百花繚乱~前編~
アーバンシェンド・リオンという名前を貰ったのは、私がたしか十歳のときだった。
「あなたの名前はアーバンシェンド・リオンよ。私はアーバンシェンド・リミ」
「……?? 」
「今日から私たちは姉妹になるの。いいでしょう?? 」
私は言葉の意味が分からなかったのでとりあえず頷いた。リミはとても喜んだ。
白い髪に赤い眼。
私は白唖という、とても忌み嫌われる種族の人間として生まれた。
何しろモンスターの末裔なのだという。嫌われる訳だ。
学校にも入れてもらえず、両親の存在も分からない。
両親も白唖だったのだろうか。それとも普通の人間……?
とにかく白唖は戦闘能力が高い。
政府に捕まって人間兵器として使い捨てられることも少なくは無いそうである。
それはとても恐ろしかった。
学校にも行っていない私が何故こんな情報を知っているのかって?
ゴミ捨て場にある新聞や雑誌だ。
私はこれで、一人で、文字や世界のことについて学んだ。
身なりだってきちんとしていた方だと思う。
何故なら援助交際をしていたからだ。
その日も、いつものようにサンドルアンダー村領主館の裏で声を掛けられるのを待っていた。
「……!!!」
突如もの凄い銃声が鳴り響いた。
「逃げたぞ!! 白唖の泥棒だ!! 」
男の声がする。白唖の泥棒……??
「もごっ……!! 」
急に何者かに口を押さえられた。怖い。助けて……!!
「……静かにして」
顔の見えない声の主は女性であった。
数秒も経たないうちに、斧や槍、ピストルを持った大勢の男たちが攻めてきた。
「白唖の泥棒め……!! 今日は絶対に殺す……!! 」
白唖に名前は無い。全ての白唖が白唖と呼ばれる。
「それはどうかしら? あなたたち、こんな子供まで殺すつもり? 」
なるほど。私は人質というわけだ。でも、人質が白唖でいいのだろうか?
「白唖の子供か……畜生、こいつも犯罪を犯す前に殺しておかねえとな」
ほらやっぱり……。人質が白唖じゃ意味ないじゃん……。この人は馬鹿なのか……?
「この子はまだ何もしていない!! 私を殺す理由はあってもこの子を殺す理由は無いわ……!! 」
そして『白唖の泥棒』さんは魔法の術式を展開し始めた。この人、魔術師だったんだ……。
生で魔法を見るのは初めてだった。男たちの足を浮き上がらせ、その場に転ばせた。
あれっ? 魔法ってこんなもの……?
ピストルの男がすぐに立ち上がり、『白唖の泥棒』を撃とうとする。
「えいっ……!! 」
『白唖の泥棒』はすぐに男に術式をかけた。男は脱力したようにその場に倒れる。
「ピストル!! 」
「……え? 」
「ピストルを奪って!! 戦うのよ!! 」
ピストルなんて触るのも初めてだったし、使い方も分からなかった。
「そ、そんなの無理です……」
「──戦わなかったら死ぬ!! それだけよ!! 」
私はピストルを構えた。
何故だろう。それまで触ったことすら無かったこの武器が、なんだかしっくりくる。
次々と起き上がり攻撃を仕掛けてくる男たちを、私は全員射殺した。辺りはドス黒い血で染まっていた。
「凄いじゃない!! あなた、銃の才能あるわよ!! ねえ、私と一緒に来ない?? 」
そうして私とリミは行動を共にすることになったのだった。
「ねえリオン」
「どうしたのです? リミさん」
「あれ、見て」
そこには五歳にも満たない……三歳くらいだろうか?の白唖の女の子が居た。
草をむしって食べていた。私も昔よくやっていたことだ。
「ねえリオン、声、掛けてみない? 」
「きっとびっくりされてしまいますよ。ただでさえ、白唖は人間不信だというのに……」
「でも私たちは二人とも白唖。ちょっと、親近感湧くんじゃないかな? 湧かないかな? 」
私が答えようとした次の瞬間にはもうリミは白唖の少女に声を掛けていた。
「………草ばっかりじゃあ飽きない?」
なんて声の掛け方だよ。全く……。
「あ、あう………」
案の定、彼女は言葉を話せなかった。
「はいこれ。リンゴよ。甘くておいしいわ」
少女は黙ってリンゴにむしゃぶりつく。相当お腹がすいていたのだろう。
「私はリミ。この子はリオン。あなたの名前は?」
少女は沈黙する。名前という言葉の意味が分からなかったのであろう。
「んー、あなたはリノ。リノよ」
「り………の」
「うん! リノ! リノ、私達と一緒に来ない? 」
え!? ちょっと待って!? なんで急に一緒に連れていく話になってるの!?
