チートの中にそれが実現できる物はなかった。
魔物が持っているであろうスキル『従属化』、もしくは『魅了』等の相手を操る技。それが欲しかった。
本当はヴァンパイアが良かった。特殊スキルも多い。血を吸った相手を『眷属化』し、奴隷にも出来た。
しかし、ヴァンパイアは『騎士級・上位』。騎士団が討伐に向かうほどのエネミーだ。
だが、ゾンビにも似た性質がある。
『聖騎士級』まで進化したゾンビは、噛みついた相手をゾンビにするか、従属させるか選べる。
従属化した相手は今後自由に操れる。
従属化とゾンビ化は違う。だから、ゾンビ固有の弱点とも無縁だ。
更に、従属化された者は知能もあり、スキルも使える。
命令すれば、自分で考えて動いてくれる。
うまくすれば、人に従属化されているとバレずに生活できる。
赤司はこれを他のチートよりもよっぽどチートだと思った。噛みつくだけで、奴隷に出来る。
どれだけダメージを受けようと、一噛みさえ出来れば勝利条件を満たせるのだ。
「分かってると思いますが、只のゾンビは弱いですよ。動きも遅いので、不意打ち以外では子供にも負けます。本当にいいんですか?」
赤司はこれでいいと確信していた。
というか、これ以外に魔王を倒す方法が思い付かなかった。
各地に散らばったクラスメイトたちを従属化し、チート勇者の軍団を作る。そして、魔王軍も従属化し、魔物の裏切り派閥を作る。
これしかない。
「あと、最後の確認ですが、貴方はゾンビに転生します。他のクラスメイトは自身の体で転移していますが、問題ありませんか?自分が自分でなくなる事に未練はありませんか?」
赤司は心の中で笑った。
全くない。
周りの事に無頓着だった彼は、自身の体に執着などなかった。
サイコパスといえるのかもしれない。目的のためにアイデンティティは必要ない。
「では、頑張ってください。無理だという意見が多数でしたが、私は応援していますよ」
「待ってくれ!!」
転生の気配を察知し、赤司は叫んだ。
赤司も本当であれば、すぐに次の世界に遊びに行きたい。
だが、それではゲームがクリアできない。
男はその思考を読み取り、溜息を吐く。
「それで、どれくらい待てばいいのですか?」
「二日」
男にとっても現実的な数字であった。
このバスの中でも死ぬ事は可能である。
だが、二日なら餓死もしないだろう。幸いこのバスにはトイレも付いている。
これだけの例外を許したのだ。今更、二日待つことは誤差だ。
これまで「このまま生き返らせてくれ」や「殺してくれ」と頼まれた事はあるが、「こんなチートでは勝てないから、ゾンビにしてくれ」は、流石に予想の範疇外だった。
もう、彼は好きにさせてみよう。
「異世界が覗けるようにしておけばいいですか?プライベートは見れないようにしますよ」
「助かります。あと、できれば、水と食料も貰えませんか?」
男はにっこり微笑むと、消えた。
二日後、ようやく空腹の赤司は転生した。