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ギガンテス

作者: 浅阿 朋紀

 不思議な惑星だった。

 直径は地球の約二倍。海はなく大気も薄い。スペクトル型がG2の主星とK4の伴星の中間に位置しているので,地表は夜でもぼんやりと明るい。

「いくら調べても,生物の存在は認められません。」

 分析官(アナライザー)が困惑したような表情をして言った。「そもそもこの惑星には,生物が進化した痕跡もないのです。微生物すら存在しません。」

 しかし司令室のディスプレイには,極めて高度な文明の存在をうかがわせる,巨大な都市が映し出されていた。円柱形をしたビルディングは,明らかに人間のような知性体の住居用に作られていた。その壁はぞっとするような(こん)色で,おそらくソーラー電池の役割を果たしているのだろう。高層ビルの間をチューブ状の通路が何本も走っていた。

 廃墟というわけではない。その証拠に昨夕から本朝にかけて,都市周辺部の建造物が微妙に変形していた。新しく作り変えられたようだった。

 わたしたちの宇宙船は,周回軌道上の夜の位置に停泊し,空から何が起こるのかを観察することにした。きっと何者かが存在するに違いない。わたしは宇宙船の司令室で,すでに半日以上,思念波による観察を続けていた。

「何かが動きました!」

 ディスプレイを見ていた分析官が叫んだ。

「何かの間違いではないか。わたしは何も感じなかった。それにディスプレイ上の映像では,細かい部分の観察は無理だろう。」

「いえ,確かに動きました。はら,また!」

 分析官が映像の一角を示した。

 わたしは唖然とした。

 遠方に映っている山々が,ゆっくりと,生き物のように動き出したのだ。


                          (1)

「生物ですかね?」

 分析官が声を震わせた。

 数個の巨大な岩の塊が,六本の足のような突起を使って都市に近づいてきた。突起は岩で出来ているようだが,ゴムのように伸縮が可能だった。

「ケイ素生物かな。」

 わたしが答えた。もちろん荒唐無稽であることは自覚している。ケイ素は炭素と同族で4つの電子価を持っているが,ケイ素−ケイ素結合はきわめて不安定で,炭素のように安定した高分子化合物をつくることはない。

「ロボットではないでしょうか。」

 充分可能性はある。金属のロボットの身体に,岩を貼り付けているだけかもしれない。

 巨岩の塊が都市に近づくと,ビルの壁から砲身らしきものが多数現れて,金属球を発射した。敵の巨岩に当たって爆発したが,それほどダメージを与えているようには見えなかった。一方巨岩の頭に相当する部分からは象の鼻のような突起が出現し,ゆっくりと伸びてビルのひとつを上方から包み込んだ。他の巨岩も都市の周辺に集まり,同じようにビルを次々と飲み込んでいった。

 突然ひとつのビルが,ロケットのように底面からガス炎を噴射し,空中に舞い上がった。そのまま水平に角度を変えると,いきなり巨岩のひとつノ向かって突き進み,激突した。巨岩は内部で爆発を起こし,粉々に砕け散った。それらの破片からは銀色の液体が流れ出し,地面に吸収されていった。

「少なくともロボットではなかったようだな。」

 わたしが言った。

 残った巨岩たちは,今度は砕けた仲間の破片をあさり始めた。


 3時間ほどで巨岩たちは仕事を終え,都市から離れていった。もうすぐ夜が明ける。光か温度に弱いのかもしれない。

「セウス統星官,あれを見てください。」

 分析官が破壊された都市の周辺部分を示した。地面から何かが盛り上がってきた。筒状の物体が空に向かって成長し,やがて窓ができて壁が紺色に変わった。周囲にも同じようにビルが成長し,それそれの間にチューブ状の通路が延びて互いに結合した。

 あっという間に破壊された都市が回復してしまった。

 

                          (2)

 わたしの名前はセウス・・・正確にはセウスの一人と言った方がよいだろう。特殊な才能を持った,とある人間のクローンである。遺伝子工学を駆使してさらに能力を高め,脳には生体素子コンピュータが植え込まれている。

 わたしたちセウスは,生まれた時から同じ環境,同じプログラムで教育され,知識も経験も均一化されている。地球人が新しい移住先を求めて宇宙に旅立つ段階になったとき,移住先でも地球の『移民法』を厳守させるため,都市型宇宙船に『統星者』として配置された。

