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背反 ver2019

「――待て」


 それは悲痛な響きを乗せた言霊だった。

 獣道よりは多少マシという程度の林道を歩いていた青年の足が止まる。


 新月。


 星々の光くらいしか光源のない闇の中で、けれど青年二人は互いに互いの姿をきちんと捉えていた。

 二人共年の頃で言えば二十前後であろう。

 声をかけた方は膝に手を置いて屈みながら白い息を吐き出し、王国の兵士装が金属部をこすり合わせる音がしている。しっかりとしたガタイに似合う濃いめの顔立ち。実年齢よりは数歳年上に見られることが多いだろう。


「……見つかりたくはなかったから、この日を選んだんだがな。アイルヴォルト」


 一方、足を止めて振り返った青年はしなやかな立ち振舞をしていた。アイルヴォルトと呼ばれた方が戦士然とした体つきなら、青年の方は盗賊を思わせるような雰囲気がある。

 だが狡猾さは微塵もない。むしろ達観しているかのような落ち着きがあった。それが、冒険者が好んで着るような簡易な衣装に不思議とよく似合っている。防寒具として首にウールの布を巻いているのがなおさら細めの顔立ちをより整ったものへと昇華させていた。


「どこへ行くつもりだ、ノルクラウド」


 少し呼吸の落ち着いたアイルヴォルトはようやく本題を切り出した。

 聞いていながら答えの分かっているかのような表情。

 その目は切望と諦観が入り混じったような輝きを宿している。


「理想を取り戻しに」


 ノルクラウドは一片の迷いもなく言い切った。

 まるで一国の主が審判を下すように重々しく、けれどはっきりと。


「理想は俺たちの手で作り出すのではなかったのか」


 アイルヴォルトは切実な様子でそう切り返す。言い絞るように問うた姿にはどこか迷いがあるようにも感じられた。

 ノルクラウドが軽く上を見上げる。

 まるで新月の中に満月を幻視するかのよう。その視線がずっと遠い場所を捉えているのは簡単に想像できた。


「お前も悟ったろう? ――所詮それを作り出すのは〝王〟であると」


 アイルヴォルトが押し黙る。彼が本気でノルクラウドを止められない理由。そしてノルクラウドがこのような決断をするに至ったその理由。

 それはあまりにも明白であるがゆえに、返す言葉も、説得する論理も存在しない。

 それでも――


「国王様に進言できるだけの発言力を持てばいいではないか!」


 アイルヴォルトとてそれが難しい選択である事は承知していた。今の自分の心境からしてもノルクラウドの気持ちは痛いほどに良く分かった。

 だがそれでも彼は王国の騎士である事を選んだ。

 仮にこれからも似たような悲劇が繰り返されるのだとしても、それを止めるための力を得て内側から変革する。それが彼の決意であり結論だった。


「お前がどう立ち回ったとて、王という一本の柱の上に立っている事に変わりはない」


 ノルクラウドが淡々と切り返す。まだ若者らしい溌剌さに生命力の強さを感じられる容姿。だというのに口調は壮年の男性が自分の子供に言い聞かせるような、有無を言わせない威厳があった。


 破格者ノルクラウド。


 変わり者の多い純然魔道士にあって、それでも強烈な個性を持った、偉人と変人を行ったり来たりする人物。あまりに強すぎる魔力を内包しているが故に人格すらあやふやで、一人称も口調もその時折で変化する。

