命を救ってくれたのは鋼の肉体でした 。
初投稿です。
よろしくお願いします。
──運命の女神さまとやらの手違いにより、本来ならば遭遇するはずではなかったトラック事故に巻き込まれてあっさり死亡した俺。
残念ながら、そのまま俺を元通りに生き返らせることは女神さまにも不可能だったらしい。
その代わりに、女神さまは俺にゲームのようなレベルやステータス、スキルが存在する異世界への転生──厳密に言えば転移か? をさせてくれることになった。
それも、あるチート能力のオマケ付きで、だ。
能力の名は、【継ぎ接ぎだらけの器用貧乏】。
ゲームの設定画面のように目の前の視界に表示されるウィンドウで「スキル」と呼ばれる特殊能力をセットすると、そのスキルをまるで熟練者のように扱えるようになる、というものだ。
転生したて、1レベルの時点で最初からセットできるスキルはひとつだけだが、レベルが上がるごとに、セットできるスキルの数が増えていくらしい。
一度セットすると30分は別のスキルに変更できない、という制限こそあるが、戦闘以外の面でも応用性が高く、成長すれば、無敵の俺TUEEEE系主人公生活も夢じゃない。
まさにチートというべき能力だ。
(……能力が使えるようになるのは転生(転移)完了直後からだけど、大サービスで、最初から選択・セット可能な、スキル100個の詰め合わせも追加しといてあげたわ! ゴミスキルも多いけど、レアスキルも1つは確実に入ってるはずだから、有効に使ってね!)
至れり尽くせりに思える、その言葉とともに異世界に飛ばされた俺は────
「ちっくしょおぉぉっ! なんっなんだよ、このクソゲー仕様はぁっ!!」
────転生(転移)した直後、偶然その場に居合わせたゴブリンに襲われ、いきなり死にかけていた。
◆ ◆ ◆
「うわっ、うわぁっ! 来るな、来るなぁっ! あっち行けぇっ!」
……たかがゴブリン、などと侮るなかれ。
こちとら平和な日本のぬるま湯育ち。ごくごく普通のオタク高校生だったのだ。
目を血走らせ、牙を剥き出しにして、錆びたナイフ片手に、殺意満タンで自分を殺しにかかってくる、緑色の肌をした醜悪な子鬼。
そんなものを目の前にして、平静でいられる訳がない。
とっさに傍に落ちていた木の枝を拾い上げることができたのは僥倖だったが、パニック気味に振り回すことしか出来ない。
既に数ヶ所斬りつけられた傷からは赤い血が流れ出し、今まで味わったこともないような痛みを、ズキズキと訴えてくる。
(こ、このままじゃ死ぬ。殺される……!)
この状況を打開するには、チート能力に頼るしかない。ないのだが……
(……あんの、駄女神ぃっ! せめてウィンドウの大きさくらい、自由に変更できるようにしとけよぉっ!)
スキルの選択画面は、『目の前の視界』に表示されるのだ。
視界を大幅に制限されるこの仕様は、戦闘中に使うにはあまりにもリスクが高い。
ウィンドウを開いている間に攻撃されたら、まともにかわしたり防いだりなど不可能だろう。
チャンスは数秒、一度きり。やり直しのきかない一発勝負。
俺は覚悟を決めると木の枝を構え直し、目の前のゴブリンを睨みつけた。
雰囲気が変わったのを察したのか、ゴブリンが警戒するかのように動きを止めた。
その一瞬の隙にウィンドウを開き、スキル一覧を呼び出す。
『現在時刻表示』『味覚強化+2』『敏捷力+1』『エルフ語会話』『敵意感知』『床上手』『投げナイフ+1』『ツッコミ+5』『盆踊り』『裁縫+4』……
戦闘系・非戦闘系問わず、様々なスキルがごちゃ混ぜに目の前に表示される。一応戦闘系のスキルもあるようだが、この状況を打破できるような強力なスキルかどうかは微妙だ。
(字ぃちっちゃいし、読みづれええ! せめて戦闘系・非戦闘系のタグつけるなり、検索機能やソート機能つけるなりくらいしとけよ駄女神!)