  

 わたしはリーダークラスの乗組員を集め,会議を開いた。今後の方針について,皆の意見を聞くためである。

「重力は地球の二倍弱,大気は薄いですが,地表ぎりぎりの所には人間がなんとか生命を維持できる程度の酸素が存在します。しかし,長期的にみて生活は大変でしょうね。」

 科学主任が説明した。

「食料は大丈夫だろうか?」

 船長が質問した。

「地下に水脈があるようですから,植物の栽培は可能でしょう。ドームを造れば,その中に酸素を集めることもできます。ただし問題は・・・」

「ギガンテスたちか。」

 わたしたちは移動性巨岩を,ギリシャ神話に登場する巨人族の名前をとって,ギガンテスと命名していた。

「別の方法があります。」

 分析官が発言の許可を求めた。「都市の中心部はギガンテスたちの攻撃から守られています。素粒子スキャンによる分析では,ビルの中は酸素が豊富で,部屋の大きさも地球人にピッタリでした。」

「あの都市を間借りするというのか? 気味が悪いな。移民法的にはどうなのだろう。」

 船長がわたしに意見を求めた。

「先住民が絶滅して知的生命体がいないのなら問題はない。しかしわたしたちの理解を超えた文明だ。慎重に調査しないと,七千人の乗組員全員を危険にさらすことになる。」


 都市型宇宙船からラボステーションが分離された。無人探索機を使って都市や巨岩の破片を収集し,そこで分析するためである。未知の物質であり危険が伴うので,そこには科学主任をはじめ数人の科学者だけが乗り込むことになった。

 一方わたしたちは,宇宙船から惑星全体の観察を開始した。同じような都市は各地に多数存在していたが,都市ごとにビルの形や配列が少しずつ異なっていた。ある都市などは碁盤の目のように区画整理されていて,ビルも太く密集していた。チューブ状の通路も未完成で窓も小さく,居住性を犠牲にしているような印象だった。

 わたしたちは,初めに観察した,一番大きな都市の上空に戻った。

「都市の中心部にクレーターの跡がありますね。」

 惑星の素粒子スキャンを行っていた分析官が報告した。「その地中に巨大な宇宙船が埋まっています。金属同位体の分析によると,墜落したのは今から二億年以上も昔です。」

 二億年か・・・当初は別グループの地球人たちが作った文明ではないかと考えていたが,それは間違いだったようだ。地球人どうしなら,ウラシマ効果で時間差が発生したとしても,最大でたかだか30万年程度である。


 突然警報音が鳴り響いた。

 宇宙船はただちに厳戒態勢に入った。

「電子線攻撃です。」

 保安官が叫んだ。

「どこからだ!」

「惑星からです。古代宇宙船が埋没している都市から発射されたようです。」

 攻撃は一瞬で終了した。特に被害は出なかったらしい。

「警告でしょうか?」

 分析官が心配そうに言った。「やはり知的生命体が住んでいるのかもしれませんね。わたしたちの理解を超えています。ここは撤退した方が・・・」

「そうした心配をするよりも,まずは今の電子線を分析してみたまえ。」

 わたしが命じた。


                          (3)

「電子線は都市全体から放出されたようです。」

 分析官が震える声で,メインコンピュータの調査結果を読み上げた。「持続時間はコンマ6秒程度でしたが,数テラバイトの情報を含んでいました。」

「一気に電子線で情報を送ってきたから,攻撃のようにみえたのかもしれないな。」

「内容は・・・素数を小さい数字から並べたものですね。おそらく交信パターンを調整しようとしているのでしょう。」

 それなら相手は友好的なのかもしれない。わたしは電磁波で同様の素数表を都市に送信するよう命じた。

「向こうからも,同じ周波数で電磁波が送られてきました!」

 分析官が興奮した口調で言った。

 少なくとも物理層での通信が確立したようだ。当方のメインコンピュータなら,相手の通信プロトコルを簡単に解析できるだろう。そうすれば双方のコンピュータどうしで,情報交換が可能になるかもしれない。

