背反 ver2006
相変わらず空行挿入以外はいじってません。
「待て」
それは、悲痛な響きを乗せた言霊。
それが、林道を本格的に駆け出そうとしていた青年の足を止める。
新月による闇の中、星の輝きだけが二人の姿を影のように照らす。一人は今声をかけた男のもので、膝に手を置いて屈みながら白い息を吐き出していた。その吐息の部分だけが、薄い光の中でよく映える。
「……見つかりたくはなかったから、この日を選んだんだがな。アイルヴォルト」
呼び止められた青年は、どこか諦観の入った様子で答えた。けれどむしろ、そうなることが予想の上だったというように感じ取れる口調。
青年の姿は冒険者が好んで着るような簡易のもので、首にウールの布を巻いた簡単な防寒が施されている。対してアイルヴォルトの方は、王国の兵士装そのままという感じである。……いや、所々ボタンが外れていたり、しっかりと着れていない所を見る限り、慌てて着替えて飛び出してきたという表現のほうが正しいかもしれない。
「どこへ行くつもりだ、ノルクラウド」
アイルヴォルトは、呼吸を落ち着かせながらそう問い返す。その目は失望と切望が入り混じったような、なんともいえない輝きを宿していた。
「理想を、取り戻しに」
それにノルクラウドは、一片の迷いもなく言い切った。まるで一国の主が審判を下すように、重々しく、けれどはっきりと。
「理想は、俺たちの手で作り出すのではなかったのか」
アイルヴォルトは切実な様子でそう切り返す。言い絞るように問うた姿には、どこか迷いがあるようにも感じられた。
「だが。……所詮それを作り出すのは国王であると、そう悟ったはずだ、アイルヴォルト」
アイルヴォルトが押し黙る。彼が本気でノルクラウドを止められない理由。そしてノルクラウドがこのような決断をするに至ったその理由。
それはあまりにも明白であるがゆえに、返す言葉も、説得する理論も存在しない。
それでも――
「国王様に進言できるだけの、発言力を持てばいいではないか!」
理論の存在しない言葉を響かせるには、声を荒げるしかない。一方で、そんなものは不可能だという気持ちも存在していた。
「それすらも、国王という一本の柱の上に成り立つものだ。それは、所詮一人の人間が決める政治であることに変わりは無い」
ノルクラウドが淡々と切り返す。年で言えば二十歳にもなっていないだろうその容姿で、口調は壮年の男性が自分の子供に言い聞かせるような、有無を言わせない威厳があった。
破格者ノルクラウド。変わり者の多い純然魔道士にあって、それでも強烈な個性をもった、偉人と変人を行ったり来たりする人物。
彼は一概に、“個”を持っていないとも言われている。あまりに強すぎる魔力を内包しているため、一人称はバラバラであり、さらに口調もその時折で変化する。思考回路すら、微量の変化をしているようだった。
ゆえに、破格者。異端の域に足を踏み入れてしまった、最強で、最狂の純然魔道士。
「……それで、ここを去って、お前はどうするつもりなんだ。国王様でも、討ち取るつもりか」
アイルヴォルトにとって、これは出来損ないの鎌掛けだった。そうすることで、少しだけ時間稼ぎがしたかった。
けれども。
「……さすがに、三年も行動を共にすれば分かるか。いや、しゃべりすぎたな」
「!?」
アイルヴォルトの驚愕に気づきもせず、ノルクラウドはさらに続ける。
「私は、国王を討ち、民意の下で政治をとりおこなわせる」
静かな宣言と、決別を告げるように降り注ぐ雷。不意打ちにもかかわらず、アイルヴォルトはそれを冷静に回避する。
けれど、向き直った彼の瞳には、黒衣の青年の姿はどこにも無かった。
ただそこに突き立つ剣と、メモが一枚。
『約束の品だ。手向けと思い受け取れ』
そこには、そう書かれていた。
黄昏に沈んだ執務室で、その黄金色の光を書類に通しながら、男はため息をついた。
――五年
ただひたすら地位を上げることに専念し、手にかけてきた賞金首の数は最早数えることもできない。
血と賞賛。歓喜と畏怖。奈落と深淵を彷徨い、絶望と恐怖に塗り固められてできた今の自分を思うと、甚だ情けない。
そしてついた二つ名が『唯一の媒介魔道士』
その名を得るための媒介が、かつて親友がくれた最高傑作であると思うと、時の残酷さと皮肉を感じずにはいられない。
『唯一』の意味は、『唯一純然魔道士に勝てる媒介魔道士』というだけの話だ。
「反逆者、革命者、魔を連ねるもの、最強、狂いし者……。よくもまあこれだけの異名を手に入れたものだ」
手に持つ書類に書かれた俗称の数々。すべて、この五年間でノルクラウドにつけられたものだった。
「俺は、地位を得た。そしてお前は、力を得た。共に、この国を左右できるだけの名声を得た。……すべてが変わってしまったこの五年後の世界で、過去の清算をつけよう、ノルクラウド」
