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ゴーレム―sideB  作者: てまり
1/3

世界の病

世界は熱病に浮かされている。


厳しかった父様も、優しかった母様も、マリア姉様も笑っていて


兵士共も、民衆もどいつも嗤っていやがる。


炎と煙に煽られた俺の家族が笑顔で燃えていく。


父様に火を付けたやつを忘れない。

母様とマリア姉様の必死の笑顔に、矢を射掛けた奴の顔を忘れない。


石を投げた奴らを忘れない。


この光景を、忘れない。


口の中は鉄の臭いに変わる。

喉が、裂ける。

俺の顔は、手足に括られた鎖より熱くなる。


それでも、少しでもこの灰を集めないと、


父様達をかき集めないと、


かき集めないと、


かき集めないと本当に消えてしまう、喪ってしまう。


十字に括られた父様たちが、歪にかけていく。


大丈夫、大丈夫、大丈夫だから、俺が集めるから、手が千切れても、足が曲重りのように動かなくても、肩と頬を地面に擦ってでも集めるから、熱くても、苦しくても、咳き込んでも、みんなはもっと熱かったんだから、大丈夫だよ大丈夫.......俺は大丈夫だから、もう笑わなくてもいいから。


父様の教えが、毛布越しの母様の温もりと香りが、マリア姉様の優しさが、傍観者共の笑いと歓声に黒く黒く塗りつぶされていく。



全部飲みこんで絶対忘れない。


俺は忘れない。


ワスレラレナイ.......



世界に魔王が居て、勇者が居て、魔法と剣で身を立てることが普通であるのなら、人々の多くはこう思っていた。


『平和に生きていたい』


数十年に一度、魔王が現れ退治されることを繰り返したならば、魔王の予兆を持つ人間なんて言うのも観測されるように技術も確率される。


そんな人間がいきなり魔王として生まれるはずもなく、少しずつ希少な魔力の才覚を見せだすことで、聖人か勇者かと噂されるのが常だ。


しかし、ありもしない仮定の恐怖と、数の暴力は世の常で、無実の民を1000人殺したとして一人の魔王を防げるのならばと、人々の心は簡単に坂道を転がり落ちる。


いつしか『平和に生きていたい』という願望は腐臭を漂わせ、他人の死によってしか実感を得れなくなっていた。


世に最後の魔王が3人の勇者に討伐されて85年、魔術の体系は失われ、また魔王によっての犠牲の数倍を非道な「人間トーチ」で毎年失われる世界で、今日もまた謂れなき地方貴族が篝火に消えた。



「.......遅かったか、なんとむごい」


銀髪にローブにメガネと、知識階級を思わす青年は炭と胃液をぐらつかせるような死臭のする刑場にいた。


青年は、かつての友人の子らから手紙をもらい、窮地から彼らを守るため馬を走らせたが、手紙の送り主は既にインク以上に黒く軽くなっていた。


刑の執行からは既に三日が過ぎていて、街の喧騒と笑い声がそこかしこに溢れている。


「何が世界平和か.......私の守るものなど.......」


食いしばった唇から染み出た赤い血が、自分だけが生きてることを改めて知らせ、己の無力と生き恥にただただ絶望する。


「あれは.......」


刑場の客を火から守る為の鉄柵から、3本の鉄鎖が炭の中にまっすぐ伸びている。


たわむことなく、まっすぐと.......


「まさか!!」


青年が駆けつけると、彼が出世に立ち会った貴族の子クラストが、クラストらしき少年が倒れこんでいた。


(ッぁあ、生きていれくれたのか、生きてくれているのか、間に合ってくれたのか)


ローブにしまった紺碧の長髪を振り乱し、クラストを抱き抱えるが、彼は右腕で顎を抑えて筋が固まり、左腕はとうに周囲の炭のどれかに混ざってしまっていた。


体の欠けたクラストの惨状は、教会で聞かされる地獄の何より悲惨であり、とても生きているなど願えない、それを願うほど残酷なこともないと思えるほどに身体は黒く硬くなっていた。


「クラスト! クラスト!、 私だ! ルーだ! クラスト! クラスト!!」


青年はクラストに必死に声をかけた。

すり鉢状の、熱流を空に巻き上げる形に設計された刑場では、虚しく青年の声が反響する。


胸を抑えて鼓動を確かめようとすると、焦げたパンくずのようにクラストの若くハリのあった肌が青年のローブに崩れて落ちた。


しかし、確かに鼓動があった。


激しく揺さぶる青年が、それを感じられたのは彼の能力もあったかも知れない。

実際は願望であったかもしれない。

しかし、クラストの鼻からは灰汁のように黒い鼻血が泡と共に出ており、確かに彼は呼吸をしようとしていた。


「なんとか、どうか息をしてくれ!」


呼吸を確保させてやらねば――

顎を抑えて呼吸を妨げるクラストの右腕を、青年がどうにか剥がすと口からは、歪に溶けた指輪と彼のものではない、大小不揃いの歯がクラストの口から零れ落ちた。


「生きようと、生きようとしてくれているのだな。クラストよ、クラストよ、世界を憎むことでお前が生きれるのなら、恨め、憎め、殺して、殺して、何もかもを殺し尽くして..............ただ生きてくれ」


ルーと呼ばれる青年、あるいは賢者、あるいは勇者と言われたその男は、魔王に魔王と言わしめたその男は、クラストを生かすために刑場から静かに彼を連れさった。


消し炭しか残っていない刑場で、鎖に繋がれた左腕が掃除婦たちのボール代わりに蹴られていたことで、誰もクラストの失踪を気にはしなかった。


炭が冷めた頃にはまた新しい火がくべられるだけなのだから.......

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