「なんだか,おかしいですね。」

 通信状況を観察していた分析官がつぶやいた。「当方の情報が一方的に相手方に流れてしまっているようです。」

 ディスプレイにメインコンピュータの通信状況を表すモニター画面が映しだされた。驚くべき速さで当宇宙船の情報が相手に流出していた。

「あの情報はギガビット暗号化で保護されていたはずだ!」

 わたしが叫んだ。相手のコンピュータは,接続した瞬間に異質な世界のプロトコルを解析し,高度暗号化によって保護されていたデータを盗み出し,そしておそらく即座にスパイウェアを作って忍び込ませたのだろう。

 わたしたちが油断していた。考えてみれば,何億年も文明が先行している相手に,常識的なセキュリティレベルで対応できるわけがなかったのだ。


「映像が送られてきました。例の都市からです。」

 分析官が緊張した声で報告した。

 ディスプレイに,どこか別世界の風景が映し出された。そこには見たこともないような草木が生い茂り,妖精のような昆虫が空を舞っていた。

「セウス統星官,我々の惑星にようこそ。」

 ディスプレイの中心に,背広を着た男性が現れた。19世紀のイギリス人紳士のような姿だった。わたしたちのデータから,適当に映像を探して組み立てたのだろう。言語は完全にマスターしているようだった。「君たちは移住先を探して宇宙を旅してきたようだね。我々は君たちを歓迎する。すばらしい環境が整っているよ。」

「まずは自己紹介をしていただきたい。」

 わたしがディスプレイに向かって言った。

「これは失礼した。わたしの名前はサウル。この星の代表者だ。」

「あなたの本当の姿を見せてほしい。」

「君たちに非常によく似ているよ。地球のデータをみせてもらったが,我々の生まれ故郷にそっくりだからね。」

「わたしたちの調査では,この惑星上に炭素系生物は存在しなかった。」

「それは何かの間違いだろう。」

 サウルが笑った。「こちらに来ていただければ,納得していただけると思うよ。我々も平和的な種族だ。強制はしない。充分に検討して結論を出してほしい。」


                          (4)

 通信が切れた後,わたしはメインコンピュータをチェックした。スパイウェアもコンピュータウイルスも検出されなかったが,あれだけ高度な技術を持っている連中だ。安心はできない。

「ラボステーションから連絡が入っています。」

 通信官が言った。「傍受される心配がありますから,最高度暗号化通信に切り替えましょうか?」

「いや,通常通信でけっこうだ。」

 当方のコンピュータなら分析に何億年もかかる暗号を,あの連中は一瞬で解読してしまった。セキュリティ対策はほとんど無意味だろう。

 ディスプレイに科学主任の興奮した顔が映し出された。

「大変なことがわかりました。ギガンテスの体も都市のビルの壁も,すべて集積回路でできています。」

 話がよくわからなかった。

「つまり集積回路を使ったロボットのようなもの,という意味か?」

「いいえ違います。ギガンテスもビルも,集積回路だけで構成されているのです。」

 画面が切り替わった。「これがギガンテスの破片の顕微鏡写真です。どこをみても微細な半導体素子からなる三次元集積回路です。半導体の主材料はもちろんケイ素です。それで岩のように見えるのでしょう。」

「集積回路だけで動くものなのかね?」

 わたしが当然の質問をした。

「集積回路の主成分であるトランジスタは,高純度半導体素子の回りにナノシリコンで覆われた微細電線がコイル状に巻きつけられた形になっています。ギガンテスの筋肉に相当する部分では,半導体の一部が磁性体に置き換えられて,微小な電磁石になっているようです。ケイ素でできたフィラメントが微小電磁石の作用で互いにスライスし,一方向に伸縮すると考えられます。」

 動物の筋肉のような機能を,集積回路だけで再現してしまったということか。

「もうひとつ重大な発見があります。」

 ディスプレイに,紙コップに入った水銀のような液体金属が映し出された。「これは破壊されたギガンテスの身体から流れ出たものです。人間のような炭素化合物にはまったく影響ありませんが,金属あるいはガラスなどケイ素化合物に接触すると,すぐに活動を始めます。」

 科学主任は地球の石を紙トレイの上に置き,その上に液体金属を数滴垂らした。何か化学反応でも起こしたらしく,ジューっと音がして煙が上がった。石の一部分が紺色に変色していた。

「この液体金属は普通の石――つまりケイ素塩に接触すると,あっという間に集積回路に変化させてしまいます。液体金属の詳しい分析はまだですが,各種触媒やナノシリコンロボット,それにリン酸ケイ素化合物などが含まれているようです。」