リノは魔術において多大な才能を魅せた。
三歳にして高等魔術を操り、師匠として教えていたリミも驚きを隠し切れずにいた。
そして、そんな凄い彼女だが心配もあった。
もし政府に見つかれば、ぼろぼろになるまで人間兵器にされかねない。
リノを隠し通さなければならない。そう、リミと私は思っていた。
私はというと、やはり銃に興味を持った。
あのときに放ったピストルの感覚。快感。忘れられない。
今は大きな狙撃銃の練習をしているところだ。
「リオン、ちょっと来て」
「どうしたんですか? リミさん」
「こないだ、領主様が変わったでしょう? 」
「はい……」
サンドルアンダー村の皆なら知らない者はいないはずだ。
「はっきり言うわ。白唖への弾圧が厳しくなってる。しかも秘密裏に」
「秘密裏に……? 」
「白唖を一人残らず完全暗殺。これが今回の領主様のご希望よ」
「そ、そんな……一人残さずということは、子供も? 」
「勿論。私たちも、危ない」
「リノだっているのに……」
「リオン、あなたはもう、一人で大丈夫。一人でウィンセントへ向かって」
「ウィンセントって……あの中央都市ですか!? 」
「そう。あそこなら白唖を迫害する人も少ないはず。あなたの銃の腕なら、どこのギルドにだって入れるわ」
「じ、じゃあリミさんとリノは……」
「リオン、お姉ちゃんとの約束。絶対秘密にしてくれる?」
リミさんは絶対に恐ろしいことを考えているに決まっている。私は頷くことしかできなかった。
リミは黒魔術を使った。
サンドルアンダー村ごと、催眠術をかけたのだ。
白唖という種族が害悪であるという思考ごと、取り消した。
リミは拡張したステッキに私を乗せてくれて、サンドル山を越えてアノマルト駅まで送ってくれた。
そしてリノを『何不自由なく暮らせるお嬢様』としてお金持ちの家ごと騙し、預けた。
そして黒魔術師となったリミは姿をくらませた。
私はそれからのことは何も知らない。リノにももうずっと会っていない。
ただ、便りだけは送り続けた。この世界の便りは伝書鳩を使うので、身元が判明することはない。
返信が来たことは一度もなかったが。
そして月日は流れ、私は受験をし市立ウィンセント中央高等学校へ入学した。
もちろん専攻は銃。
主に拳銃、二丁拳銃、狙撃銃、散弾銃を扱う。
高校の近くには古い銃専門店があって、レアな銃も置いてある。
私は毎日のようにそこへ通っていた。
「おじさん! この銃は!? 」
「ああ、それはね、百年前の第一回フェニックス討伐戦で使われた貴重な銃なんだよ」
「す、凄い……!! 他にももっと見せて!! 」
すると、店のガラスケースの外から視線を感じた。
ランドセルを背負った、黒髪ぱっつんの超絶美少女である。
アメジストのような瞳をキラキラさせながらこちらをじーっと見ていた。
おじさんがドアを開けると途端に飛び込んでくる。
「お姉ちゃんは、銃が撃てるの!? 」
「え、ええ……。まあ……」
「すっごーい!! ココロね、銃がだーいすきなんだ!! 将来は銃士になるの!! 」
「そう。それは素敵な夢ですね」
「お姉ちゃん、ココロに銃、教えて!! 」
これが私の弟子、エモニエ・ココロとの出会いであった。
つづく