 ゆえに、破格者。

 異端の域に足を踏み入れてしまったとすら称される、最強で、最狂の純然魔道士。


「……ここを去ってお前はどうするつもりなんだ。国王様でも討ち取るつもりか」


 アイルヴォルトにとってこれは出来損ないの鎌掛けだった。そうすることで少しだけ時間稼ぎをして言葉を繋げたかった。

 けれども。


「……さすがに、三年も行動を共にすれば分かるか。いや、しゃべりすぎたな」

「!?」


 アイルヴォルトの驚愕に気づきもせず、ノルクラウドはさらに続ける。


「私は国王を討ち、この腐った国を終わらせる」


 静かな宣言。

 アイルヴォルトが咄嗟に何を言うよりも早く凄まじい轟音が鳴り響いた。


 地面に紫電が突き刺さる。


 閃光のような眩しさが収まった時、アイルヴォルトの視界にノルクラウドはいなかった。

 ただそこに突き立つ剣と、メモが一枚。


『約束の品だ。手向けと思い受け取れ』


 そこにはそう書かれていた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 黄昏に沈んだ執務室。黄金色の光で書類を透かしながら男はため息をつく。


 ――五年


 ただひたすら地位を上げることに専念し、手にかけてきた賞金首や犯罪者の数は最早数えることもできない。


 血と賞賛。

 歓喜と畏怖。

 奈落と深淵。


 時には迷いすら抱きながら粛々と任務をこなし、冤罪と思われる相手であっても冷徹に刃を振るい。向けられた絶望と恐怖に塗り固められてできた今の自分は確実に地獄に落ちるであろう。アイルヴォルトはそれを受け入れることで手向けとし、毅然と前を向いていた。


 ついた二つ名は〝唯一の媒介魔道士〟


 〝唯一〟の意味は〝唯一純然魔道士に勝てる媒介魔道士〟という話で、彼は媒介魔道士でありながら王国における最強戦力という地位を手に入れていた。

 だがその力の源となる〝媒介〟は、かつて親友がくれた最高傑作だ。それを思う度、アイルヴォルトは時の残酷さと皮肉を感じずにはいられない。


「反逆者、革命者、魔を連ねるもの、最強、狂いし者……。よくもまあこれだけの異名を手に入れたものだ」


 手に持つ書類に書かれた俗称の数々。

 すべてこの五年間でノルクラウドにつけられたものだった。


「俺もお前も力を得た。この国を左右できるだけの名声も得た。……決着をつけよう、ノルクラウド」


 書類から目を外し、窓から城下の方を見やる。

 黒煙に爆炎。轟音。

 そこは今まさに戦場となっていて、その戦闘にはかつての親友がいる。


 ――豪雷。


 ノルクラウドお得意の純然雷魔法。彼相手に屋外で戦うのは分が悪いにも関わらず、被害を最小限に食い止めようと兵士達が命を散らしている。

 アイルヴォルトは立てかけてあった長剣を手に取った。

 五年間ひたすらに血を吸い続けた親友からの贈り物。

 それを一瞥して僅かに憐憫を感じさせるように目を細めた後、彼は毅然と戦場へと向かう。


 行き先は城に入ってすぐの大ホール。


 そこは最終防衛ラインであり、同時に雷魔法の届かない場所でもある。ノルクラウドと戦うのにここ以上の適地はない。

 背後に巨大な扉を控え、アイルヴォルトは剣を足元に突き刺し、ただ事の首謀者が現れるのを待っていた。


 喧騒と振動。

 徐々に近くなる罵声と悲鳴。


 他の人間はこの場にはいない。いても役に立たない。主に純然魔道士で構成された革命軍に対して、ほとんど媒介魔道士で構成される王国軍は数以外で有利な部分が無かった。

 ゆえに戦乱が起きた時点でここまで攻め込まれるのは計算のうちだ。

 ここでアイルヴォオルトが勝てるかどうかに全ての命運がかかっている。


 やがて眼前の扉がゆっくりと、けれど一気に開く。


 流れ込んできた軍勢を前にアイルヴォルトは剣を一振り。

 ただそれだけで、媒介発動した風魔法が軍勢を屍の山へと変化させた。

 彼は無表情のままひるんだ敵に剣先を向ける。


「呼集媒介・火炎爆(バーンブレイズ)