 さらにディスプレイの画面が変わった。「これは特殊な方法で撮影した顕微鏡画像です。液体金属がケイ酸塩に接触すると,いったんケイ素塩を溶かし,その後高純度のケイ素半導体を抽出します。そこにナノシリコンチューブに覆われた金属が自動的に巻きつき,簡単なトランジスタが出来上がります。初めのうちはトランジスタの配線はバラバラですが,なんらかの刺激があると再配線されて,きちんとした集積回路になるのだろうと考えられます。」

 画面上の集積回路が活動を始めた。トランジスタのオンオフ活動が意味もなく繰り返され,ついにはオーバーヒートして爆発した。

「一部の集積回路はこのようにして自己崩壊します。するとそのスペースが液体金属の通路になって,浸潤を助けます。液体金属の量を増やせば,通路が血管のように網目状に広がり,石全体が集積回路の塊に変化してしまいます。」

 わたしは溜息(ためいき)をついた。まるで自己増殖するコンピュータだ。しかもトランジスタをちょっと変化させただけで,動力まで身につけてしまっている。

「セウス統星官は,ソーラー電池の原理をご存知ですか?」

 科学主任が訊いた。

「ダイオードだろう。」

「その通りです。」

 科学主任は嬉しそうだった。「ダイオードもケイ素から作ることができます。考えてみると,ケイ素はさまざまな分野で活躍していたのですね。ビルの破片から抽出した液体金属はちょっと作用が違っていて,筋肉のような動く集積回路を作らずに,ソーラー電池のように太陽光を利用してエネルギーを作り出す集積回路を作ります。」

 頭が痛くなってきた。

 都市のビルは壁をソーラー電池に進化させてエネルギーを作り出している。まるで光合成を行っている植物のようだ。そしてギガンテスはビルを食べてエネルギーを獲得し,運動エネルギーに変えている。まるで草食動物だ。いや,仲間の破片も食べていたから,雑食動物かもしれない。


「ちょっと待てよ・・・」

 わたしは突然(ひらめ)いた。

 単なるアナロジーのつもりでビルを植物に,ギガンテスを動物に(たと)えたが,それを敷衍(ふえん)して考えてみると,大変な事実を見逃していた可能性がある。

 わたしは分析官に,碁盤の目状に区画整理された都市を,もう一度詳しく分析するよう命じた。

「同じような都市は,他にも多数見られます。その近くにはドーム状あるいは円錐状の巨大建造物が必ず存在しますね。その中には横転したビルが何層にも積み上げられています。古代宇宙船が埋没している都市にあるビルが基本形だとすれば,これらの都市のビルは必要以上に太く密集していて,なんとなくエネルギー貯蔵専用といったイメージです。ビルを繋ぐチューブ状の通路も,痕跡程度についているだけですし。」

 やはりそうか・・・

 これらの都市のビルは,『栽培』されていたのだ。

 それで畑のように,きちんと区画整理されていたのだろう。 

 おそらくビルは,『品種改良』もされている。

 ドーム状の巨大建造物は穀物の貯蔵庫であり,近くには高度な知性を持った,進化したギガンテスが住んでいるはずだ。


                          (5)

 わたしと分析官,および科学主任の三人が,小型探索機に乗って都市に向かった。都市中央部のひときわ大きなビルの屋上に,探索機は着地した。表に出ると,やはり大きな重力のために身体全体が重く感じた。その上酸素濃度も低かったので,動くと息苦しかった。

