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帽子男の短編集

毒音波

作者: 帽子男

 「おはようございます。朝のニュースの時間です」

 58歳会社員の男は毎朝ニュースを欠かさずに見る。30年ほどずっと続けて来た習慣である。しかし、最近男は思うところがある、なんとは無くニュースに暗い話題が多いように感じるのだ。それにそんなニュースばかりを見ていると気持ちが落ち込んでくるのだ。妻や一人息子にもその話をしては見たが「昔からそんな物でしょ」とそっれなく言われてしまう。そんなある日いつものように会社に行く途中同い年の同僚とこんな話をした


「よう、おはよう」


「おはよう。今日はなんだか元気がないじゃないか」


「そうか?いつも道理だと思うが」


「いや、今日だけじゃなく最近は特に毎朝元気がないぞ」


「最近のニュースは景気が悪いだ、殺人がおきましたや、有名人が不倫を起こしましたなんて見ているこっちの気分も落としている様なものばかりだからね。きっとそれらのせいさ」


「はー、なるほど。ニュースなんて最近は朝が起きられなくなってめっきり見るのをやめてしまっていたがそんなに悪いのかい。まー、ある程度はしょうがないさ。あまりいいニュースばかりを放送してしまっても見てる側が面白くないなんて言う人間もいるだろうしな。それに他人の不幸が面白いなんて言う人間が多くいるなんて考えたくはないが、人間は恐怖心や不快感を刺激されると物欲が増すからニュースの合間にあるCMの商品なんかの売り上げが上がるなんていう話を聞くし」


「それは初耳だな、そんな事があるのか。それなら悪いニュースが増えるのも無理からぬことだな」


 二人はそんな話しながら会社に向かった。会社に着くと男は部下たちに挨拶をし、業務を開始した。そして、12時まで男は部下たちから送られたプレゼンや企画書などをチェックしてそれらをまとめ、昼食に出た。

 近所の定食屋が美味しいのと評判なので男はそこで昼食をとろうと思い足を運んだ。店につき、注文をしてボーとしていると置いてあるテレビに目がいった。テレビにはまたしてもニュース番組が流されていてその内容は今日のどこかで事故があったという内容だった。事故などどこにでも起きるのだからそこまで取り上げなくても良いのではないかと思った、するとピッピッピとテレビの方から小さな音が聞こえ始めた。本当に小さな音なので気のせいかとも思ったが確かに聞こえる。周りを見てみると自分と同じくらいの男性が不愉快そうにテレビを見ていたが、他の多くの人たちは聞こえていないようだった。


「すみません、お待たせいたしました。生姜焼き定食になります」


「あっ、どうも」


 気が付くと若い店員さんが男の定食を運んできてくれた。男は


「あの、すみません。テレビから変な音が聞こえるのですが」


「変な音ですか?」


 若い店員さんはそう聞き返した。


「ええ、聞こえませんか?こう、ピッピッピと」


「いえ、聞こえませんが。もしよろしければ番組を変えてみましょうか?」


 そういうとテレビの番組を変えた。するとさっきまでの不快な音が消えたので若い店員さんに「もう大丈夫です。消えました」と伝えた。若い店員さんは不思議そうに男を見つめると


「何かありましたらまたお呼びください」


 と言って離れていった。もしかして疲れているのか、そう男は思い今日は早く家に帰ろうと決めた。

 

 それからというものそれは頻繁に聞こえてきた。毎朝のテレビではもちろん昼食に利用する店、はたまた街角のラジオからも聞こえてくる。しかし、それは私だけではないようで時より私くらいの年齢の人がテレビやラジオの近くで耳をふさいでいるところを見かける。これを同い年の同僚に相談してみた。


「少し相談があるのだが」


「おう、そうだと思ったよ。最近のお前はどうかしているよ」


「ん?どういうことだ?」


「顔色がずっと悪いし、何かに怯えているような感じだ。そして、テレビを見つけると直ぐに逃げるようにどこかに行こうとする。この前行った飲み会を覚えているか?あの時もお前はテレビを見つけると結構な時間トイレからも出っては来なかったじゃないか。その後もずっとソワソワしていたしどうしたんだいったい」


「実はテレビから音が聞こえるんだ。こうピッピッピとそれがとてつもなく不快な音なんだ。聞いていると頭がどうにかなってしまいそうな」


「気のせいなんじゃないのか?もしくは何かのストレス的なものとか」


「やはりそうかな」


 と同僚にそう言われ男は次の日に病院に行くことした。大きな大学病院で検査を行い結果を医師から伝えられた。


「特に異常は見られませんね。耳の方も正常ですし、このお歳にしては健康といえるでしょう。やはりストレス性による幻聴でしょうな」


 男は診断の結果に納得は出来なかったのでこう言った。


「先生、私の他にもこのような症状の人間はいませんでしたか?たびたび私と同じような定年前の男がテレビやラジオの音を嫌がっているように感じるのです」


「確かに最近多いですが…そうですね、何分なにぶん会社員というものはストレスをためやすいものだと思いますので仕方のないものだと。それに定年前という事もありまして体力や気力も衰えていきますから」


「そうですか…そうかもしれませんね」


 そう男は医師に説得され、ビタミン剤と一応という事で安眠剤を処方され病院を後にした。駅に着くと男はふらふらと立ってホームで電車を待った。疲れているか、もう私も歳かもな3日ほど有休をとって妻と一緒にどこかを散歩でもして気を紛らわせようか。そんな事を考えていると電車がこっちに向かってきた。そして、男はホームから飛び降りた。落ちている途中男は走馬灯を見るのではなく、自分の足が勝手に動いていたことに驚いていた。


「最近定年前のサラリーマンの自殺が増えてきていますがどういうことなのでしょう?今日は専門家の○○先生にお越しいただきました。先生よろしくお願いします」


 テレビからはそんなニュースが流れていた。それを聞き流していたどこかの研究員と所長にこんな話をしていた。


「このニュースに私たちの作った音が流されているんですよね」


「その通りだ」


「いいのでしょうか、人を不快にさせてしまうものなんて流してしまって」


「いいのだよ、それに全員を不快にさせるわけではない。ある一定の年齢に達した者しか聞こえないようにもなっているからな。まぁ国家には必要な物だろうよ」


「どういうことですか」


「これは定年前の人間を不快にさせ、死にやすくさせるシステムなんだよ。今は人口が多くなりすぎて年金や生活援助金など国がそれらすべてを払うことができない、そして払えなければ国の信用は無くなり機能しなくなってしまう。しかし、この毒音波を聞いて老人になる前の者がいなくなればどうなる?そう、簡単なことだ管理しなければいけない者たちが少なくなり国は今までの通りに運用できる。皆が望むことさ」


「国の体制を変える方向には持ってけないんでしょうか?」


「無理だろうな。今の体制を変えるために争いが起きることは国民の求めるものでもないし、それにこの国は間違っていないと子供の時から教え込まれる。多く者はそれを望まないだろう。だからこそ、気が付かないように間引くのさ。そういうものが必要なのだ」


 と所長は締めくくった。研究員は「そうですね、そうかもしれません」と小さな声で呟いた。


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