 赤熱した剣から放出された火炎が敵陣に接地、爆発炎上する。

 火炎が収まる頃に鼻腔を擽る人の焼けた臭い。昔は顔をしかめたそれにももう慣れていた。


 ――いつの戦いでも損をするのは尖兵だ。


 かつて親友にそう話したことがふとアイルヴォオルトの頭によぎった。

 痛む心に鞭を打ち、飛んできた火炎の球をサイドステップで回避。

 着地部から唐突に出現した突起を体を捻って掴み、そのまま遠心力を利用して降り注ぐ氷槍を翻弄する。


「呼集媒介・脚部補佐(アシスト・レッグ)


 反応速度の上がった足で、なおも突き刺そうと直進してくる氷の槍を足場にする。

 跳躍。

 一気に接敵して数人を剣でなぎ払い、また広間に戻る。

 五年の歳月で培った経験。修羅場。勘。

 その全てが生き残るために使われていた。


「……そこまでにしてもらいたいな」


 追撃のために発動した爆炎が扉を潜り抜けることなく霧散する。

 懐かしい声。

 アイルヴォルトは一瞬動きを止め、すぐに剣を構えなおした。


「オレを信じてくれるものたちを、これ以上殺させるわけにはいかないんだ」


 五年前のあの日とは違う、青年が好んで使うような口調。けれど声色はあの時よりも少し大人びた。

 まだくすぶりを残す炎の間からアイルヴォルトが良く知る――そして、王国の敵となった男が現れた。


 アイルヴォルトが口を開く。


「……〝理想〟は見つかったのか? ノルクラウド」


 それが全て。

 これこそが二人を隔てた大きな溝。

 ゆえに二人は己の道を築きあげてきた。


 一方は踏襲することで。

 一方は改革することで。


 ただひたすら、夢見た世界を実現するために。


「これから作るんだ、アイルヴォルト」


 ノルクラウドは当然のようにそう言い切った。

 五年前とは違う青年らしい快活とした笑顔。今表出している性格はアイルヴォルトが見てきた中でもとびきりまっすぐなモノらしい。


 ――この人格があの日に現れていたらもしかしたら未来は変わっていたのだろうか。


 一瞬湧いたそんな考えをアイルヴォルトはかぶりを振って否定する。


「……あの日の『せめて自分達の手の届く範囲の人間だけでいいから、笑って過ごせるようにする』という誓い。俺は今度こそ守りたかった」


 過去形だ。

 アイルヴォルトは年相応以上に深みの出た顔つきを更に苦々しげに歪める。


「だというのに、お前はこの動乱でそれすらも失った。俺達が誓った『手の届く人間達』は、今度はすべてお前が踏みにじった」


 王都進入のために最初に革命軍が攻め入った場所。それは地の利を利用したいノルクラウドがよく知った場所でなければならず、同時にアイルヴォルトが勤務していた場所にも重なる。


 ――すなわちそこは、かつて二人が誓いを立てた区域。


 憎悪が無いと言えば嘘になる。哀しみが無いと言えば嘘になる。

 そこまで堕ちたのか、と叫びたい思いをアイルヴォルトは必死に押さえつけていた。ぎり……と、剣の柄を握る指に力が籠もる。


「これが成功すればこの国に住む全ての人間に手が届く。全ての人間が、笑って過ごせるんだ」


 自分が手の届く範囲だけでいい――それが、分岐路だったのかもしれない。


「お前は……お前は、多くの人間のために、自分の回りの人間を犠牲にしてもいいのか!」

「身の回りの人間のみ救えれば満足だと、そう言うのかい? アイルヴォルト」


 分岐した進路が再び交わることは無い。

 だから。

 だから――自らの信念の下にただ刃を交える。

 失ったものと得るもののバランスを取るために。


「お前を倒し、オレは理想を形作る!」


 ノルクラウドの宣言。


「……ならば、俺はお前を退けよう。全力を持って、退けよう」


 アイルヴォルトの決意。

 先に動いたのは――


                                 ――fin




あんなんでも当時は「超傑作!」とか思ってたんだけどね……。

今見ると色々痛すぎて、できる限り修正したけどそれでもまだびっくりするくらい痛い……orz

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