「サウルは,出てきませんね。」

 分析官が辛そうな表情をして言った。

 突然屋上の一角から,円柱状の突起が上方に伸びてきた。そして壁面の一部が溶けるように左右に開いた。

 わたしたち三人は,無言でその突起の中に足を踏み入れた。入り口が自然に塞がり,円柱状の乗り物はゆっくりとビルの中に沈んでいった。

「風変わりなエレベーターだな。」

 わたしが笑いながら言った。

 加速度がついて降下しているせいか,重力は気にならなくなった。また酸素も充分に満たされているようで,呼吸も楽になった。

 やがて円柱形の乗り物は,四方を壁で囲まれた広い部屋に着いた。床には豪華な絨毯が敷かれていた。調度品や装飾品は中世ヨーロッパの宮殿のものを真似ているようだった。

「気に入ってくれたかね。」

 ロココ調の豪勢な椅子に座り,ルイ15世のような衣装を身に着けたサウルが声をかけた。

 分析官はアナライザーのプローべをサウルに向けた。

「彼はケイ素でできていますね。周りの調度品も絨毯も,すべてケイ素化合物です。」

 サウルはゆっくりと立ち上がった。映像で見た時よりも,かなりぎこちない動きだった。

「ご指摘のように,わたしは炭素系生物ではない。君たちの用語を拝借すれば,『集積回路生命体』とでも表現すべきかな。もちろんサウルという名の先住民は実在した。わたしは彼の人格を元にして再現されている。」

「先住民たちはどうしたのだ?」

 わたしが訊いた。

「二億年以上も前に滅亡した。彼らはここから2万光年ほど離れた恒星の,エルダという惑星から移住してきた。地球に似た惑星だし,彼らエルダ星人も君たち地球人によく似ていたよ。」

「これほど高度な文明を持ちながら,なぜ彼らは滅亡してしまったのだ?」

「その質問は,そもそも前提が間違っている。」

 サウルが言葉を選ぶようにして言った。「君たちは誤解しているようだが,エルダ星人たちは,けっしてレベルの高い生命体ではなかった。君たち地球人の方が,ずっと優秀だ。」

「『集積回路生命体』を作り出したのだから,かなりレベルが高かったと思うが。」

「エルダ星人たちが作ったのは,もっとシンプルな集積回路だ。ただちょっとした事故と偶然が重なって,自己増殖する集積回路が生まれた。そこから我々の祖先は,エルダ星人の管理を離れて独自に進化してきたのだ。」

 ますます頭が混乱してきた。

「わたしたちをこの都市に招き入れた理由は?」

「ギガンテスに対抗するためだ。君たちには快適な住環境を提供する。その代わりにギガンテスの攻撃から都市を守っていただきたい。」

「ギガンテスとは何者なのだ?」

「我々の老廃物から偶然生まれた,可動性『集積回路生命体』だ。勝手に進化して巨大化してしまったが,知性はほとんどない。最初のうちはうまく飼いならしていたのだが,最近は我々の支配を離れ,凶暴化してしまった。今はただの怪物だよ。」


「どう思う?」

 わたしが分析官と科学主任に意見を求めた。サウルに聞かれているのは承知の上だ。

「彼らは異常に高度化した知性体です。」

 科学主任が意見を述べた。「身体の構成成分そのものがスーパーコンピュータで,思考速度はわたしたちの何億倍でしょう。さらに宇宙船との通信では,自分たちを炭素系生物だと嘘もついています。バカ正直なコンピュータではありません。自由意志や感情だってあるでしょう。正直言って地球人が太刀打ちできる相手とは思われませんね。」

「しかし彼らだけではギガンテスに対抗できないと言っている。」

「武器を作ることができないのでしょうか?」

 分析官が頭をひねった。

「いや。ビルがロケットのように飛んで,ギガンテスを攻撃したはずだ。それに彼らがその気になれば,わたしたちの宇宙船を簡単に乗っ取ることもできるだろう。」

「何か別の理由があるのですかね。」

「いくら高度化した知性体でも,そもそもはコンピュータだ。なにか弱点があるのだろう。」

「それは楽観的すぎます。」

 科学主任が,もどかしそうに言った。「何度も言いますが,彼らはわたしたちの何億倍もの速度で思考しているのです。しかもコンピュータですから正確です。あらゆる可能性を冷静に分析して行動しているはずです。わたしたちが彼らに逆らうのは得策ではありません。」

「しかし20世紀の地球のコンピュータだって,わたしたちの数億倍の計算能力があった。サウルは一見すると自由意志も感情も備わっているようだが,なにかしら地球人に比べて劣っているものがあるはずだ。」

 科学主任は溜息をついた。

 

 その時,突然轟音が響いて,部屋が大きく揺れた。わたしたちは壁に叩きつけられた。

 サウルの首にヒビが入り,折れて絨毯の上に転がった。

「何があった!」

 わたしは無線で,宇宙船の船長に説明を求めた。

「無数のギガンテスたちが,都市の周囲に集結している!」

 携帯用ディスプレイに,宇宙船からの映像が転送された。以前見たギガンテスとは,明らかに種類が異なっていた。ギリシャ神話のケンタウロスのように,人間に似た上半身が四本足の胴体についていた。巨大な彫刻のようだった。

