チートの選択
かなり長くなりますが、自信作です。評価をお願いします。モチベーションに繋がります。
バス内は不安と恐怖に満ちていた。
数秒前、高速道路を逆走してきたトラックと正面衝突を起こしたのだ。修学旅行の道中、フロントガラスを見ていた者は僅かだったが、それでも確実な死の恐怖は、乗っていた36人に一瞬で広がった。
そして、今に至っている。
周りを見渡した者から、現在の異常に気付く。
怪我や死んでいる者が一人もいないのだ。
衝突の衝撃は体が覚えている。夢ではなかったとはっきり分かっている。それなのにだ。
更に、バスが真っ白の何もない空間に停まっている。現実世界にここと類似するところは、ない。
まるで、バーチャルの世界。背景を設定しなければ、こんな感じなのだろう。音や匂いまでも白い空間に溶けて無くなっているようだった。
そして、冷静な者は運転手や引率の教師が消えている事に気付く。
この度重なる異常は、ほぼ全ての生徒を動揺させるには十分過ぎた。
しかし、悲鳴は上がらない。バス全体がギリギリの精神で成り立っていた。誰かの一押しで、大パニックが起きる。それは皆が理解し、必死に我慢していた。
誰かのすすり泣く声だけが、漏れる。
そんな仲、唯一楽しんでいる者がいた。赤司佐久真である。
彼はこの状況が「異世界転生」や「異世界転移」、もしくはそれに近い物だと直感していた。
彼は元々の世界に未練が無かった。一言で説明すると冷めていたのだ。
彼の高校、その中でもこのクラスはヒエラルキーが特別強かった。この時代に、はっきりとした順位があった。
彼はそれを否定していたわけではない。ヒエラルキーも考え方によっては楽である。強い物は好き勝手でき、弱い奴は1位に媚びへつらうだけでいい。
ただ、彼はそれを面倒くさがった。ヒエラルキーが下がってもいいし、上位者の機嫌を取る事もしない。狭い高校でトップを取っても馬鹿らしい。
しかし、その考えはヒエラルキーの運営者にとって邪魔だった。順位を下げる事がペナルティーにならない人間は扱いづらい。
徹底的な無視が始まった。こんなクラスに興味が無かった彼にとっては何のダメージも無かったが。
そして、それを見かねた中間層が直接的ないじめを始めていた。最下層がいなくなれば、自分たちの順位が相対的に下がってしまうのだ。
第二の赤司佐久真を生むわけにはいかなかった。
彼はそれでも何もしなかった。いじめられるのも面倒だが、それを解決するのも面倒だからだ。
彼は決して何もできない訳ではない。ルールが良く分からない状況と、負ける事が嫌いだっただけだ。
だから、難しいゲームは好きだった。戦う前から攻略サイトやプレイ動画で勉強して、攻略するようなタイプだった。ゲームのワクワクより、確実なクリアを楽しんでいた。
そして、理不尽なゲームも嫌いではなかった。とある有名ゲームが、追加コンテンツで意味不明な縛りプレイを要求してきた。ネットの口コミは面白さの欠片も無いと荒れたが、彼は与えられた条件でクリアする方法を模索し、楽しんでいた。
彼は現実世界を「理不尽なゲーム」だとは思えなかった。クリアが見えないからだ。彼には理不尽かどうかはどうでもよかった。
それに明確なクリア条件と、それが出来る余地があるのであればいい。幸せも的確な条件を出されないと、目指せなかったのである。
「皆様こんにちは。分かりやすく言うと、私は神様という事になるのでしょうね」
突然、バスの中にスーツ姿の男が音も無く現れる。
悲鳴が上がるが、既に死の恐怖から、男への警戒に意識が移行している。パニックは起きなかった。
「さて、状況を理解していない人ばかりなので、一から説明いたしましょう」
男が説明した事は主に5つだった。
1.皆さんは死にました。
2.異世界に転生して勇者になり、魔王と戦ってもらいます。
3.チート能力を一人一つ与えるので、好きなチートを相談して決めてください。
4.昔からこの世界には地球人が沢山来ていて、神話やゲームの元となっている。
5.魔王にダメージを与えたチームは、生き返らせる。
馬鹿げていると一喝されるような内容であるが、バス内は静かに聞いていた。男の話から矛盾を探ろうとしていた者や、男の話を素直に信じた者、自分の死を受け入れられない者。反応は様々であった。
だが、赤司佐久真だけは、別の事に動揺していた。
男が口にした「魔王にダメージを与えたら」という言葉。何故「魔王を倒したら」ではないのか。
もしかすると、チート持ちが数十人いた所で、ダメージを与えるのがやっとの強敵ではないのか。
男は赤司を見て微笑む。
赤司はそれを肯定だと受け取った。この男は人の心が読める。そして、限られた情報で作戦を立てられる人を探しているのだろう。だから、チートも選ばせてくれる。
既に戦いは始まっているのだ。
ここで間違った能力を選んだら、詰む。
赤司は楽しくなった。
ラスボスが理不尽なまでの強さ。更に、自分はソロプレイヤーだ。クラスメイトとパーティを組むつもりなど、毛頭ない。ラスボスにだけ勝てるキャラメイクではなく、道中の雑魚も倒せる構成にしなければならないのだ。
おそらく、そんな万能チートは選べない。一人で無双できるのなら、これほどの人数の転生者は必要ない。
取れる手段は限られる。
他人のチート能力を奪うか、チート能力を持つ人間を操るか。
つまりは、自分が複数のチートを操るか、勇者の軍隊を作るかの二択。
