僅カナ煙
「昔わしらの国の王様は悪いことをしたんじゃ、それでも勇者様とグランタリアの王様はわしらを許してくれたんじゃ」
やせ細った狼の頭に人の体の長老は、子供たちにそう話して聞かしていた。
長老もまた幼い頃教えられた話で、これを聞く子供らもまた子供らに話していくのだろう。
グランタリアの辺境に当たるこの村は、砂と岩で出来ている。
痩せた土地で生きるのは魔族と言われた、かつてグランタリアの3勇者に負けた国の異形の民。
彼らは決して搾取されているわけではなく、税は中心地より安い上、戦争後も恩赦として隷属などは求められなかった。
市民権だってある。
おかげで街の若者の多くは、領主に仕えたり市街に働きに出ることで仕送りをできるし、それはこの村の立派な財源となっている。
特に、学問としての魔法が失われて久しい昨今、本能的に魔術を使える魔族は、その能力如何によっては労働力として引く手数多だ。
魔族の集落は総じてその様な状況にある。
前の魔王の討伐からおよそ100年、新たな魔王の出現の時期に怯え、山河は常に赤く、土地は雨以上に血肉で潤っていた。
あらゆる都市、国家、果ては個人に至るまで広く求められる稼ぎのいい傭兵は子供らの憧れで、戦場には常に見知った者を殺し合う異常が常となり、そんな魔族の窮状は戦から遠く離れた人には野蛮と敬遠された。
今日も村には、領主の城から来た馬車が止まる。
月に一度か二度、職を求める若者や、仕送りを届けてくれる彼らにとってはありがたい存在。
「やぁ、みんな」
馬車から降りて来たのは、最近都から赴任された騎士アイスマンだ。
プラチナブロンドの髪にサファイアの様な瞳で、細かな刺繍の施されたコートと辺境に似つかわしくない若さと美貌で、前領主に比べて遜色ないほど、人と魔族分け隔てなく接することもあり、彼の周囲は常に黒山の人だかりが出来ている。
「やぁ長老、腰は大丈夫? クラース、お母さんは元気かな? リズ、キミはいつも素敵な笑顔だ。マリア、今日も綺麗な髪だね。タローズ、相変わらずキミは背が高いな」
そんないつもの挨拶を交わしながら、騎士アイスマンは全員に手紙や仕送りを手渡しで配っていく。
足元に駆け寄ってきた1つ目の子供を抱き上げて、アイスマンはいつもの斡旋に話題を振る。
「領主付きのお傍人.......女性が好ましい。国境警備の雑務に2名.......ここまでは特に魔術の記載は無いな。傭兵団グリムから吸血族が一体と、これも領主宅か.......領主宅の警備に風を起こせる魔術の者.......以上だが、誰か希望はあるか?」
アイスマンの話も終わったころには、村の屈強な若者が我先にと手を挙げた。
中には今ここにいない息子の分と老婆も手を上げている。
続々と警備と雑務の求人に列が伸びる中、空の様に鮮やかな青い髪の少女マリアも領主のお傍人の列に並んだ。
「マリア、キミもこの村を出るのか? 」
アイスマンは少し寂しそうに聞くが、当のマリアは気にもかけていない。
「やっと15になれたんです。私これでアーセン様の忘れ形見のクラスト様にお仕えできるんですよ。嬉しいなぁ 」
屈託ない少女の笑みに観念したようにアイスマンは笑う。
「そうだね。キミは元々魔族じゃないし、屋敷の人間も邪険にしないだろう。何かあれば僕もいる。安心してくれ」
求人の面接はそれぞれが現地で10日後ほどが多い。
領主の城がある街までは人の足で半日ほど、村人は出立の準備に送る者、送られる者がそれぞれの家路につき広場は静けさを取り戻す。
「して長老、私の探す火の魔族は見かけなかったか? 」
アイスマンは長老に静まった声で話しかける。
村人に向ける明るい声音とまったく違う恫喝にも取れる口調。
「勘弁してください。あなたの仇なんでしょうが、火を使える魔族など鬼や蛇、それこそドラゴンでも一部でしょう.......そんな恐ろしいのうちにはおりませんよ」
魔術に秀でた生物が魔族とは言え、行使する能力はあくまでも本来持つ力の延長でしかない。
爪を伸ばすことも個体差で、水を出すことも発汗の延長程度の認識。
人には理解できない規格外の力は全て魔術とされるが、その中で火は特に特殊であった。
能力の発現と共に自らを焼く力は、排熱を得意とする爬虫類型の魔族でも生存率は極稀であり、その他の魔族では火の形質を持った性質が遺伝されず、火の魔術はそれこそ生涯で目にかかることがなくとも自然なほど。
「そうだな.......すまん」
「いえ、アイスマン殿はその仇を追って、わざわざこのような辺境まで来られたのでしょう? お気持ちはわかりますので」