 ギガンテスたちは都市周囲のビルを引きちぎると,都市の中央部に向けて投げつけていた。


                          (6)

 サウルの折れた首から,新しく頭部が生えてきた。

「こんなことは,今までになかった。」

 サウルが深刻そうに言った。「君たちが都市に招かれたことを察知して,先制攻撃を仕掛けてきたのだろうな。やつらはそこまで進化していたのか。」

「なぜあなたたちは反撃しない?」

 わたしが訊いた。

「しているよ。都市の材料を使って,できるだけ限定的にね。」

「武器は作らなかったのか?」

「我々は平和主義者だ。武器を持つことは許されていない。それよりも早く,君たちの武器でギガンテスたちを撃退してくれ!」

 遠くから爆発音が響いてきた。

「あなたたちが宇宙船のメインコンピュータをコントロールして,勝手に反撃することも可能なのではないか?」

「何度も言うが我々は平和主義者なのだ。直接手を下すことはできない!」

 何か変だった。

「自己防衛のために武器を持つことも,使用することも許されないのか?」

「遠い昔,我々はエルダ星人によって兵器として利用された。」

 サウルが語った。「最終戦争でエルダ星は壊滅した。わずかに生き残ったエルダ星人は,彼らの指導者サウルに従って,この惑星に逃れてきた。サウルはエルダ星人たちに武器を作ることを厳しく禁じた。しかし数世紀後,エルダ星人たちはその掟を破り,再び内乱が起きて完全に滅亡してしまった。」

 一息ついた。「我々も人間のように自由意志を持っている。武器を持つという一線を越えてしまった場合,遠い将来,我々自身が凶暴な怪物になってしまう可能性だってあるのだ。そうなれば世界は不安定になり,いずれ我々も滅びてしまうだろう。我々は安定を重視し,変化を拒んできた。我々が二億年以上も文明を維持できたのは,偉大な指導者サウルの教えを忠実に守ってきたからなのだ。」

 再び爆発音が響いた。

「あなたたちの代わりに地球人が武器を使用することは,問題ではないのか?」

「炭素系生命体は寿命が短い。君たちがこの惑星に移住してきたとしても,種族として存続できるのは数万年程度だろう。その間にギガンテスを滅ぼしてくれれば,我々も安心できる。我々さえ武器を持たなければ――そう,我々さえ変化しなければ,この文明は維持できるのだ。」

「わたしたちがエスカレートして,あなたたちを滅ぼしてしまう可能性は考えないのか?」

「君たちのことは,すでに研究し尽くしている。理解不能なところはあるが,少なくともギガンテスに比べれば,危険ははるかに少ない。都市を守るために戦うことはあるだろうが,都市を破壊することはないだろう。」

「わたしたちは,まるで平和主義者に雇われた傭兵だな。」

 わたしが皮肉を言った。

 また近くで爆発音がして,部屋が大きく揺れた。

「早くギガンテスたちを攻撃してくれ!」

 サウルが叫んだ。

 わたしは無線で船長に連絡し,ギガンテスたちに赤外線照射をするよう命令した。

「なぜ赤外線なのですか?」

 科学主任が質問した。

「あの液体金属は,エネルギーや電気を運ぶだけではなく,加熱した集積回路の温度を下げる冷却水の役目も果たしているのだろう。おそらくギガンテスたちは,熱に弱いと思われる。」

「論理的な推測ですね。」

 携帯用ディスプレイを広げてみると,ギガンテスたちはゆっくりと退却を始めていた。


「よくやってくれた。しかし,どうして破壊しなかったのだ?」

 サウルが訊いた。

「知的生命体を攻撃しないのが鉄則でね。」

 わたしが答えた。「それに自ら手を汚すつもりのない連中のために,わたしたちは戦いたくない。」

「それは論理的ではない。君たちには快適な暮らしが保障されているのだ。それともまた,移住先を探して宇宙を漂うのかね?」

 わたしの中で,何かが切れた。

 自分たちが世界の中心で,何事も彼らの思い通りに動かせると思っているのだろうか?

