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ゴーレム―sideB  作者: てまり
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罹患

幼い頃、泣き虫ルーは8つの時に、商家に売られた子供であった。


回復魔法でお布施をもらい身を立てることも、森から現れたオークを剣術で追い払うことも出来ず、多くの人が多少なりとも素養のある魔法が片鱗ほども感じられなかった。


兄は風を起こすことで風車を回し、弟は手からコップ1杯ほどの水を生み出した。


隣の家のおじさんは、暗闇で一瞬だけ光を起こせた。


体が強いわけでなく、ルーの父親のように魔王の部下と戦ったなんて武勇譚なんて夢のまた夢であった。


ルーが商家に譲られたのも、隣国の王が魔王となり戦争を仕掛けてきたことで、国が税の徴収を吊り上げたせいだ。


しかし、売られるとなって喜んだのはルー自身であり、兄弟たちとの才能の比較で頬を濡らすことからの逃避は叶った。


ルーが12になった年、国は勇者の選定をした。

剣豪ローズバルト、教主ワンセラ、盗賊ガーベラ、騎士長グランクス。


28の都市から30の勇者とその帯同者が決められた。


風の様に軽い剣、倭国の刀、爆ぜる矢、様々な武器を与えられた勇者達は、国同士の戦とは別れ隣国に忍び込み戦力を削った。


しかし、その中で帯同者の仕事は過酷に尽きる。


求められれば盾となり、路銀となり、必要とされるまま体を委ねる。


幼いルーが帯同者に選ばれたのは、その顔立ちからであった。


不幸なことに、ルーの使えた勇者達は10人ほどでパーティーを組んでいたが、隣国の斥候30人ほどに追い立てられ翌日には国境に首が並んだこと。


幸運であったのは、ルーの才能が花開き土の魔術として「ゴーレム操作」が成功したこと。


通常、ゴーレムは土人形を固めてそれぞれに命令を込めていく作業を要し、一体のゴーレムを作るのに賢者と言われるほどの世界に5人と居ない魔法使いがどうにか数年がかりで仕上げるものだった。


それも性質は土でありながら人であるため、硬い土を使えば起き上がることすらままならない魔術で、誰も利用することなどなかった。


しかし偶然ながらも、ルーは死体を用いて「ゴーレム創造」の手順を飛ばし「ゴーレム操作」で窮地を脱した。


その後、ルーは賢者ルーファスとして今も名を知られる「最後の魔法使い」と呼ばれるに至ったが、老衰で死んだ話や戦争で鬼籍に入った話ばかりで、遂に行使した魔法の概要と賢者の容姿は誰も知らぬこととなった。



そこはレンガで組まれた民家が並ぶ、かつて交易で栄えた旧国境線の廃棄された街。


半日も外を歩けば砂まみれになる街の外れに、かつての賢者は暮らしていた。


かつてルーファスが仕えた、商人の所有物であった二階建ての大きな邸宅は、廃棄されたものと思えぬほど清潔に保たれ、何十人もの人の声が屋敷の中には響いている。


馬車で帰宅したルーファスを待ちわびていたように、屋敷の中からは多くの使用人が飛び出してきた。


どの使用人も身体の1部、もしくは大半を金属や布で覆い歪な形になっていたし、中には角の生えた魔物や半身が獣の者も含まれていた。


彼らはルーファスの手の中で、シーツに包まれ繭の様にされたクラストを見るや、湯を沸かし服を着替え、酒を室内に撒いた。


声も出さず淡々と、しかし可能な限りの速さで作業に従事する彼らだが、中には嗚咽を漏らし泣きだす眼帯のメイドや床を殴る角の生えた青年も見えた。


それらを指揮しているように見える赤銅色の肌の青年は、泣いてる者に酒を被せ屋外に蹴りだしてルーファスに向き直った。


「ご主人様、ご命令を.......」


声をかけられたルーファスは食堂の真ん中で、シーツから解放されたクラストの頬にそっと手を当てていた。


「強い子だ.......クラスト、キミを殺した世界と私を恨め.......」


ルーファスは自身の持ちうる全てを、願いと共にクラストの体に込めた。


そこで始まったのは魔法なんて舌触りのいい光景ではない。

メイド達が呪文を唱えながら、仲間の皮膚を剥がしてはクラストのむき出しの肉に貼り付け、クラストの腕の付け根をノコギリで切り直す。


炭化した血管、神経に至るまでルーファスがナイフで開き呪文を唱える。


うめき声と呪文の鳴り止まない戦場。

執事の1人がルーファスの作業の進捗を見て、クラストを包んでいたシーツの中から、熱風で焼き切られたかのように原型を留めたままのクラストの父アーセンの左腕を持ち出した。


黒くなり、多少の腐敗は始まっているものの、煙と熱を上方に逃がし燃料をなるべく苦しめる作りの刑場は、偶然にもアーセンの腕を残し、ルーファスはクラストのためにそれを持ち帰ってきたのだ。


魔法、魔術が失われた現在であったが、この食堂ではそれが嘘のように多くの者が赤銅色の肌の執事の指示に従いそれを行使する。


風を浄化する羽根のある音楽家。

痛みを肩代わりしているのだろう、泡を拭きながら目を赤くする牙の生えた庭師。

常に明かりを保つ小鬼たち。


食堂の床が鉄錆色に染まり、その場の誰もの靴裏が床に張り付いたのはそれから三日目だっただろうか。


手術を終えたクラストが、2階の子供部屋へ赤銅色の肌の執事に移されたころには、家主を含めて屋敷の誰もが屋敷の通路で眠っていた。


手術に立ち会えなかった眼帯のメイドと角の生えた青年は、その全員に掛け布団をかけて回っていた。


眼帯のメイドはずっと泣き続けて足を引きずりながら、角の生えた青年は殴り続けた右手の指があらぬ方向に曲がっていたが、作業を終えた2人は子供部屋の前でジッと膝を抱えて耳を澄ましていた。


「大丈夫かな」

「.......」

「大丈夫だよな」

「.......」

「大旦那が助けたならクラスト大丈夫だよな」

「うるせぇよ、あたしに聞くなよ」


角の生えた青年は何度も尋ね、眼帯のメイドは答えられないことを酷く辛そうにしていた。

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