今は城下で指揮を執っているだろうかつての親友に向けて、そう宣言する。五年前に別々の方向へ歩き出した二人が、再会するときが近づいていた。
男――アイルヴォルトは、立てかけてあった長剣を手に、屹然と出口へと向かう。元老騎士となった時に受け取った、簡素だが高性能な装備を身につけて歩く姿は慄然としていて。それなのに、どこか哀憐が拭えていないように見えた。
背後に巨大な扉を控え、アイルヴォルトは剣を足元に突き刺し、ただ事の首謀者が現れるのを待っていた。
喧騒と振動。徐々に近くなる罵声と悲鳴。
それを聞きながら、それでも微動だにせず待ち続ける。
他の人間は、この場にはいない。いても、役に立たないからだ。そもそも主に純然魔道士で構成された反乱軍に対して、ほとんど媒介魔道士で構成される王国軍は数以外で有利な部分が無い。そのため彼の眼前の小さく頑丈に改造された扉は、開くことが前提なのだ。
問題は、彼の後ろの扉が閉まったままでいられるかなのである。
やがて眼前の扉がゆっくりと、けれど一気に開く。
流れ込んできた軍勢を前に、剣を一振り。
ただそれだけで、媒介発動した風魔法が軍勢を屍の山へと変化させた。
滞った流れに剣先を向けて、
「呼集媒介・火炎爆」
赤熱した剣から放出された火炎が敵陣に接地、爆発炎上する。
火炎が収まる頃に鼻腔を擽る人の焼けた臭いにも、慣れていた。
――いつの戦いでも、損をするのは尖兵だ。
かつてそう話したことを思い出す。痛む心に鞭を打ち、飛んできた火炎の球をサイドステップで回避。
着地部から唐突に出現した突起を体を捻って掴み、そのまま遠心力で降り注ぐ雷を翻弄する。
「呼集媒介・脚部補佐」
反応速度の上がった足で、突き刺そうと直進してくる氷の槍を足場にする。
一通り避けきったところで、強化された脚力による一挙動で接敵。数人を剣でなぎ払い、また広間に戻る。
五年の月日で培った経験が、修羅場が、全て生き残るために使われる。
己という存在が、どれだけ敵方と相対せるかが勝敗を決める。それは、アイルヴォルトが得た真実だった。
「……そこまでにしてもらいたいな」
追撃のために発動した雷が、扉を潜り抜けることなく霧散する。
懐かしい声に一瞬動きを止めるが、すぐに思い直し、剣を構えなおした。
「オレを信じてくれるものたちを、これ以上殺させるわけにはいかないんだ」
五年前のあの日とは違う、青年が好んで使うような口調。けれど声色は、あのときよりも少し大人びただけだ。
まだ残影を刻む紫電の間から、アイルヴォルトが良く知る――そして、国家の敵となった男が現れた。
それを視認し、アイルヴォルトが問いかける。それは、再び会ったときに言うと決めていたことだった。
「……理想は、見つかったのか? ノルクラウド」
それが、全て。
それこそが、二人を隔てた大きな溝。
それゆえに、二人は己の道を築きあげてきた。
一方は踏襲することで。
一方は改革することで。
ただひたすら、夢見た世界を実現するために。
「これから作るんだ、アイルヴォルト」
ノルクラウドは、当然のようにそう言いきった。そしてその言葉通り、国王を討つことでそれは達成されるのだ。
「……俺は、すでに手に入れていた。あの日の『せめて自分達の手の届く範囲の人間だけでもよいから、笑って過ごせるようにする』という誓い。それはすでに、手に入れていた」
過去形。それは、過去に対して行うもの。
「だというのに、お前はこの動乱でそれすらも失った。俺達が誓った『手の届く人間達』は、すべてお前が踏みにじった」
王都進入のために、最初に改革軍が攻め入った場所。それは地の利を利用したいノルクラウドがよく知っ た場所でなければならず、同時にアイルヴォルトが勤務していた場所にも重なる。
すなわちそこは、かつて二人が誓いを立てた区域だった。そこを踏み台として、今改革軍は城に攻め入っている。
憎悪が無いと言えば、嘘になる。哀しみが無いと言えば、嘘になる。
「これが成功すれば、この国に住む全ての人間に手が届く。全ての人間が、笑って過ごせるんだ」
自分が手の届く範囲だけでいい――それが、分岐路だったのかもしれない。
「お前は……お前は、多くの人間のために、自分の回りの人間を犠牲にしてもいいのか!」
「身の回りの人間のみ救えれば満足だと、そう言うのかい? アイルヴォルト」
分岐した進路が、再び交わることは無い。
だから。
だから、自らの信念の下、ただ刃を交える。
そうすることで、失ったものと、得るもののバランスを取るために。
「お前を倒し、オレは理想を形作る!」
ノルクラウドの宣言。
「……ならば、俺はお前を退けよう。全力を持って、退けよう」
アイルヴォルトの決意。
先に動いたのは――
fin
……中二病全盛期すぎてほんと消えたい( ´△`)