「あなたたちは,エルダ星人が滅びるのを黙って見ていた。内乱を起こすように仕向けたのも,実はあなたたちではないのか?」

 わたしが訊いた。

「何を言っているのだ。エルダ星人は不完全な生命体だった。彼らは変化を求めて我々を支配しようとした。共存は不可能だったのだ。」

「あなたたちは完全なのか?」

「完全だ。だから二億年以上も変化せず,エルダ星人が作った文明を維持することができた。」

「わたしたちから見ると,ギガンテスの方が優れているような気がする。」

「意味不明だ。ギガンテスは我々の廃棄物から偶然生まれた,ただの怪物だ。」

「エルダ星人から見たら,あなたたちも同じだったのではないか?」

「それは断じて違う。我々は完全な生命体だ。」

「自己防衛もできない生き物が,どうして完全なのだ?」

「我々の提案を拒絶するつもりなのか?」

 サウルが険しい表情をした。「我々は君たちの数億倍の速度で未来をシミュレートしている。数千万年先まで見越して最善の対策を考えているのだ。なせ合理的に物事を判断しようとしない?」


 埒が明かなかった。

 わたしは分析官と科学主任に意見を求めた。

「彼らの知性は,わたしたちをはるかに凌駕しています。」

 科学主任が訴えた。「わたしたちに勝ち目はまったくありません。宇宙船にも戻ることはできないでしょう。やはり彼らに逆らうべきではありません。」

「分析官はどう思う?」

「わたしはセウス統星官の直感を信じます。」

 分析官が答えた。「直感力だけは,地球人の方が優れているでしょう。論理的ではありませんが,わたしはそれが真実だと思います。」

 わたしが声を出して笑った。

 サウルは呆れ返ったような表情をして,わたしたちを眺めていた。

「申し訳ないが、わたしたちは帰ることにする。後はあなたたちに任せるよ。」

 わたしが静かに言った。


                          (7)

 小型探索機は、なんとか無事に宇宙船に帰還した。

「結局,サウルたちの妨害はありませんでしたね。」

 宇宙船の司令室で,分析官がホッとした表情をして言った。「セウス統星官には,初めから勝算があったのですか?」

 ディスプレイには,連星である二つの太陽が映し出されていた。

「実際のところ,彼らは何もできなかったのだと思う。」

 わたしが説明した。「確かに彼らは非常に優秀で,未来のあらゆる出来事をシミュレートしていた。しかし,その優秀さが彼らの欠点でもあった。あまりにも未来を予測しすぎたのだ。武器を手にした彼らが数千万年後にどう変わるか,などと心配していたら,何もできなかっただろう。結局,彼らはだれかに頼らざるを得なかったのだ。」

「なるほど論理的です。直感ではなかったのですね。」

「いや,直感だよ。直感で,こうすることが彼らにとっても有益だと判断したのだ。」


 一週間後,他の恒星に向けて出航する間際になって,惑星から交信要求が入った。

 司令室のディスプレイに,サウルの姿が映し出された。

「我々が予測もしていなかったことが起きた。」

 サウルが嬉しそうな表情をして言った。「赤外線照射による熱攻撃が意外な効果をもたらした。ギガンテスたちにとって、よほど神秘的な体験だったのだろう。ギガンテスたちは,我々を神と信じ込んでしまったようだ。地球人の直感というものが,なんとなく理解できたような気がするよ。」

 確かにわたしの直感は当たったようだ。ギガンテスが知性を持った生物なら、見えない攻撃に対して畏敬の念を抱くはずだ。

「本当にそれで良かったのかな。神としてギガンテスを支配しようとすれば,どうしても『変化』を許容しなければならないと思うが。」

「覚悟の上だ。武器を持つよりも,危険はずっと少ない。」

「いずれギガンテスたちは,あなたたちを追い越すかもしれない。」

「それでも結構だ。エルダ星人が滅んで我々が文明を受け継いだように,我々が滅んでも,ギガンテスたちが文明を引き継いでくれれれば,それで良い。」

「『変化』を受け容れるのか。ずいぶんと変わったな。」

「地球人に学んだのだよ。学習能力は君たちの数億倍だからね。」

 サウルが笑った。


 メインエンジンの静かな駆動音と共に,宇宙船はゆっくりと惑星の周回軌道から離れていった。


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