こちらの視線が、きょときょとと宙をさまよっているのに気づいたのだろう。警戒するかのように俺から距離をとっていたゴブリンが、飛び跳ねるような動きで再び迫ってくるのを、視界の隅で捉える。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 何か、何かないか、戦闘系の強そうなスキル!)
必死で指をスライドさせて、わたわたと画面を切り替えていくうちに、ひとつのスキル名が俺の目に止まった。
『鋼の肉体』
「────これだっ!」
決定ボタンを強く押すと同時にウィンドウが消え、ピンポーン、と頭の中で間の抜けたチャイムの音が鳴り響く。
【────スキル設定を確認。《金岡の肉体(かねおかのにくたい)》を有効化します】
その瞬間。
俺は『ツッコミ+5』を有効化したわけでもないのに全力で叫んでいた。
「鋼(はがね)じゃねえのかよっ! っていうか! 金岡(かねおか)って誰だあああ!!」
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スキル名:『金岡の肉体』
○○県在住の漁師、金岡権造(かねおか・ごんぞう)さん(46歳。薄毛が悩み)と同等の肉体能力を発揮できるようになる。
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◆ ◆ ◆
──結論から言うと。
俺はなんとか生き残った。
海の仕事で鍛え上げられた金岡さんの肉体は、相当にハイスペックなものだったらしい。
あれこれ考えるまでもなく身体は自然に動き、飛びかかって来たゴブリンの攻撃を易々とかわしたと思ったら、振り回した木の枝で、その頭蓋骨を一撃で叩き割ったのだった。
──喧嘩慣れした漁師の身体能力、マジパネェ。
その後俺は、数日かけて命からがら森を脱出し、近くの町にたどり着くことができたが、金岡さんの身体能力が無かったら間違いなくそれまでに命を落としていただろう。
それからさらに何ヶ月か経って手に入れた『神託』のスキルを使って駄女神から聞き出したところ、金岡さんの身体能力はこの世界でのレベル10戦士にも匹敵するようなものだったらしい。
転生したてで1レベルの俺が他のどんなスキルを使ったところで、あの場を生き伸びて森を脱出することはおそらく不可能だったそうだ。
つまり、与えられた100個の初期スキル候補の中で『金岡の肉体』こそが唯一の当たりレアスキル、正真正銘の最適解だった、という訳だ。
◆ ◆ ◆
────あれから、5年の月日が流れた。
俺のレベルもいまや90を超え、押しも押されぬS級冒険者として成長した。
今の俺にとっての『金岡の肉体』はもはや単なる弱体化スキル。実際に有効化する事など、ずいぶん以前から無くなってしまっている。
それでも俺は、今朝も目覚めるとすぐに朝の日課としてスキル一覧を呼び出して、『金岡の肉体』の説明欄を確認する。
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スキル名:『金岡の肉体』
○○県在住の漁師、金岡権造(かねおか・ごんぞう)さん(51歳。最近6人目の娘と初孫が同時に生まれた)と同等の肉体能力を発揮できるようになる。
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思わず口元がほころぶ。金岡さんも相変わらずお元気でやってるようだ。
「……あー、なんかニヤニヤしてる! あんたってば、どーせまた他の女のことでも考えてたんでしょ!」
「にゃっははは、全く、スケベなご主人さまにゃ!」
「……同意。マスターの性欲の強さは……異常」
同じベッドに寝そべるハーレ……パーティメンバーの美少女たちが不満げに言い立ててくる声に、我に返って苦笑する。
「違う違う、そんなんじゃないって。昔の……そう、昔の恩人の事を思い出してたんだ」
窓の外に目をやり、抜けるような青空を仰ぎ見る。
──金岡さん。俺が今、第二の人生をこうして楽しく過ごしていられるのは、あなたのお陰です。
──どうか、どうかいつまでも、お元気でいて下さい。
FIN.
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