一人だけ結論が出た赤司は、椅子に深く座り直し、周りの様子を見る。自分程、冷静な人間はいない。
男もクラスメイトが落ち着いて理解するまで、次の話はしないだろう。
ラスボスの能力考察とどんなチート能力を優先的に集めるかの戦略を立て始めた。
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「では、状況を理解してくれたようなので、次に進みましょう。こちらが選択できるチート能力です。決まった人から、外に出てください。同じチートは選べませんよ」
男の説明と同時に、各々の目の前に文字が浮かび上がる。まるでゲームだ。
赤司は急いでチート能力を把握する。相談と言いつつ、実際には先着順である。輪を乱して、誰かが有能チートを持ち逃げするかもしれない。
すぐに目につくのは『火属性魔法・威力100倍』や『筋力・ステータス100倍』等の100倍系。無難に強いが、万能ではない。エネミーの特性で、物理無効や炎攻撃吸収等は良くある。
ごり押しよりも選択肢を増やせるほうが強い。
例えばこの『地球工学知識』。これは自分が知っている物の作り方が正確に分かる。なんと戦闘機や核兵器の設計図や材料が完璧に分かるのだ。
作り方が分かった所で作れるかは別の話だが、時間を掛ければマシンガンぐらいなら量産できるはずだ。武器屋や王家に技術提供してもいい。
周りから、次第に相談する声も出てきた。まだ、チートを把握しながらの雑談の段階で、誰も話し合いの司会進行を買って出ようとはしない。
「俺らでチーム組むんだったら、近距離攻撃と遠距離攻撃と回復役か?」
「一人は盾役欲しくないか?防御力100倍って、ダメージほぼ0に出来るんじゃね?」
「この『聖剣獲得』と『聖鎧獲得』で誰か一人を勇者にした方が強いと思うよ」
「そんな事したら、剣と鎧渡した二人は一般人じゃん」
赤司は100を超えるチートに目を通すのに忙しかった。クラスメイトが雑談で読み終えるまで時間を無駄にする事を祈っていた。しかし、この混沌をスーツの男が壊した。
「皆さんが見ている殆どは『勇者級』や『英雄級』ですが、最後の5つは『神話級』と言われる世界最高のチートです」
赤司がそのページに目を通そうとする前に、声が上がった。
「じゃあ、俺らその5つでいいよな?」
「一つ足りなくね?」
「じゃあ、私、仲間を生き返らせるのにする!!さっき見つけてたんだ」
「決まりじゃん。早く、出ようよ。私、汗かいちゃった」
このクラスのカーストトップの6人だった。もう既に立ち上がっている。
スーツの男は微笑んだ。赤司の他に6人も見込みのある人間を見つけたのだ。この決断の速さこそが、クラスを支配できる所以なのだろうと思った。
6人は『神話級』を独占した。何も考えていない様だが、実際『神話級』は格が違う。『英雄級』で生半可なコンボを組むより、適当な『神話級』を集めた方が遥かに強い。
他にもいい人材がいないかと心が躍る。
「ちょっと待てよ。話し合いで決めようぜ」
焦って声を上げたのは、次にカーストが高い杉野だった。杉野は運動も勉強もそこそこでき、クラスのトップに立ちたいという野望もあった。
しかし、例の6人には勝てなかった。その憂さ晴らしか、代償行為か、杉野は自分よりカーストが下の人間に厳しかった。
赤司を率先していじめようとしていたのも彼である。
「あ?めんどくせえよ。お前が何と言おうと、俺は譲らねえけど。そもそも、こんなスキル一個でお前が俺らより先に魔王倒せるとでも思ってんの?」
一緒にいた5人はくすくす笑う。
「杉野君。話し合いするか、多数決で決めてあげよっか?私ははんたーい」
完全に見下した態度だった。女子に馬鹿にされた杉野は、一気に威勢を失う。
赤司はそのタイミングで『神話級』を諦めた。今こそが6人を止められる唯一のタイミングだったのだ。それを杉野は逃した。
もう少し、口論を引き延ばしてクラスメイトを味方にできれば、まだ勝ち目はあっただろう。これは杉野を先頭に、一致団結して戦うほどの内容だった。
だが、先に杉野は敗北した。他のクラスメイトも腑に落ちていないが、一人ずつ反論したところで握りつぶされる。
もう、反撃する為に、皆で団結するきっかけは無い。
「じゃあ、俺ら6人はそんな感じで頼むわ」
「承知いたしました」
スーツの男の合図で6人はその場から消えた。
今更ながら、魔法の存在を実感させられる。
しかし、驚き慣れた者達は、むしろ6人がいなくなったことで緊張感が少し緩む。
それと共に、もやっとした感覚が広がる。あの6人を止めきれなかった杉野に対する八つ当たり的な感情もあった。
「じゃあ、俺達は話し合いで決めようぜ。どうするのがいいと思う?」
杉野は6人がいなくなり、クラスを纏めようとし始めた。しかし、今の敗北と先着順という前例が出た事から、協力しようとしたのは、普段から杉野のグループに属している数人だけだった。
元々、このクラスの空気は良くない。カーストに従いたくない人間も多かった。だが、下手に反抗するよりは良かったのだ。だが、おそらく、今後会う事も無い。今更、杉野の言う事を聞くメリットなどなかった。
その考えは、態度で杉野にも伝わった。
杉野はカースト最下位の赤司を睨んで、椅子に座った。
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